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A05運行:国鉄三大ミステリー①下田総裁殺人事件
0062A:一夜にして山が出来上がる。そんなことがあると思うか?
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「またこの暗号か……」
シゲは紙を拾い上げるなりそうつぶやいた。
笹井が遺したと思われる紙きれには、こんな文字の羅列があった。
サキヨクグレダツ1103~ 0212タテ
ヒシヨシホウ0214ムロ
「下田氏失踪のころにも、こんな暗号文が見つかったことがあったな。陸軍に聞いても海軍に聞いてもわからないというし。どうしたものか……」
「見してください!」
井関は紙切れを強引に抜き取った。
「ああ、これならわかりますよ!」
次いで水野も紙をひったくる。
「これは電報略号です!」
「電報略号……、電報を打つ時の符牒か」
「ええ、順に読み解きましょう」
そう言うと、水野はひとつひとつ読み下していった。
「サキヨク、は札幌鉄道管理局、つまりこの胆振線や室蘭本線などを管理している部署のことです。また、グレは軍レ、すなわち軍用列車のことを……」
水野が纏めたところによると、暗号ならぬ電報略号はこう読み下せる。
・サキヨク=札幌鉄道管理局
・グレ=軍用列車
・ダツ=脱線事故
・タテ=伊達紋別駅
・ヨシヨ=秘書官
・シホウ=死亡
・ムロ=室蘭駅
「残りの数字はおそらく日付でしょう。では、これをつなげましょうか」
札幌鉄道管理局内にて軍用列車の脱線事故11月3日から
2月12日には伊達紋別駅(周辺)でも発生
秘書官が2月14日に室蘭で死亡
「おお! ちゃんとした文章になったじゃないか」
シゲは心底驚いたという顔になった。しかし国鉄諸君は平然とした顔で紙を見つめている。
「おい、暗号を解き明かしたのだからちったぁ嬉しそうな顔をしたらどうなんだい」
「この程度暗号のうちにも入りませんよ。そんなことより、これの意味です」
井関は先ほどの駅長に話を聞いてみることを思い立った。彼の駅長は下田総裁失踪事件のころからこの駅で勤めているらしいから、これらの情報も持っているのではないかと考えたわけだ。
「ハァ、よく覚えておりますよ」
果たして井関の思惑はドンピシャリだった。駅長は声を潜めて全てを語ってくれた。
「ええ、あれは総裁がお隠れになった前後でしたかね。この駅から倶知安方に行ったところで脱線事故がありました」
「どのような事故でしたか?」
「列車が登坂を登り切れず、逆行して脱線した事故でした。なぜ登り切れなかったのか、などの理由はわからずじまいで」
「原因不明!? なぜ」
「そりゃあなた、戦時中ですから。軍用列車が脱線だなんて不名誉、土に埋めてオワリですよ」
駅長は何でもないことのように言った。
「ああ、そう言えばそうでしたね」
「仕方がないことですよ。あんな事故、それこそたくさんあったでしょう。しかし、なぜ今更あの事故を?」
「いえ、少し気になったものですから……」
井関はそう言葉を濁してその場を去った。
「事故原因が判明していないとは厄介だな」
と、小林は言う。だが井関は頭を振った。
「なにを。原因は墓を掘り起こすまでも無く見えている」
井関は、いきなり窓の外を指さした。
「みろ、いい山があるだろう」
「ハァ、君は何を言って……」
「おや、小林先輩。気が付かれませんか?」
水野は驚きを込めてそんなことを言った。
「……笹井がいないと、君たち二人から針のムシロにされている気分だ。早く彼を見つけて俺の人権を回復せねば。それで、あの山はなんだい」
「昭和新山さ……!」
ここまで言われて小林はやっと膝を打った。
「そうか。たしか十年前にいきなり生まれた山だったな」
「胆振線は昭和新山の造成に巻き込まれて、線路が隆起してしまっているんだ」
「なんだって!?」
昭和新山はその名の通り、昭和19年にそれまでなにも存在しない湖畔の平野にいきなり隆起した山である。
新たなる山の誕生は、その上を走っていた鉄路の形まで変えてしまった。
「米国製ベアリングの導入はそんな胆振線でも円滑に輸送を続行できるようにと導入されたものだ。だから、胆振線を通過する貨車は全てベアリング付き車輛であるはずなんだが……」
そこで話は、井関が感じた違和感へと戻る。そこまで言われて小林はようやくすべてを合点した。
「だからベアリングの無い貨車が胆振線内にいるのはおかしい。そこまではわかった。では、それが事故とどう関係するんだ?」
「前にも言ったが、ベアリングの装着によって列車の転がり力は増大する。どういうことかというと、装着車は非装着車と比べて半分の力で引っ張られることができる。これはすなわち、全ての車輛がベアリング搭載車であれば今までの二倍の荷物を運べるという意味になる」
井関はそう言ったうえで昭和新山を指さした。
「逆に言えば、ベアリング車で組まれることを前提とした列車がもし万が一非装着車のみで構成されたら、列車はいつもなら登れる坂でも登れなくなる可能性がある」
「……! 脱線事故の原因はそれか」
「そして、総裁はこれを発見した。それは、総裁がボクと同じところを見ていたことからも明らかだ」
そして……。と井関は言う。
「このカラクリこそ、総裁を殺害した犯人が隠したかったことなのだろう」
「下田氏は口封じされた、というわけか。なるほど、筋の通った推理だ」
シゲは鷹揚に頷いた。その後で、顔を険しくさせる。
「そして、君たちが襲われた理由もわかったな。これは、現在進行形の問題というわけだ」
「ええ、まさにその通りです。下田総裁殺害事件は、まだ終わっていない……!」
シゲは紙を拾い上げるなりそうつぶやいた。
笹井が遺したと思われる紙きれには、こんな文字の羅列があった。
サキヨクグレダツ1103~ 0212タテ
ヒシヨシホウ0214ムロ
「下田氏失踪のころにも、こんな暗号文が見つかったことがあったな。陸軍に聞いても海軍に聞いてもわからないというし。どうしたものか……」
「見してください!」
井関は紙切れを強引に抜き取った。
「ああ、これならわかりますよ!」
次いで水野も紙をひったくる。
「これは電報略号です!」
「電報略号……、電報を打つ時の符牒か」
「ええ、順に読み解きましょう」
そう言うと、水野はひとつひとつ読み下していった。
「サキヨク、は札幌鉄道管理局、つまりこの胆振線や室蘭本線などを管理している部署のことです。また、グレは軍レ、すなわち軍用列車のことを……」
水野が纏めたところによると、暗号ならぬ電報略号はこう読み下せる。
・サキヨク=札幌鉄道管理局
・グレ=軍用列車
・ダツ=脱線事故
・タテ=伊達紋別駅
・ヨシヨ=秘書官
・シホウ=死亡
・ムロ=室蘭駅
「残りの数字はおそらく日付でしょう。では、これをつなげましょうか」
札幌鉄道管理局内にて軍用列車の脱線事故11月3日から
2月12日には伊達紋別駅(周辺)でも発生
秘書官が2月14日に室蘭で死亡
「おお! ちゃんとした文章になったじゃないか」
シゲは心底驚いたという顔になった。しかし国鉄諸君は平然とした顔で紙を見つめている。
「おい、暗号を解き明かしたのだからちったぁ嬉しそうな顔をしたらどうなんだい」
「この程度暗号のうちにも入りませんよ。そんなことより、これの意味です」
井関は先ほどの駅長に話を聞いてみることを思い立った。彼の駅長は下田総裁失踪事件のころからこの駅で勤めているらしいから、これらの情報も持っているのではないかと考えたわけだ。
「ハァ、よく覚えておりますよ」
果たして井関の思惑はドンピシャリだった。駅長は声を潜めて全てを語ってくれた。
「ええ、あれは総裁がお隠れになった前後でしたかね。この駅から倶知安方に行ったところで脱線事故がありました」
「どのような事故でしたか?」
「列車が登坂を登り切れず、逆行して脱線した事故でした。なぜ登り切れなかったのか、などの理由はわからずじまいで」
「原因不明!? なぜ」
「そりゃあなた、戦時中ですから。軍用列車が脱線だなんて不名誉、土に埋めてオワリですよ」
駅長は何でもないことのように言った。
「ああ、そう言えばそうでしたね」
「仕方がないことですよ。あんな事故、それこそたくさんあったでしょう。しかし、なぜ今更あの事故を?」
「いえ、少し気になったものですから……」
井関はそう言葉を濁してその場を去った。
「事故原因が判明していないとは厄介だな」
と、小林は言う。だが井関は頭を振った。
「なにを。原因は墓を掘り起こすまでも無く見えている」
井関は、いきなり窓の外を指さした。
「みろ、いい山があるだろう」
「ハァ、君は何を言って……」
「おや、小林先輩。気が付かれませんか?」
水野は驚きを込めてそんなことを言った。
「……笹井がいないと、君たち二人から針のムシロにされている気分だ。早く彼を見つけて俺の人権を回復せねば。それで、あの山はなんだい」
「昭和新山さ……!」
ここまで言われて小林はやっと膝を打った。
「そうか。たしか十年前にいきなり生まれた山だったな」
「胆振線は昭和新山の造成に巻き込まれて、線路が隆起してしまっているんだ」
「なんだって!?」
昭和新山はその名の通り、昭和19年にそれまでなにも存在しない湖畔の平野にいきなり隆起した山である。
新たなる山の誕生は、その上を走っていた鉄路の形まで変えてしまった。
「米国製ベアリングの導入はそんな胆振線でも円滑に輸送を続行できるようにと導入されたものだ。だから、胆振線を通過する貨車は全てベアリング付き車輛であるはずなんだが……」
そこで話は、井関が感じた違和感へと戻る。そこまで言われて小林はようやくすべてを合点した。
「だからベアリングの無い貨車が胆振線内にいるのはおかしい。そこまではわかった。では、それが事故とどう関係するんだ?」
「前にも言ったが、ベアリングの装着によって列車の転がり力は増大する。どういうことかというと、装着車は非装着車と比べて半分の力で引っ張られることができる。これはすなわち、全ての車輛がベアリング搭載車であれば今までの二倍の荷物を運べるという意味になる」
井関はそう言ったうえで昭和新山を指さした。
「逆に言えば、ベアリング車で組まれることを前提とした列車がもし万が一非装着車のみで構成されたら、列車はいつもなら登れる坂でも登れなくなる可能性がある」
「……! 脱線事故の原因はそれか」
「そして、総裁はこれを発見した。それは、総裁がボクと同じところを見ていたことからも明らかだ」
そして……。と井関は言う。
「このカラクリこそ、総裁を殺害した犯人が隠したかったことなのだろう」
「下田氏は口封じされた、というわけか。なるほど、筋の通った推理だ」
シゲは鷹揚に頷いた。その後で、顔を険しくさせる。
「そして、君たちが襲われた理由もわかったな。これは、現在進行形の問題というわけだ」
「ええ、まさにその通りです。下田総裁殺害事件は、まだ終わっていない……!」
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