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A07運行:国鉄三大事故①
0071A:事態は風雲急を告げる
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「さて、登別の温泉にでも入って、ゆっくりと帰るかね」
笹井は冗談めかしてそう言った。
「だったら、ゆっくりと洞爺湖・摩周湖観光もしたいね」
「それなら五稜郭を見に行きたいところだ」
「待ってください。北海道といえばやはり小樽でしょう!」
「小樽~? 石炭しかないだろうアの街は」
「それがいいんじゃないですか!」
そんなことを話し合う四人を見て、嶋は苦笑いした。
「まあ、しばらくは休暇だ。ゆっくり英気を養ってほしい……。本当なら私もお邪魔したいところだが、明後日は国会議員への説明会がある」
「すみません、わざわざお忙しいところを……」
「構いませんよ。私が来たかっただけですから」
では、と言って嶋がその場を後にしようとする。その時、陸軍人の日野が走りこんできた。
「ああ、みなさん!」
日野はまず、深々と頭を下げた。
「事件の解決、真にご苦労様でございました。残党の排除等も円滑に行われましたことで、陸軍としては大変助かりました。感謝いたします」
「いえいえ、そんな……」
井関は、ちょっと照れた。しかし次に、日野はそんな彼らのお気楽ムードを吹き飛ばすとんでもない情報を、彼らにもたらした。
「しかし大変なことになりました。どうやら、東北本線で大事故が発生した模様です」
四人と、そして嶋の顔から笑顔が消える。ちょうど時を同じくして、職員が井関の下にやってきた。
「ああ、トクチョウの皆さん! 東北本線で事故が……」
内容は同じだった。どうやら、これは本当に不味いことが起きているようだった。
「井関さん、総裁からの伝言です。至急、東北本線での事故を調査セヨと」
「わかりました。至急向かうと連絡してください」
「井関さん。ことは急を要すると推察いたしました。陸軍が緊急の飛行機を出しますので、千歳の飛行場に向かってください」
「ご協力、感謝いたします」
井関が頭を下げて向かおうとしたとき、嶋がこういった。
「私も……」
行きます。そう言いかけて、嶋は首を振った。
「井関君、そして笹井君、小林君、水野君。頼みましたよ」
「お任せください」
四人だけで、室蘭の地を後にした。
その事故は、夜明け前に起きた。天候はまごうことなき快晴であった。車窓には、天の川が見え隠れしたという。上野発青森行の下り快速第209列車は、盛岡駅を10分遅れで発車し終点の青森駅へ向かって急いでいた。
列車は滝見信号所へ差し掛かる。滝見信号所は下り列車と上り列車がすれ違うことができる場所である。周囲に民家はなく、ただそのためだけに造られた場所だ。
第209列車は、この滝見信号所を通過する予定だった。対向からくる上り第71列車とは、次の小鳥谷駅ですれ違う予定だったからである。
だが、第209列車が滝見信号所の構内に入った時、そこに灯っている信号機が指し示していたのは、予定とは違う”停止セヨ”であった。
第209列車は非常ブレーキを採る。耳をつんざくような轟音とすさまじい衝撃が列車を襲い、眠り込んでいた乗客たちをたたき起こす。
しかし列車は止まり切れない。本来の停車位置を大きく通り過ぎ、安全側線へ乗り上げ脱線した。この事故で、数人の負傷者が出たと思われる。
しかし、事故はこれで終わらなかった。
脱線から10秒後、対向の貨物第71列車が現場にやってきた。もはや、貨物第71列車にはブレーキをかける暇などなかった。
脱線した第209列車の側面に、衝突。軽量金属製の客車が粉々になって吹き飛ぶ。
余談だが、第209列車は、北海道・樺太方面編の最速達列車だった。国鉄は戦災により一時的に樺太から避難せざるをえなかった人々の為に、この列車を解放していた。車内には、平和が訪れた樺太にやっと帰れるという安堵があったという。
その希望は、一瞬にして打ち砕かれた。
あまりにも酷い事故だ。井関は現場を上空から視認する。もはや列車であるとは認識できない残骸の上に、何人もの消防団員、陸軍人、地元有志の姿がある。これが、上空から確認できる。
井関は不思議に思った。事前情報よりも、現場に転がっている車両の数が少ないように感じたのだ。
しかし、しばらくたってから井関はその意味を理解した。
車輛は完膚なきまでに破壊されていたのだ。そしてそれらが、折り重なるようにして散乱していた。だから、視認できる車輛の数が少なかった。
それを意識してすぐ、井関の腸がひっくり返るような思いに駆られた。おもわず、顔を伏せる。
「見ない方がいいですよ、コクテツさん」
操縦手は井関にそう声をかけた。井関は、無言で頷くことしかできなかった。
そんな思いを抱えながら現場へと臨場する。
「事故現場は、はじめてだ」
事故で損傷した車両、昔事故が起きたとされる場所。そんなところには何度か行ったことがある。しかし、今まさに事故が起きたばかりの場所へは、行ったことが無かった。
「井関、そうしている暇はないぞ」
小林は涼しい顔でそう言う。
「もしこの事故に何か思うことがあるのであれば、まず事故原因を調査すること。次に事故原因をこの世から排除すること。彼らの死を悼むのは、その後だ」
「ああ……わかっているさ」
井関は、残骸に向かって手を合わせる。それからすぐに、頬を叩いて気持ちを切り替えた。
「必ずこの事故の原因を、解明するんだ」
事故当該列車
第209列車 通客甲B 定数460 快速|上野発青森行(常磐線経由)
・C63 21+C64 6+ナハ/ナハフ10形客車14両
貨物第71列車 通貨甲C 定数100 宅扱(高速)貨物|青森発隅田川行 ※青函連絡船1便から継走
・D53 33+C64 19+C64 72+ワキ1系高速貨車18両
笹井は冗談めかしてそう言った。
「だったら、ゆっくりと洞爺湖・摩周湖観光もしたいね」
「それなら五稜郭を見に行きたいところだ」
「待ってください。北海道といえばやはり小樽でしょう!」
「小樽~? 石炭しかないだろうアの街は」
「それがいいんじゃないですか!」
そんなことを話し合う四人を見て、嶋は苦笑いした。
「まあ、しばらくは休暇だ。ゆっくり英気を養ってほしい……。本当なら私もお邪魔したいところだが、明後日は国会議員への説明会がある」
「すみません、わざわざお忙しいところを……」
「構いませんよ。私が来たかっただけですから」
では、と言って嶋がその場を後にしようとする。その時、陸軍人の日野が走りこんできた。
「ああ、みなさん!」
日野はまず、深々と頭を下げた。
「事件の解決、真にご苦労様でございました。残党の排除等も円滑に行われましたことで、陸軍としては大変助かりました。感謝いたします」
「いえいえ、そんな……」
井関は、ちょっと照れた。しかし次に、日野はそんな彼らのお気楽ムードを吹き飛ばすとんでもない情報を、彼らにもたらした。
「しかし大変なことになりました。どうやら、東北本線で大事故が発生した模様です」
四人と、そして嶋の顔から笑顔が消える。ちょうど時を同じくして、職員が井関の下にやってきた。
「ああ、トクチョウの皆さん! 東北本線で事故が……」
内容は同じだった。どうやら、これは本当に不味いことが起きているようだった。
「井関さん、総裁からの伝言です。至急、東北本線での事故を調査セヨと」
「わかりました。至急向かうと連絡してください」
「井関さん。ことは急を要すると推察いたしました。陸軍が緊急の飛行機を出しますので、千歳の飛行場に向かってください」
「ご協力、感謝いたします」
井関が頭を下げて向かおうとしたとき、嶋がこういった。
「私も……」
行きます。そう言いかけて、嶋は首を振った。
「井関君、そして笹井君、小林君、水野君。頼みましたよ」
「お任せください」
四人だけで、室蘭の地を後にした。
その事故は、夜明け前に起きた。天候はまごうことなき快晴であった。車窓には、天の川が見え隠れしたという。上野発青森行の下り快速第209列車は、盛岡駅を10分遅れで発車し終点の青森駅へ向かって急いでいた。
列車は滝見信号所へ差し掛かる。滝見信号所は下り列車と上り列車がすれ違うことができる場所である。周囲に民家はなく、ただそのためだけに造られた場所だ。
第209列車は、この滝見信号所を通過する予定だった。対向からくる上り第71列車とは、次の小鳥谷駅ですれ違う予定だったからである。
だが、第209列車が滝見信号所の構内に入った時、そこに灯っている信号機が指し示していたのは、予定とは違う”停止セヨ”であった。
第209列車は非常ブレーキを採る。耳をつんざくような轟音とすさまじい衝撃が列車を襲い、眠り込んでいた乗客たちをたたき起こす。
しかし列車は止まり切れない。本来の停車位置を大きく通り過ぎ、安全側線へ乗り上げ脱線した。この事故で、数人の負傷者が出たと思われる。
しかし、事故はこれで終わらなかった。
脱線から10秒後、対向の貨物第71列車が現場にやってきた。もはや、貨物第71列車にはブレーキをかける暇などなかった。
脱線した第209列車の側面に、衝突。軽量金属製の客車が粉々になって吹き飛ぶ。
余談だが、第209列車は、北海道・樺太方面編の最速達列車だった。国鉄は戦災により一時的に樺太から避難せざるをえなかった人々の為に、この列車を解放していた。車内には、平和が訪れた樺太にやっと帰れるという安堵があったという。
その希望は、一瞬にして打ち砕かれた。
あまりにも酷い事故だ。井関は現場を上空から視認する。もはや列車であるとは認識できない残骸の上に、何人もの消防団員、陸軍人、地元有志の姿がある。これが、上空から確認できる。
井関は不思議に思った。事前情報よりも、現場に転がっている車両の数が少ないように感じたのだ。
しかし、しばらくたってから井関はその意味を理解した。
車輛は完膚なきまでに破壊されていたのだ。そしてそれらが、折り重なるようにして散乱していた。だから、視認できる車輛の数が少なかった。
それを意識してすぐ、井関の腸がひっくり返るような思いに駆られた。おもわず、顔を伏せる。
「見ない方がいいですよ、コクテツさん」
操縦手は井関にそう声をかけた。井関は、無言で頷くことしかできなかった。
そんな思いを抱えながら現場へと臨場する。
「事故現場は、はじめてだ」
事故で損傷した車両、昔事故が起きたとされる場所。そんなところには何度か行ったことがある。しかし、今まさに事故が起きたばかりの場所へは、行ったことが無かった。
「井関、そうしている暇はないぞ」
小林は涼しい顔でそう言う。
「もしこの事故に何か思うことがあるのであれば、まず事故原因を調査すること。次に事故原因をこの世から排除すること。彼らの死を悼むのは、その後だ」
「ああ……わかっているさ」
井関は、残骸に向かって手を合わせる。それからすぐに、頬を叩いて気持ちを切り替えた。
「必ずこの事故の原因を、解明するんだ」
事故当該列車
第209列車 通客甲B 定数460 快速|上野発青森行(常磐線経由)
・C63 21+C64 6+ナハ/ナハフ10形客車14両
貨物第71列車 通貨甲C 定数100 宅扱(高速)貨物|青森発隅田川行 ※青函連絡船1便から継走
・D53 33+C64 19+C64 72+ワキ1系高速貨車18両
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