上 下
13 / 47
異世界急行 第一・第二

整理番号13:スイザラス鉄道ボイラー爆発事故(2)

しおりを挟む
【事故概況】

 スイザラス鉄道マーシー線第22+9列車は、いつも通り順調に終点のバフロスに向けて走行していた。
 列車は先頭から順に、特2型機関車、客車三両、貨車二両の編成で、そのうち特2型機関車はバッキ運転と呼ばれる、本来の先頭を後部に向けた(つまり、機関車の先頭が後ろの客車と連結した状態)で運転を行っていた。

 列車はマーシー駅を出発してから数十分後、ダッシー駅を通過し長い下り坂に差し掛かった。
 機関士と機関助士は、急な下り勾配をゆっくりと注意深く運転している。すると、いきなり火室から煙が噴き出した。
 機関助士は慌てて列車を緊急停止させようとしたが、間に合わず。機関車は轟音を立てて爆発した。

 その爆発は後部の客車までもを粉々に破壊し、多くの乗客を負傷させ、死に至らしめた。

 負傷者、太陽暦447年第62日目時点で55人、死亡者は32人。

 王令査問会は、機関士と機関助士を業務上の過失により臣民に被害を負わせた疑いで逮捕した。これは王令(基軸)第211号(裁定その30)に依拠する。









 エドワードは記録役のミヤを連れてスイザラス鉄道へとやってきた。

「これから事故現場に向かってもらう。事故の概要はここに記された通りだ」

 スイザラス鉄道の列車に揺られながらエドワードはその書類に目を通していたが、ふと目線を上げると外の車窓を眺め出した。

「なにか、気になることでも?」

「いや……」

 エドワードは車窓に映る鉄道の姿が気になった。沿線の雰囲気はなんだか、少し暗いような気がした。

―――鉄道員はみな身なりが良いし、その制服を着崩したりして荒廃している雰囲気もない。だが……―――

 列車は大きな信号所に入線し、停車した。列車の周囲を鉄道員が駆け回る。

―――目が死んでる。あれは、ダメだ―――

 エドワードはここでシグナレスの言葉の意味を思い出した。

―――この鉄道が気に入らない、とはこういう意味か。確かに、気に食わんな―――

 鉄道院の顔は、みな押しなべて暗く、そしてなにかに追われているようだった。
 エドワードは決めつけるようなことはしたくなかったが、だがそれでもここに原因の一端を見てしまうのはとても避けられたことではなかった。

 そして特に、エドワードは職場の雰囲気というものにとても篤い感心がある。

「エドワード君。今までの調査では、事故原因はボイラー爆発ということになっている」

 物思いにふけるエドワードの意識を、アリアル卿は半ば強引に引き戻した。エドワードは渋々といった表情で、彼に応える。

「証拠は?」

「状況から見て、間違いないというのが調査部の見解だ」

 かみ合わない会話に嫌気がさしてエドワードは考えることをやめる。だが、その隣でミヤがふと声を上げた。

「あの、ボイラー爆発って、なんですか?」

 ミヤのそのあどけない声に毒気を抜かれたエドワードは、丁寧に答えてやることにした。

「蒸気機関車はボイラー内で炎を燃やし、水を温め、そして蒸気をつくるだろう。この時に何らかの原因、例えば強度不足とか、蒸気圧が高まりすぎたとかの状況が発生すると、その蒸気圧によって機関車の構造が破壊され、爆発のような現象を起こすことがある。これがボイラー爆発だ」

「そんなことが起きるん、ですか?」

 ミヤはつぶらな瞳をエドワードに向けて、不思議そうな顔で首をかしげた。それがエドワードにとっては可愛らしくて、ついつい頭をなでながら笑顔になってしまう。

「ああそうだ。君が元々扱っていたのは温水用だし、今までの状況から見てボイラー爆発に至るようなことはまずなかっただろうから知らないとは思うがね。だが、これはかなり身近にある危険だよ」

 エドワードの言葉を、アリアル卿が引き継いだ。

「例えば、蒸気圧が高まりすぎたことによる爆発。これは、例えば機関車の安全弁が故障などすることによって発生する場合がある。また、機関車の構造が設計や想定より脆かった場合にも、発生しうる」

「卿の言う通り。また、例えばボイラーの空焚き、つまり温めるべき水が存在しない状態で炎を燃やしてしまうと、これが原因で熱によりボイラーが損壊、そして爆発ということが良く発生する」

「ええ!? ボイラーが融けちゃうんですか?」

「そうだ。それを防ぐために、ボイラーには溶け栓というものがあって、その危険を知らせるようになっている」

「溶け栓……?」

 ミヤは話についていけないようで、頭の上にハテナを多数浮かべながら首を右に左にかしげていた。エドワードがどうしたものかと思っていると、列車はちょうど機関区の隣で停車した。

「ああ、あれを見てみろ」

 エドワードは窓を開け、ある一点を指差した。それは鍛冶場だった。鍛冶士たちが、なにやら鋳物を作っていた。

「あれが溶け栓だ。あそこでああやって、溶け栓を作っているんだ。あれを、ボイラーの火室の天井に開けてある穴に差し込む。そして、栓はボイラーよりも溶けやすい金属で作られているから、危ない温度に近づくと先に溶け栓だけ融けてしまうんだ」

「なるほど、だから溶け栓、ですね」

 エドワードの説明に、ミヤはやっと笑顔を見せた。それに満足しながらエドワードは外を見続ていると、ある異変に気が付いた。

―――なんだ? 鍛冶士たちがなにやら詰められているが……―――

 溶け栓を造っていた鍛冶士たちが、なにやら男たちに詰め寄られ、叱責されているようだった。エドワードは、それを目敏く見咎めた。

―――やはりこの鉄道、雰囲気が悪いぞ。こんなにも見てくれが綺麗なのに―――

 一度は治めかけた違和感が、急速に喉の入り口まで戻ってくるのを感じた。あの様子には何かがある。例え、この事故と関係が無かろうと、なにかがある。

 エドワードの過去の記憶が、彼自身にそう語りかけていた。そして彼自身も、事故の予感を感じ取っている。

―――なんだ、この予感は。まるでどこかで……―――

 だが、それが思い出せなかった。それをただ歯がゆく思うエドワードを乗せて、列車は更に進む。









 列車はとうとう、マーシー線の区間に入った。マーシー線に入ると、路線の雰囲気ががらりと変わり、それにミヤもエドワードも驚かされる。

「驚いたかい?」

 アリアル卿の言葉に、ミヤはコクコクとうなづいた。

「今までの区間はスイザラス鉄道バフロス線。沿線には王侯貴族の邸宅や別荘が立ち並ぶ。しかし、バフロス駅を過ぎると、とたんにそういった屋敷は無くなる」

「なるほど。ここは、地形の縁か」

 エドワードは外を見ながらそう呟いた。

「御明察。ここからは本格的な山岳地帯になる。そして、役目を変えたバフロス線は、その名前もマーシー線へと変える」

 列車は急峻な地形を右に左にと曲がりながら坂をどんどん上っていく。それは、座席に座っていても感じるほどに急な傾斜だった。

「なるほど、マーシー線は山岳地帯か。マーシー線が坂を上りきった先には何がある?」

「人工都市マーシーさ」

 アリアル卿はそう言いながら、一枚の紙を取り出した。その紙はまるでパンフレットのようなもので、マーシーという街について描かれていた。

「魔法医学先進都市、マーシー?」

「実は、ここは数年前まで何もない山岳だった。しかし、ここから採掘できる魔法石が医学に転用可能であることがつい最近判明してね。急いで線路を引いて街を造り、医療物資や魔法石を帝都に向けて輸送しているのさ」

 列車は信号所に停車した。すると、猛スピードで坂を下る貨物列車とすれ違った。

「今のは帝都方面行火急列車、火662列車。最近体調がすぐれない皇后陛下への医療物資を満載した特別列車で、全ての列車に優先して運転される」

「医療品を満載、ね」

 列車はガタガタとまるで房総でもしているのではないかと思うような速度で下っていた。エドワードはなにぶん、貨車の脱線事故を経験したばかりであるので、少しばかりその光景に恐怖を覚えた。

「この鉄道を支配する我がエスパノ家は、本邦最高貴族たるボフォース大公家に連なる、国内最有力貴族の一つだ。我が一族の威信にかけても、医療物資の輸送は恙なくそして迅速に行う。その為の最重要路線が、ここマーシー線だ」

「事故はそのマーシー線で起きた、と」

 エドワードが皮肉の様に言うと、アリアル卿は至って真剣な顔で首肯した。

「そう。だから問題なんだ。もうすぐ事故現場を通る。どうか、この事故を解決してほしい」

 列車は開けた高原地帯を、ゆっくり上りながら走る。前を走る機関車から、息を切るような音が響く。何だ坂、こんな坂、そう喘いでいるような音を出しながら着実に坂を上る。

 がしかし、急にその音が聞こえなくなり、列車は速度を落とす。

「事故現場だ。ここはまだ、復旧がまだでね」

 列車は実にゆっくりと、現場付近を通過しようとする。見ると、客車や機関車の残骸が未だ据え置かれていた。

「高山地帯で、片付けるすべがないんだ。一応土に埋めて見えなくするつもりらしいが、それもできるかどうか」

 アリアル卿の言葉を、エドワードは鼻で吹き飛ばした。

「フン。現場保存が成されていることは喜ばしい。早速、現場に向かおう。もうすぐ駅かい?」

「ああ。この現場を抜けたらもうすぐだ」

 列車はアリアル卿の言葉通りに、ダーシー駅に到着した。



 ダーシー駅で列車を降りると、高山特有の澄んだ空気が身を包んだ。

―――こんなところは、日本と変わらないんだな。八ヶ岳と同じ空気だ―――

 すがすがしい空気を胸いっぱいに吸い込んでいると、汽車の甲高い汽笛の音がした。

 見ると、今しがた乗ってきた列車とすれ違う列車が駅を発車したところだった。

 その列車は、機関車の後ろに数両の客車と貨車をつなげた、普通の列車だった。が、ある一点が大きく他の列車と異なっていた。エドワードは、その異変にすぐに気が付く。

「どうしてバッキ運転なんだ?」

「バッキ運転?」

 耳慣れない言葉にミヤが首をかしげる。

「先頭に機関車がいるだろう?」

「はい。先頭に機関車がいて、後ろの車輛をけん引している。普通の姿ですよね?」

「だが見てみろ。その先頭の機関車は、アタマをケツに向けてるぜ」



 機関車には、エンドというものがある。蒸気機関車においては、先頭の丸くなっている方が1エンドで、機関士がいる方が2エンドだ。
 通常、列車において機関車は、1エンドを先頭に向け2エンドを後ろの客車と連結する。
 だがしかし、バッキ運転においてはそれが逆になるのである。

「よくあることだろう。気にすることか?」

 そしてこれは、アリアル卿が言うようによくあることである。それはエドワードも認めていた。

 普通、蒸気機関車は折り返しの際に、転車台というものを使って一エンドが必ず進行方向を向くように整えられる。だが、その転車台が無い場合は、バッキ運転にならざるを得ない。

 だが、これはあくまでも「仕方がない」ことであり、積極的に行うべきことではない、とエドワードはそう考える。事実、日本国鉄も同様の見解で、バッキ運転は日本国内において急速に廃止されている。

「あの、バッキ運転? だと、何がいけないんですか?」

 ミヤの当たり前ともいえる問いに、アリアル卿は簡単に答えた。

「機関車は、バック運転することを考慮に入れて設計されていない。だから、バックすると脱線したり、あとは発火石と水を積んだ燃料車が邪魔で視界が悪かったりするんだ。更ににこの燃料車が厄介で、構造上バック運転が殆ど出来ない」

 燃料車は日本でいう所の炭水車だ。うず高く積まれた燃料が邪魔で、大抵は後部を満足を見ることができないし、足回りが貧弱なため、こちらを先頭にすると躓いて脱線を起こす。

「だが、わが鉄道の機関車は、バッキ運転でも安定するように設計されている。そして今回の事故には関係ないさ。さあ、現場へ行こう」

 アリアル卿はそういって笑った。だが、エドワードの目は、バッキ運転で走る列車に注がれていた。

 まるで、それに「なにか」があると言わんばかりに。
しおりを挟む

処理中です...