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異世界急行 第一・第二 異世界事故調編

整理番号31:バフロス貨物線脱線事故(2)

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 現場でエドワードを出迎えたのは、騎士団のギムリーだった。

「どうも、エドワードさん。この間ぶりで」

「ああこちらこそ」

 手早く握手をすると、エドワードは現場に入った。

「……これはひどいな」

 現場は、凄惨という言葉では言い表せなかった。

 少なくともエドワードは、この状況をそんな二文字の簡単な一言で言い表したくはなかった。

「かろうじて状況は理解できる。が、しかし、ほとんど原型はとどめていない」

 エドワードの理解では、現場は外側にホームを持つ曲線で、列車はそこに乗り上げるようにしてひっくり返っていた。

「この駅は貨物用の駅なんだ」

 ギムリーはふとそんなことを言い出した。

「貨物用、というと」

「この路線はバフロス貨物線といって、バフロス本線と並行して走っている路線だ。ここから二キロ西にバフロス本線のガリフール駅がある」

「旅客列車は、そちらを通ると」

「そうだ。この路線は邸宅に資材を運ぶ専用の路線で、この駅は貴族学校に物資を搬入する為に設置された。だから、通常は人の出入りはない」

 彼はそう言うと、ホームの方を指さした。

「この駅には駅舎があるが、この駅舎は通常、この駅のポイント、つまり線路の操作などを行うのみだ。切符を切ったり、ホーム上を監視したり、などの任務は、駅舎の中にいる人間には与えられていない」

「つまり、ギムリーさんは何が言いたいんで?」

 エドワードは彼の言葉が予想できた。そして彼は、予想通りの言葉を口にした。

「我々騎士団は、この事故を意図的な脱線事故である可能性を指摘している」

 彼はそう言って、自分に付けられた名札を見せた。

「……特別捜査本部長、か」

「私はこの事件の捜査を特命されています。ぜひ、あなたのお力を借りたい」

 エドワードは不快感を隠さなかった。









「状況を整理しよう」

 彼はそう言って駅の構造を紙に書いた。



「北を上としたとき、線路は左、つまり西の方向にカーブしている」

 彼はその上にバツ印を付けていった。

「まず、遺体が発見された場所を順に示す。女学生二人がここ、駅長がここ、乗務員がここ」

 その点の上に、エドワードが列車の残骸を書き加える。

「列車は外側のホームに乗り上げるようにして横倒しになっている」

 乗務員の位置は列車の運転台の位置と完全に一致した。また、駅長の位置にも不思議な点はない。

「そして、二人の位置は……」

「機関車の先頭の、その更に先だ」

 ギムリーによれば、機関車の先で二人は抱き合うようにして倒れていたという。

「我々の見立てでは、何らかの原因で脱線した列車に、ホーム上にいた二人が接触したと」

 そこでギムリーはエドワードに向き直った。

「ここでお聞きしたい。このような状況下で、意図的に列車を脱線させることはできますか」

 彼はそういう言い方でモノを訪ねてきた。エドワードは眉をひそめる。

「……つまり、あなたはこれが意図的な脱線により五人が殺害された、と言いたい」

「ええ。そうです」

「その、根拠は」

 エドワードが尋ねると、彼は平然と答えた。

「犠牲者になったうちの一人は、ウサス・エスパノ家のご令嬢だ。ご存じない?」

 当然、エドワードは知らない。ぽかんとした顔でかぶりをふるエドワードに、アイリーンはそっと耳打ちした。

「査問会で怒鳴り散らしていたオバサンの娘さ。将来は後宮入りかそれとも諸外国の王家と政略結婚か、なんてささやかれていた子さ」

 彼女の言葉に、ギムリーは指を鳴らした。

「ご名答。すなわち、国際社会において少なからぬ影響力を持つ人物だと言えるでしょう」

「だから殺された、と」

 エドワードの言葉に、彼はうなづいた。

「ええ。現時点では、その可能性が高いかと」

「少し、結果から物事を見すぎじゃないですかね」

 エドワードはそう苦言を呈した。その言葉にも、彼はうなづく。

「もちろん。それは我々も承知しています。であるから、我々はあなたのお力を借りたい」

 ギムリーはそう言って、エドワードにバッジのようなものを差し出した。

「我々は捜査本部として、事件の可能性を探ります。あなた方は、それに対しある種、批判的な、そして俯瞰的な立場から調査をしていただきたい」

 彼はそう言って頭を下げた。

「わかりました。ただ、ご期待に沿えるかは、保証しかねますや」

 エドワードはそう言うと、そのバッジを受け取った。



「ともかく、故意脱線の可能性について。まず、故意に脱線を引き起こす方法は、存在する」

 彼はそう言うと、様々な例を列挙して見せた。

「正面衝突などより重大な危機が目の前に迫っている場合、あえて脱線させてしまった方が逆に安全である場合がある。また、不正な動きを見せた暴走列車を、意図的に脱線させるということもあり得る」

 例として、信号がススメを示していないのに発車してしまった列車を、意図的に脱線させる「脱線転轍機」という装置が存在する。
 これが作動すると、列車は意図的に脱線させられる。

「なるほど、予防的脱線であると。それ以外は?」

「当然、犯罪行為による脱線も数多く存在する」

 エドワードはこれも例を挙げる。

「例えば、レールの上に石を置く。たとえちょっとした小さな石でも、脱線に至る可能性は否定できない。高速走行中の列車が石を踏めば、かなり容易に列車は脱線する」

 実際に、その手の事故は跡を絶たない。昭和二十七年のえるも号脱線事故など、子供が出来心で大脱線を引き起こしてしまうことも多々ある。

「または線路に細工がしてあった場合。これはかなり重大な脱線事故を引き起こす」

 例えば、国鉄三大ミステリーと言われた中島事件。常総本線中島駅付近で線路が破壊され、その区間に差し掛かった列車が脱線したという事件である。
 この事件のように、線路にちょっとした細工をするだけで、列車はいとも簡単に脱線する。

「では、もし仮にこの事故が意図的な脱線であったとして、どのような理由が考えられますか?」

「線路への細工、というのが最も現実的だろう」

 エドワードはそう結論を出した。エドワードの見る限り、この場所でそれ以外に重大な脱線を引き起こせる要因が見当たらなかったのである。

「では、それはどうすれば証明されますか」

「もしそうであれば、人為的に線路に対し工作をした痕跡が残るはずである。例えば、線路を支える犬釘を抜くとか、線路と線路をつなぐ継ぎ目板を外すとか、線路を固定する金具を無くしてしまうとか」

「この残骸からでも、見つけられますかね」

「見ればわかるはずだ。ともかく、記録を取ったうえでこの残骸をどかそう。おおい、ミヤ!」

 エドワードはミヤを呼んだ。すると、ミヤはノートを抱えてこちらに走ってくる。

「エドワード様。お呼びですか?」

「ミヤ、残骸をどかす前にこの状況の記録をしたいのだが、あとどれくらいで終わるかい?」

 そう聞くと、ミヤは困った顔をした。

「だいたいでいいぞ。ゆっくりでもいいからな」

 エドワードがそう言うと、ミヤはもっと困った顔になった。

「どうした?」

 その言葉に、ミヤは申し訳なさそうに答える。

「あの、すみません……」

 彼女はそう言って目を伏せた。

「もう、終わってます……」

 エドワードはめまいがする。

「本当にミヤは仕事が早いんだな。いやいや、悪かった。ギムリーさん」

 エドワードは半ば腰を抜かしながらギムリーの方を振り返った。

「もう、残骸を撤去していただいて大丈夫です」

「わかりました。撤去しましょう」
 








 同じころ、エスは現場を離れて聞き込みを続けていた。

「亡くなったのは、カリヤル・エスパノさん。ウサス・エスパノ家のご令嬢で、噂では大シンカ共和国の有力者と結婚するとか。……ええ、噂ですが」

 エスは独自に、調査本部に乗り込んで聞き込みをしていた。本部にいたうちの、一番口の軽そうな青年が、エスのターゲットだ。

「よく知ってますね兄さん。そうそう、カリヤル嬢と言えば、ウサス家のガミガミババアにもったいないぐらいの美人さんだって、帝都じゃ噂ですけれどもね。こんなことになって、心から残念ですよ」

 彼はそう言って、少々オーバーなリアクションを見せた。それがちょっと気に障りながらも、エスは聞き手に徹する。

「しかし、変な話ですよね。まだなにも判明していないのに、貴族さんは犯罪だ犯罪だってうるさいんですよ」

 エスはその言葉に強く引っ掛かりを覚えた。

「まだなにもわかっていない、のに?」

「ええ。だって、もう一人の犠牲者のお名前はさっきやっとわかったんですよ?」

 彼はそう言った後で、周りを見渡す。そして誰もいないことを確認してから、そっとエスに耳打ちした。

「ガリフル学園の女子寮で暮らしてた、ハルミンっていう少女だったそうですよ。先ほど、寮長が朝になっても帰ってこないと通報があり、わかったそうなんです」

「へえ。彼女はどんな人なんです?」

「平凡な家庭に生まれた、平凡な人間らしいんですがね、とても才能にあふれた人だったとか。ですがまあ、こっちに貴族サマ連中は興味ないでしょう」

 そういって青年は嫌気が差したとばかりに渋面を作る。

「貴族サマ連中、まだ遺体が見つかる前から、これは犯罪に違いが無いって騒いでいましたからね。”自称”高潔な血筋の人間しか、眼中にないって感じ」

「遺体が見つかる前から?」

「ええ。あのオバサン、行方不明届を出したときからずっとそんな調子でしたよ」

 そう言った後で、彼は慌ててエスに言う。

「あ、これ他の人に言っちゃだめですからね」

「ええ、わかってますよ」

 エスはその内容をしっかり記憶に焼き付けながら、その場を後にした。
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