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異世界急行 第三 サンロード事故調査会編
整理番号44:閉塞を確保せよ!(2)
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「典型的な追突事故だ」
エドワードの第一声はこうであった。
「それはどのあたりを証拠として言っているんだい?」
意味のない問いかけだと知りつつも、アイリーンは一応彼にそう問いかけた。エドワードはしごく平然と返答する。
「最後部の印が付いた貨車に、機関車が食い込んでいる。それ以上に何か言うべきはあるかい?」
「いや、なにも」
最後尾の印、というのはすなわち、列車編成の一番後ろに付いている赤い灯火、すなわちテール・ライトだ。
余談だが、エドワードはこの世界にやってきたときにそのテールライトの形状に驚きを覚えた。それはあまりにも地球のものと酷似していたからだ。
今、エドワードの足元に転がっているそれも、国鉄で使用していた”カンテラ”に近い形状をしている。
―――今までは収斂進化であると見過ごしてきたが、これはひょっとすると……―――
そんなよそ事を考えていたら、ミヤがエドワードの服をちょんちょんと引っ張った。
「エドワード様。証言のとりまとめ、全て終わりました」
それを聞いてエドワードは顔がほころぶ。
「えらいなあミヤ。もうすべてやってきたのかい」
「はい。関係した駅員さん、始発駅の駅員さん、ご無事だった方でご協力いただけた方の証言を記録してきました。これから現場のスケッチをしようと思うのですが、これで大丈夫ですか?」
「十分すぎるほどさ、ミヤ」
彼はそう言いながらミヤの頭を撫でまわした。彼女は少しだけ目を細めると、そのままスケッチを取り始めた。
「ミヤは本当に優秀だ。……ああ、ちゃんと重要な証言まで取っている」
「それはなんだい?」
「事故列車が最後に通過したと思われる駅の駅員の証言だ。それによると、本来は先行する列車の安全が確認されてから次の列車を通すべきところ、ミスによりそれが成されなかったということらしい」
「……この区間は複線。つまり、同一線路上には、同一方向の列車しか来ない。速度の速い列車が速度の遅い列車に追突しないように、駅は列車同士の間隔を適正に保つ役割をしていたということだね」
「それがなんらかの原因で機能しなかったために、事故が起きてしまったということだ」
このような事故は、地球上でも数多く発生している。もちろん、国鉄でもだ。
有名なものであれば特急さくら・急行あきよし追突事故だろう。視界不良の中、定められた速度を無視して走行していた急行あきよしが特急さくらへ追突した。
あるいは、抹茶水駅追突事故なんていうものの方が覚えがいいだろうか。
世界に目を向ければ、ルイシャム衝突事故をはじめとして枚挙に暇がない。それほどに、追突事故を防ぐのは難しいのだ。
「これは、閉塞をしっかりしていれば防げた事故だ」
エドワードはそう断言した。
そこでアイリーンは腑に落ちないような顔になった。
「閉塞、というのは確か、うちの鉄道で正面衝突事故未遂が起きたときに、君が編み出したものだったね」
「そうだ。今回の事故も、この閉塞を厳正に取り扱うことで解決ができる」
「ちょっと待ってくれ。あの事故は単線、つまり同一線路上に双方向の列車が走行する状況下で発生した。今回は状況が違うじゃないか」
「そうだ。今回は複線、つまり同一線路上には同一方向の列車しか走行しない状況下で発生した」
「じゃあ、閉塞は関係ないじゃないか。閉塞とは、双方向に列車が通過する場合にお互いのすれ違いを確実にするためのシステムだろう?」
お互いにかみ合わないやり取りを重ねた後に、エドワードはここでようやく気が付いた。
「アイリーン、君は大きな勘違いをしている」
「勘違い?」
「そうだ。まず、閉塞の真髄は君の言うところにはないということだ」
「どういうことだい?」
「閉塞とはすなわち、『一定の区間に、一列車以上の列車を進入させない』という規定のことだ」
「それじゃあただの言いかえじゃないか……。いや、違う、そういうことか」
アイリーンは少し不満げな顔を見せた後で、やっと合点がいったように顔を明るくさせた。
「ある一定の区間には、その区間と紐付けられたスタフを持つ列車しか進入できない、というのが今までの閉塞だった。この概念は、複線区間においても適用可能なんだね?」
「そうだ。例えば、この鉄道では一駅間に進入できる列車は一列車だけと規定されていた。これも一種の閉塞と言える」
「一定の区間に進入できるのは一列車、という規定に沿っていると言えるからか。では、その閉塞をしっかり守っていれば防げた事故、ということだね?」
「満点だ」
エドワードは両手足で二つの大きな丸を作った。
「でも、複線区間ではどうやって確実な閉塞を担保するんだい?」
「そこが問題なんだ」
単線区間では、特に列車頻度の高い区間では、すれ違い(交換)可能駅で必ずすれ違い(交換)が起きる。
ということはつまり、閉塞を証明するものを交換の度に対向列車に渡せばよかったのである。
しかし、複線区間ではそうはいかない。なぜなら、対向列車とはシステムが分離されてしまっているからだ。
複線区間で閉塞を取ろうと思えば、このサウスサンロード鉄道の様に駅員同士が伝話でやり取りをしなければならないのである。
「このようなやり方の事を、我が国では通信式と呼ぶ。これは信号取扱者、ここでは駅員の集中に依るところが大きく、今回のような事故を防ぐことができない」
「どうすれば防げるんだい?」
「今回の事故は最終列車の勘違いが原因と思われる。つまり、駅員基準でどれが最終列車であるかが見分けられなかったわけだ。列車順序が変更になったうえで臨時列車まで走ったのだから、当然だな」
当夜、ダイヤは大幅に乱れていた。駅員からしてみれば、急遽増発された列車は平常通りやってきた列車に見えたに違いない。
「駅員は真の最終列車を待たずして業務をやめてしまった。証言によれば駅の灯りも消していたようだから、運転していた機関士は駅を通過したことに気が付かなかった可能性まである」
「つまり、最終列車をしっかりと見分ける方法があれば、今回のような事故は起きないはずだね?」
「その通り。具体的に言えば、最終列車だけ特別な灯りを付ける、というような対策が有効だろう」
これは日本でも実際に行われていることである。例えば、大阪市営地下鉄の最終列車は最後尾において、テールライトだけでなくヘッドライトも点灯させる。
これにより、”この列車が最終である”ということを指し示している。
「だから例えば、この鉄道においても最終列車だけテールライトを増やす、とかの方策を寝ることもできるだろう」
エドワードはそう言った。だが、アイリーンはそこにある表情を機敏に読み取った。
「でも、それだけでは物足りない、という顔だね」
「そうだな。これでは根本的な解決とは言えないだろう」
大阪市営地下鉄での対策は、日本の鉄道という世界でもハイクラスの閉塞システムを確保しているところでさえ”最終列車の誤認”という事象が起きている事を危惧しての策である。
そもそもとして閉塞システムが完成していないこの世界でこれを行ったところで、効果のほどはたかが知れているのである。
「何か策はあるのかい?」
「たとえば、隔時法というものがある。これは前の列車との間隔を一定程度開ける方式だ。それから無閉塞運転というのもある。これは『運転士の注意力による方法』というもので、運転士が前方を注視して安全を確保するといものだ。だが、これらは今回の事故を防ぐ手立てにはならない」
「では、その他の方法は?」
エドワードはそう言われて、ある方法が思い浮かんだ。
「無いといえばうそになる。しかし……」
ここでエドワードは頭を抱える。
「この世界で出来るかどうかはわからん」
なぜなら、その方法は、この世界で未だエドワードが出会っていない”あの”技術が必要だったからだ。
「僕が発明……出来るものでもなさそうだね、その様子を見ると」
「ああ。これは純然たる科学の話だ」
エドワードはそう言って目を伏せた。
閉塞をより安全に担保するために必要なもの。それは、この世界では未だ想像上若しくは自然界の気まぐれでしかないもの。
そう、”電気”である。
エドワードの第一声はこうであった。
「それはどのあたりを証拠として言っているんだい?」
意味のない問いかけだと知りつつも、アイリーンは一応彼にそう問いかけた。エドワードはしごく平然と返答する。
「最後部の印が付いた貨車に、機関車が食い込んでいる。それ以上に何か言うべきはあるかい?」
「いや、なにも」
最後尾の印、というのはすなわち、列車編成の一番後ろに付いている赤い灯火、すなわちテール・ライトだ。
余談だが、エドワードはこの世界にやってきたときにそのテールライトの形状に驚きを覚えた。それはあまりにも地球のものと酷似していたからだ。
今、エドワードの足元に転がっているそれも、国鉄で使用していた”カンテラ”に近い形状をしている。
―――今までは収斂進化であると見過ごしてきたが、これはひょっとすると……―――
そんなよそ事を考えていたら、ミヤがエドワードの服をちょんちょんと引っ張った。
「エドワード様。証言のとりまとめ、全て終わりました」
それを聞いてエドワードは顔がほころぶ。
「えらいなあミヤ。もうすべてやってきたのかい」
「はい。関係した駅員さん、始発駅の駅員さん、ご無事だった方でご協力いただけた方の証言を記録してきました。これから現場のスケッチをしようと思うのですが、これで大丈夫ですか?」
「十分すぎるほどさ、ミヤ」
彼はそう言いながらミヤの頭を撫でまわした。彼女は少しだけ目を細めると、そのままスケッチを取り始めた。
「ミヤは本当に優秀だ。……ああ、ちゃんと重要な証言まで取っている」
「それはなんだい?」
「事故列車が最後に通過したと思われる駅の駅員の証言だ。それによると、本来は先行する列車の安全が確認されてから次の列車を通すべきところ、ミスによりそれが成されなかったということらしい」
「……この区間は複線。つまり、同一線路上には、同一方向の列車しか来ない。速度の速い列車が速度の遅い列車に追突しないように、駅は列車同士の間隔を適正に保つ役割をしていたということだね」
「それがなんらかの原因で機能しなかったために、事故が起きてしまったということだ」
このような事故は、地球上でも数多く発生している。もちろん、国鉄でもだ。
有名なものであれば特急さくら・急行あきよし追突事故だろう。視界不良の中、定められた速度を無視して走行していた急行あきよしが特急さくらへ追突した。
あるいは、抹茶水駅追突事故なんていうものの方が覚えがいいだろうか。
世界に目を向ければ、ルイシャム衝突事故をはじめとして枚挙に暇がない。それほどに、追突事故を防ぐのは難しいのだ。
「これは、閉塞をしっかりしていれば防げた事故だ」
エドワードはそう断言した。
そこでアイリーンは腑に落ちないような顔になった。
「閉塞、というのは確か、うちの鉄道で正面衝突事故未遂が起きたときに、君が編み出したものだったね」
「そうだ。今回の事故も、この閉塞を厳正に取り扱うことで解決ができる」
「ちょっと待ってくれ。あの事故は単線、つまり同一線路上に双方向の列車が走行する状況下で発生した。今回は状況が違うじゃないか」
「そうだ。今回は複線、つまり同一線路上には同一方向の列車しか走行しない状況下で発生した」
「じゃあ、閉塞は関係ないじゃないか。閉塞とは、双方向に列車が通過する場合にお互いのすれ違いを確実にするためのシステムだろう?」
お互いにかみ合わないやり取りを重ねた後に、エドワードはここでようやく気が付いた。
「アイリーン、君は大きな勘違いをしている」
「勘違い?」
「そうだ。まず、閉塞の真髄は君の言うところにはないということだ」
「どういうことだい?」
「閉塞とはすなわち、『一定の区間に、一列車以上の列車を進入させない』という規定のことだ」
「それじゃあただの言いかえじゃないか……。いや、違う、そういうことか」
アイリーンは少し不満げな顔を見せた後で、やっと合点がいったように顔を明るくさせた。
「ある一定の区間には、その区間と紐付けられたスタフを持つ列車しか進入できない、というのが今までの閉塞だった。この概念は、複線区間においても適用可能なんだね?」
「そうだ。例えば、この鉄道では一駅間に進入できる列車は一列車だけと規定されていた。これも一種の閉塞と言える」
「一定の区間に進入できるのは一列車、という規定に沿っていると言えるからか。では、その閉塞をしっかり守っていれば防げた事故、ということだね?」
「満点だ」
エドワードは両手足で二つの大きな丸を作った。
「でも、複線区間ではどうやって確実な閉塞を担保するんだい?」
「そこが問題なんだ」
単線区間では、特に列車頻度の高い区間では、すれ違い(交換)可能駅で必ずすれ違い(交換)が起きる。
ということはつまり、閉塞を証明するものを交換の度に対向列車に渡せばよかったのである。
しかし、複線区間ではそうはいかない。なぜなら、対向列車とはシステムが分離されてしまっているからだ。
複線区間で閉塞を取ろうと思えば、このサウスサンロード鉄道の様に駅員同士が伝話でやり取りをしなければならないのである。
「このようなやり方の事を、我が国では通信式と呼ぶ。これは信号取扱者、ここでは駅員の集中に依るところが大きく、今回のような事故を防ぐことができない」
「どうすれば防げるんだい?」
「今回の事故は最終列車の勘違いが原因と思われる。つまり、駅員基準でどれが最終列車であるかが見分けられなかったわけだ。列車順序が変更になったうえで臨時列車まで走ったのだから、当然だな」
当夜、ダイヤは大幅に乱れていた。駅員からしてみれば、急遽増発された列車は平常通りやってきた列車に見えたに違いない。
「駅員は真の最終列車を待たずして業務をやめてしまった。証言によれば駅の灯りも消していたようだから、運転していた機関士は駅を通過したことに気が付かなかった可能性まである」
「つまり、最終列車をしっかりと見分ける方法があれば、今回のような事故は起きないはずだね?」
「その通り。具体的に言えば、最終列車だけ特別な灯りを付ける、というような対策が有効だろう」
これは日本でも実際に行われていることである。例えば、大阪市営地下鉄の最終列車は最後尾において、テールライトだけでなくヘッドライトも点灯させる。
これにより、”この列車が最終である”ということを指し示している。
「だから例えば、この鉄道においても最終列車だけテールライトを増やす、とかの方策を寝ることもできるだろう」
エドワードはそう言った。だが、アイリーンはそこにある表情を機敏に読み取った。
「でも、それだけでは物足りない、という顔だね」
「そうだな。これでは根本的な解決とは言えないだろう」
大阪市営地下鉄での対策は、日本の鉄道という世界でもハイクラスの閉塞システムを確保しているところでさえ”最終列車の誤認”という事象が起きている事を危惧しての策である。
そもそもとして閉塞システムが完成していないこの世界でこれを行ったところで、効果のほどはたかが知れているのである。
「何か策はあるのかい?」
「たとえば、隔時法というものがある。これは前の列車との間隔を一定程度開ける方式だ。それから無閉塞運転というのもある。これは『運転士の注意力による方法』というもので、運転士が前方を注視して安全を確保するといものだ。だが、これらは今回の事故を防ぐ手立てにはならない」
「では、その他の方法は?」
エドワードはそう言われて、ある方法が思い浮かんだ。
「無いといえばうそになる。しかし……」
ここでエドワードは頭を抱える。
「この世界で出来るかどうかはわからん」
なぜなら、その方法は、この世界で未だエドワードが出会っていない”あの”技術が必要だったからだ。
「僕が発明……出来るものでもなさそうだね、その様子を見ると」
「ああ。これは純然たる科学の話だ」
エドワードはそう言って目を伏せた。
閉塞をより安全に担保するために必要なもの。それは、この世界では未だ想像上若しくは自然界の気まぐれでしかないもの。
そう、”電気”である。
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