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異世界急行 第三 サンロード事故調査会編

整理番号46:閉塞を確保せよ!(4)

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 ある夜、アイリーンから実験準備完了の連絡を受け、エドワードは機関区に急いだ。

 あまりにも急いでいたものだから、エドワードは自分で馬を繰って機関区へとやってきた。”エス”はそれに目をひん剥いて驚いて見せた。

「暴れん坊将軍の時代の人間ではないでしょう」

 言外に”どこで馬術を習ったんだ”と聞いてくる藤居に、御岳は涼しげな顔で答えた。

「ガキの頃、軍人だった叔父の那須の別荘でみっちり叩き込まれたんだ」

「叔父さんは軍人だったんで?」

「ああ。陸軍の立派な軍人だった。肩に立派な飾りを付けていた姿をよく見せてくれた」

「ん? 御岳さん、それって……」

 藤井が何かを言いかけたとき、アイリーンと眞弓が肩で息をしながら飛び込んできた。

 アイリーンは上気した顔で叫び声をあげる。

「世紀の大発見だ!」

 そう言いながら彼女は勢いよく段差に蹴躓いた。そして無様な格好で床に倒れる。

「慌てすぎだ」

「うるさいなあ! せめてボクを抱きとめるとかしてくれてもよかったんじゃない?」

「次からは善処しよう」

「ハハアン、ボクは知ってるんだぞ。そのニホンジンと自称する者たちの”善処する”は『何もしない』の言い換えだってね」

「ほお、お前さんもだいぶ日本に染まってきたな」

 御岳の感心したような顔に呆れ顔で対抗しながら、アイリーンは実験の準備を進めた。

「それで、大発見とはなんだ?」

「ああ、そうそう。これを見てくれ」

 アイリーンが合図すると、眞弓がニタニタしながら機械を持ってきた。

「これはなんだ」

 御岳が当然のことを問いただすと、田中がその言葉を遮った。

「さあさあこれから皆々様の目前にお見せいたしまするは、世にも珍しい雷様の魂でございまする」

 仰々しい口上と共に田中がその機械に取り付けられていたハンドルを回し始める。中から唸るような音が響きだす。

 機械には二つの鉄の棒が飛び出ていた。田中はハンドルを回しながらこれに注目するようにいう。

「それでは御覧に入れよう。それ!」

 眞弓のその言葉と共に、機械に取り付けられたスイッチが押された。

 その瞬間、鉄の棒の間にバチバチッと青白い閃光がほとばしる。

「まさか、これ……」

「そう、世にも珍しい雷様の御魂、エレキテルでござい」

「オイ田中、そのあまりにも珍妙な口上をやめろ」

「ハイすいません」

 御岳は平賀源内のモノマネで集中を妨げる田中を一喝すると、真面目な顔で眞弓に詰め寄った。

「いったい何がどうなってる」

「そないに慌てんでも。いまにわかりますさかい」

 眞弓が静かに機械の中身をつまびらかにする。すると、その中には見慣れたものが入っていた。

「永久磁石式の直流発電機……。いまのは直流電気か」

「さすがやな」

 眞弓は感嘆の声で御岳の言葉を肯定した。

「実は、この世界にはかなり昔から、異常な魔法石と呼ばれるものがあったんだ」

 アイリーンはそう言うと、機械の中にある黒い石を取り出した。

「こりゃ、磁石だな」

「ボクは今さっき、これが磁石という名前であることを知った。この世界では、これをひっつき石というんだ」

「ひっつき石?」

 御岳が怪訝な顔をすると、アイリーンはニヒルな笑みを見せる。

「ずっと、これは魔法石だと信じられてきた。ただ、他の魔法石とは違って魔法力を加えなくてもモノに引っ付くという特徴があった。魔法学者がもう数百年も前から研究していたけど、その謎が解けなかったんだ」

「そりゃ、これは純然たる物理現象だからな。魔法的側面から研究しても謎は解けんだろう」

 御岳の言葉に、アイリーンは大きくうなづいた。

「その通り。これは科学なんだ。やっぱり、君の世界の人間といると楽しいなあ」

 その笑顔につられて、御岳も笑顔になる。

「これで電気が発明できた。ということは、つまり自動閉塞方式を採用できるということだ」

「自動閉塞、というのは、この電気をレールに流して鉄の車輪を介して検知する方式、だったよね」

「そうだ。二つのレールの間に電気が流れたことを検知して信号を動かす方式だ」

 そこまで言って、御岳は妙な顔になった。

「待ってくれ。電気は今発明出来た。……では、信号はどのようにして作ろう」

 眞弓はそれを聞いて、アッという声を出した。

「どういうことだい?」

「自動閉塞が列車を検知することまでは出来た。が、検知するだけではだめだ。検知した、ということを機関士に知らせる機構を作らなければ」

 言葉にしてみて、御岳はどんどんと青ざめていく。眞弓の方を見やる。そこには、とても気まずい顔をした眞弓がいた。

「眞弓さん、まさかとは思うが電球の開発なんてものは……」

「ワイはトーマスエジソンには成れんかった」

 軌道回路によって列車の存在を検知したら、その情報をもとに信号の灯火、つまりあの青・黄・赤を示す必要がある。
 つまり、電気によって光るモノが必要なのである。

 ここは異世界。この地にはテスラ・コイルもトーマス・エジソンも居なければ、トーマスエジソンが電球の発明に使った京都の竹も無い。

「自動閉塞の導入は、一旦お預けだ」

 御岳はかなりがっかりした様子で、そう肩を落とした。









「でも、代替案はあるんでしょう?」

 屋敷に帰り事の次第をシグナレスに話すと、彼女は何でもないことのようにそう言い放った。

「なぜそう思う」

「あなたに唯一も絶対も無いからよ」

 俺の何を知っているというのだ。とエドワードは心の中で毒づいたが、しかしそれでもシグナレスの目の色は変わらなかった。
 そしてこの場においてはシグナレスが圧倒的に正しく、それはつまりエドワードは腹案を用意してあったのである。

「通過識別灯というものがある」

 エドワードはそう言うと、簡単な表を出した。

急行:左右に白色の灯り/旗
普通:なし
臨時:通過種別に依る灯火並びに緑色の灯火

「これは何?」

「今回の事故は、駅員が列車を勘違いしてしまったことが原因だ」

 駅員は、本来の最終列車ではなく、臨時に運転された特別列車を最終列車列車であると勘違いしてしまった。
 列車種別の見間違い。これは、最終列車に限ったことではない。

 優等列車と普通列車の見間違い。これもよくあることである。そして、もし高速で通過する列車を、低速で走行する普通列車用の線路に入れてしまったら……。事故は発生することは明白である。

「そこで、列車に灯火を持たせ、その組み合わせや色で種別を明らかにする。駅員やその他の者はその表示を見て正確に列車を見分けることができる」

 これは、エドワードが元居た国鉄のやり方ではない。国鉄でも空前絶後の最高速で走行する「特急こだま号」においてはそのような方法をとったこともあるが、これはどちらかというと高速度への警戒を促すためのものであった。
 周囲から見て列車種別がわかりやすくする、というのは、同じ形式で優等から普通列車までをこなす、民鉄系の影響が色濃い。

「なるほどね。今回の事故でいえば、臨時列車は緑色の灯火を示して走行するから、駅員は臨時列車を最終列車と誤ることは無かった」

「その通り。また、今回のような事故を絶対的に防止するためには、例えば最後尾にも白色の灯火を掲げるなどしてその列車が最終であるということを示すきまりにすればよい。ともかく、この程度の対策でも、グッと安全性は向上できる」

「やっぱり、私の眼は狂ってなかったわ」

 全部を聞き終わったシグナレスは、勝ち誇ったようにそう言った。

「あなたは、簡単に何かをあきらめる人ではないもの」

「往生際だけは悪いんだ。いや、往生したときは潔かったと自分では思うのだが」

 そんなことを言うと、シグナレスは呆れたようにつぶやいた。

「誠実なのは、良いことよ」
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