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第5話 静かな評価
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第5話 静かな評価
王宮の中庭に、柔らかな午後の日差しが差し込んでいた。
春の花が咲き誇り、表向きはいつもと変わらぬ穏やかな光景。
だが、その裏で――空気は確実に変わり始めていた。
「……最近、会議が早く終わりすぎませんこと?」
控えめな声でそう切り出したのは、伯爵夫人の一人だった。
昼下がりの茶会。
集まっているのは、王宮に出入りする貴族夫人や令嬢たちだ。
「ええ。以前は、午後いっぱい拘束されることも珍しくなかったのに……」 「それに、決定事項が次の日に覆ることも増えましたわね」
ささやき声が、波紋のように広がる。
誰も名指しはしない。
だが、全員が同じ人物を思い浮かべていた。
――ディアナ・フォン・ヴァイスリーベ。
かつては、王太子の婚約者として。
そして、知らぬ間に“調整役”として。
「……あの方がいらした頃は、物事が不思議と収まっていましたわ」
老侯爵夫人が、静かに言った。
「派手な発言もなさらず、前に出ることもない。けれど……」 「後で必ず、『ああ、あれで良かったのね』と思える結果になっていた」
その言葉に、何人かが無言で頷く。
婚約破棄の場に居合わせた者も、そうでない者も。
今になって、ようやく気づき始めていた。
(……評価は、消えたあとで浮かび上がるものですわね)
同じ頃。
王宮の別棟では、重臣たちが非公式の集まりを持っていた。
「……正直に言おう」
外務卿が、重たい口調で切り出す。
「最近の判断は、場当たり的すぎる」
「ええ。書類の精査が追いついていない」 「各部局が、勝手に判断し始めています」
財務卿が深く息を吐いた。
「以前は、自然と一本にまとまっていた。誰が指示したわけでもないのに……」
沈黙。
やがて、誰かがぽつりと呟く。
「……ディアナ様、でしたな」
その名が出ても、誰も制止しなかった。
「王太子殿下が決断される前に、必ず裏で整理されていた」 「殿下は、それを“自分の判断”だと……」
言いかけて、言葉を飲み込む。
批判ではない。
ただ、事実だ。
「……しかし、今さらどうにもならん」
外務卿は、そう締めくくった。
「彼女は、もう王宮の人間ではない」
その言葉は、重臣たちの胸に重くのしかかる。
一方その頃。
侯爵家の庭園で、ディアナは静かに散歩をしていた。
風に揺れる花々を眺めながら、何も考えていない――ように見えて、その実、彼女は情報を整理していた。
(……想像より、早いですわね)
王宮内部での混乱。
社交界での評価の変化。
それらは、直接彼女の元に届くわけではない。
だが、回り回って、必ず耳に入る。
旧知の貴族からの遠回しな手紙。
使用人たちの噂話。
街で交わされる会話。
すべてが、同じ方向を指している。
(“あの方がいなくなって、初めてわかった”……ですか)
ディアナは、ほんの少しだけ苦笑した。
誇らしさはない。
優越感もない。
あるのは――静かな納得だけ。
彼女は、自分が有能であることを誇示したことは一度もない。
ただ、必要だから動いてきただけだ。
だが、その“必要”が消えた今。
(私は、もう王宮の歯車ではありません)
足を止め、空を見上げる。
青く澄んだ空。
そこに、縛るものは何もない。
そのとき、執事が静かに近づいてきた。
「お嬢様。いくつか、縁談のお話が……」
ディアナは、即座に首を振った。
「今は、結構ですわ」
執事は驚いたように目を瞬かせる。
「ですが……侯爵家としては……」
「分かっています。でも、急ぐ理由はありません」
ディアナは、穏やかに微笑んだ。
「……今は、少しだけ、静かに過ごしたいのです」
それは、本心だった。
だが同時に――。
(もう少しで、“次”が来ます)
王宮が完全に混乱する前に。
社交界が答えを出す前に。
必ず、新たな選択肢が現れる。
それが何かは、まだ分からない。
だが、直感が告げていた。
――自分の人生は、ここから大きく変わる。
ディアナは、歩き出す。
評価とは、声高に叫ばれるものではない。
静かに、しかし確実に積み上がるものだ。
そして今。
彼女への評価は、
誰の目にも明らかな形で、再び浮かび上がり始めていた。
王宮の中庭に、柔らかな午後の日差しが差し込んでいた。
春の花が咲き誇り、表向きはいつもと変わらぬ穏やかな光景。
だが、その裏で――空気は確実に変わり始めていた。
「……最近、会議が早く終わりすぎませんこと?」
控えめな声でそう切り出したのは、伯爵夫人の一人だった。
昼下がりの茶会。
集まっているのは、王宮に出入りする貴族夫人や令嬢たちだ。
「ええ。以前は、午後いっぱい拘束されることも珍しくなかったのに……」 「それに、決定事項が次の日に覆ることも増えましたわね」
ささやき声が、波紋のように広がる。
誰も名指しはしない。
だが、全員が同じ人物を思い浮かべていた。
――ディアナ・フォン・ヴァイスリーベ。
かつては、王太子の婚約者として。
そして、知らぬ間に“調整役”として。
「……あの方がいらした頃は、物事が不思議と収まっていましたわ」
老侯爵夫人が、静かに言った。
「派手な発言もなさらず、前に出ることもない。けれど……」 「後で必ず、『ああ、あれで良かったのね』と思える結果になっていた」
その言葉に、何人かが無言で頷く。
婚約破棄の場に居合わせた者も、そうでない者も。
今になって、ようやく気づき始めていた。
(……評価は、消えたあとで浮かび上がるものですわね)
同じ頃。
王宮の別棟では、重臣たちが非公式の集まりを持っていた。
「……正直に言おう」
外務卿が、重たい口調で切り出す。
「最近の判断は、場当たり的すぎる」
「ええ。書類の精査が追いついていない」 「各部局が、勝手に判断し始めています」
財務卿が深く息を吐いた。
「以前は、自然と一本にまとまっていた。誰が指示したわけでもないのに……」
沈黙。
やがて、誰かがぽつりと呟く。
「……ディアナ様、でしたな」
その名が出ても、誰も制止しなかった。
「王太子殿下が決断される前に、必ず裏で整理されていた」 「殿下は、それを“自分の判断”だと……」
言いかけて、言葉を飲み込む。
批判ではない。
ただ、事実だ。
「……しかし、今さらどうにもならん」
外務卿は、そう締めくくった。
「彼女は、もう王宮の人間ではない」
その言葉は、重臣たちの胸に重くのしかかる。
一方その頃。
侯爵家の庭園で、ディアナは静かに散歩をしていた。
風に揺れる花々を眺めながら、何も考えていない――ように見えて、その実、彼女は情報を整理していた。
(……想像より、早いですわね)
王宮内部での混乱。
社交界での評価の変化。
それらは、直接彼女の元に届くわけではない。
だが、回り回って、必ず耳に入る。
旧知の貴族からの遠回しな手紙。
使用人たちの噂話。
街で交わされる会話。
すべてが、同じ方向を指している。
(“あの方がいなくなって、初めてわかった”……ですか)
ディアナは、ほんの少しだけ苦笑した。
誇らしさはない。
優越感もない。
あるのは――静かな納得だけ。
彼女は、自分が有能であることを誇示したことは一度もない。
ただ、必要だから動いてきただけだ。
だが、その“必要”が消えた今。
(私は、もう王宮の歯車ではありません)
足を止め、空を見上げる。
青く澄んだ空。
そこに、縛るものは何もない。
そのとき、執事が静かに近づいてきた。
「お嬢様。いくつか、縁談のお話が……」
ディアナは、即座に首を振った。
「今は、結構ですわ」
執事は驚いたように目を瞬かせる。
「ですが……侯爵家としては……」
「分かっています。でも、急ぐ理由はありません」
ディアナは、穏やかに微笑んだ。
「……今は、少しだけ、静かに過ごしたいのです」
それは、本心だった。
だが同時に――。
(もう少しで、“次”が来ます)
王宮が完全に混乱する前に。
社交界が答えを出す前に。
必ず、新たな選択肢が現れる。
それが何かは、まだ分からない。
だが、直感が告げていた。
――自分の人生は、ここから大きく変わる。
ディアナは、歩き出す。
評価とは、声高に叫ばれるものではない。
静かに、しかし確実に積み上がるものだ。
そして今。
彼女への評価は、
誰の目にも明らかな形で、再び浮かび上がり始めていた。
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