『婚約破棄された公爵令嬢は、王と交わらない道を選ぶ』

ふわふわ

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第15話 選ばれなかった復権

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第15話 選ばれなかった復権

 王宮の声明が出てから、数日が経った。
 条件付き合意、段階履行――新たに掲げられた原則は、思いのほか早く現場に浸透し始めている。諮問会の議論は相変わらず冗長だが、少なくとも「動かない」という最悪の事態は回避されていた。

 その変化を、アルベルトは執務室で一つ一つ確認していた。
 机に並ぶ報告書の数字は、まだ心許ない。だが、下げ止まり、回復の兆しが見え始めている。

(……間に合っている、のか)

 そう自問した瞬間、扉が叩かれた。

「殿下。貴族院の有志より、非公式の要望がございます」

「要望?」

「はい。エレノア・フォン・ヴァイス様を、“王宮顧問”として迎えたい、と」

 その言葉に、アルベルトの手が止まった。

 顧問。
 正式な役職。
 名を与え、責任を与え、矢面に立たせる立場。

(……選ばれなかった道だ)

 だが、貴族たちにとっては魅力的なのだろう。
 名を与えれば、秩序は王宮の中に取り戻せる。
 少なくとも、そう信じたい。

「殿下のお考えを伺いたいとのことです」

 側近は、慎重に言葉を添えた。

 アルベルトは、ゆっくりと息を吐いた。

「……答えは、決まっている」

 その声は、静かだった。

「この要望は、受けられない」

「殿下……」

「彼女は、名を持たぬ線を守っている。その線を越えさせるのは、王宮の都合だ」

 側近は、何も言えなくなった。

 アルベルトは、机から立ち上がる。

「王宮は、外の成果を“取り込む”のではない。連結する、と決めたはずだ」

 それは、自分自身への確認でもあった。

 ――復権させれば、楽になる。
 だが、それは再び依存するということだ。

 同じ頃、公爵家の屋敷では、エレノアが同様の話を耳にしていた。

「王宮顧問、ですか」

 侍女の報告を聞き、彼女は小さく首を振る。

「選ばれなかったのは、私ではありませんわ」

 そう言って、微笑む。

「選ばれなかったのは、“戻る道”です」

 彼女は、庭へ出た。
 木々の間を抜ける風が、柔らかい。

(名を持てば、復権に見える)

 だが、それは錯覚だ。
 名を持つことは、再び“役目”に縛られること。

(私は、もう選びました)

 外から整える。
 線の外に立つ。

 それが、自分の選択だ。

 数日後、貴族院で再びこの話題が持ち上がった。

「顧問として迎えぬのは、なぜだ」
「安定を拒む理由があるのか」

 老侯爵が、静かに答える。

「拒んでいるのは、彼女ではない。王宮だ」

 議場がざわつく。

「王宮は、依存を断った。痛みを引き受ける道を選んだ」

 その言葉に、反論は続かなかった。

 王宮が“責任を負う”と宣言した以上、外の秩序を名で縛ることはできない。
 それを理解した者から、沈黙した。

 夜。
 アルベルトは、一人で書簡を書いていた。宛先は、公爵家。

 内容は短い。

――王宮は、貴女を役職に迎えることはしない。
――そして、貴女の線を尊重する。
――その上で、王宮は責任を負う。

 返事を求めない書き方だった。

 数日後、エレノアからも短い返書が届く。

――ご理解に感謝します。
――それで、十分です。

 それ以上の言葉はない。

 王宮は、選ばなかった。
 復権という名の安易な道を。

 エレノアもまた、選ばなかった。
 名を取り戻すという甘い幻想を。

 その結果、二人の距離は保たれた。
 近づかず、離れすぎず、ただ“役割の外”と“責任の内”で並走する関係。

 選ばれなかった復権は、敗北ではない。
 それは、同じ過ちを繰り返さないための、最も重い選択だった。

 そしてアルベルトは、ようやく理解していた。

 王であるとは、誰かを取り戻すことではない。
 取り戻さなくても立てる体制を作ることなのだと。
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