婚約破棄は勝ち組です! 修道院はステータスです!

ふわふわ

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第五話 清算は翌日行います

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第五話 清算は翌日行います

 会議室を出たあとの王宮は、奇妙な静けさに包まれていた。昼の光は変わらず回廊を照らしているのに、そこを行き交う人々の視線はどこか落ち着かず、互いに言葉を交わすことも少ない。昨日まで当たり前だった日常が、音もなく崩れ始めている。その予感だけが、宮殿全体に染みついていた。

 カタリナは、公爵家の騎士に伴われながら、王宮の正門へと向かっていた。歩調は一定で、迷いはない。王太子との婚約を解除したという事実は、彼女にとって喪失ではなく、一つの工程を終えたに過ぎなかった。

「お疲れではございませんか」

 背後から、顧問弁護士が静かに声をかける。

「いいえ。想定通りですわ」

 カタリナは立ち止まらずに答えた。

「むしろ、まだ本題に入っておりませんもの」

 弁護士は小さく頷いた。彼にとっても、今日の協議は前提条件の整理に過ぎない。本当の仕事は、これから始まる。

「王家側は、まだどこかで情に訴えれば状況が変わると考えているようです」

「そうでしょうね」

 カタリナは淡々と言う。

「殿下は、責任を取るという言葉で、すべてが解決すると思っていらっしゃる。その認識が変わらない限り、こちらの立場も揺らぎませんわ」

 馬車に乗り込むと、扉が静かに閉じられた。車輪が動き出し、王宮がゆっくりと遠ざかっていく。かつては未来の居場所になるはずだった場所を、彼女は一度も振り返らなかった。

 公爵邸に戻ると、すでに執務室には必要な人間が揃っていた。記録官、会計官、そして数名の家臣たち。全員が、今日の協議内容を正確に把握している。

「では、次の段階に進みましょう」

 カタリナは席に着き、短く告げた。

「清算です」

 その言葉に、空気が引き締まる。

 顧問弁護士が書類を広げる。

「まず、持参金についてです。婚約証文に基づき、全額返還が確定しております。額については、当初の契約通りで問題ありません」

 会計官が頷き、即座に数字を口にする。その金額は、一般の貴族家であれば一生かけても動かせないほどの規模だった。

「次に、名誉毀損に対する補償です」

 弁護士は続ける。

「こちらは金銭のみでは不十分と判断しております。王家側には、財政的な余力が限られているため、利権の一部譲渡を求めるのが現実的でしょう」

 カタリナは軽く顎に手を添え、考える素振りを見せた。

「関税権と鉱山収益。どちらがよろしいかしら」

「両方です」

 弁護士は即答した。

「契約不履行の性質を考えれば、過剰とは言えません」

 その判断に、家臣たちは誰一人として異を唱えなかった。感情論ではなく、契約違反の結果として妥当な要求だったからだ。

「では、その内容で書面を整えてください」

 カタリナは静かに指示を出す。

「王家側には、明日、正式な清算条件を提示いたします」

 記録官が確認する。

「期限は、いかがなさいますか」

「猶予は与えますわ」

 カタリナは即答した。

「一日だけ。感情を整理する時間としては、十分でしょう」

 その言葉に、わずかな皮肉が滲んだが、誰も笑わなかった。

 同じ頃、王宮では、まったく別の空気が流れていた。王太子エドワードは執務室に一人座り、机に置かれた書類を睨みつけている。法務官から渡された報告書には、簡潔な文言でこう記されていた。

「婚約解除は、公爵家側の権限により確定。清算協議へ移行」

 その一文が、重くのしかかる。

「清算……」

 エドワードは低く呟いた。

 彼にとって婚約とは、結婚までの準備期間であり、感情が変われば解消できるものだった。だが今、その認識は完全に否定されている。契約を破った代償は、愛では支払えない。

 扉の外から、控えめな足音が聞こえた。法務官が顔を出す。

「殿下。アルヴェルト公爵家より連絡です」

「……何だ」

「明日、清算条件を正式に提示されるとのことです」

 一瞬、エドワードは何か言い返そうとした。しかし、言葉は出てこなかった。拒否する権利がないことを、彼自身が一番理解していたからだ。

 その夜、王宮では誰一人として、穏やかな眠りにつくことができなかった。王太子は初めて、自分が選んだ行動の結果が、数字と書面となって迫ってくる恐怖を知る。

 一方、カタリナは公爵邸の自室で、静かに紅茶を飲んでいた。窓の外には、変わらぬ夜空が広がっている。

「清算は、明日」

 彼女はそう呟き、カップを置く。

 それは宣戦布告でも、復讐の予告でもない。ただ、契約に従って物事を終わらせるための、淡々とした日程確認だった。

 だがその一日は、王家にとって、決定的な分岐点になることを、まだ誰も理解していなかった。
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