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第十五話 王宮の現実的破綻
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第十五話 王宮の現実的破綻
王宮の朝は、以前よりも静かになっていた。鐘の音は鳴っているが、それに応える足音が少ない。廊下を行き交う使用人の数は目に見えて減り、かつて当たり前だった慌ただしさは消えていた。
エドワードは執務室の窓辺に立ち、庭を見下ろしていた。噴水は止まり、水盤には落ち葉が溜まっている。剪定されていない生け垣が、王宮の管理状況を雄弁に物語っていた。
「……報告を」
背後に控えていた官吏が、一歩進み出る。
「本日予定されていた夜会ですが、中止が決定しました」
「理由は」
「予算不足です」
あまりにも簡潔な答えだった。
エドワードは振り返る。
「夜会を中止する? 王宮の夜会だぞ」
「はい。装飾費、楽団への支払い、料理人の追加手当、警備費用。いずれも確保できません」
官吏は淡々と続ける。
「そもそも、調度品の多くが撤去されたため、会場として使用可能な広間が限られております」
王太子は、しばらく言葉を失った。
夜会は単なる社交ではない。貴族を集め、王家の健在ぶりを示す政治的儀式だ。それを中止するということが、何を意味するかを理解していない者はいない。
「……使用人は」
「削減しております。厨房、洗濯場、庭園管理。最低限の人数を残し、他は契約解除です」
「彼らは、どうなる」
「他家に再雇用される者もおりますが……多くは職を失います」
その言葉に、エドワードは眉を歪めた。
だが、反論は出てこなかった。削減は彼自身が承認したものだ。金がない以上、選択肢は存在しない。
そこへ、別の官吏が資料を差し出す。
「こちらは、今月分の支出一覧です」
紙を受け取った瞬間、彼は理解した。文字を追うまでもない。赤字の数字が、視界に飛び込んできた。
「……こんなはずでは」
呟きは、ほとんど独り言だった。
「王宮は、国の象徴です」
官吏の一人が、意を決したように口を開く。
「その象徴を維持するには、相応の信用と資金が必要です。今は、その両方が不足しております」
信用。
その言葉が、胸に刺さる。
王宮の信用は、王家単体で成り立っていたわけではない。公爵家をはじめとする有力貴族の支え、資金、持参金、寄進。その積み重ねがあってこそ、華やかさは保たれていた。
そして、その一角を、エドワード自身が切り捨てた。
「……カタリナは、最初から分かっていたのか」
誰に向けた言葉でもなかった。
官吏たちは答えない。ただ、沈黙が肯定の代わりにそこにあった。
午後になると、王宮内にさらなる通達が回る。来月以降、定例行事の半数を停止。修繕工事の延期。地方視察の中止。
王宮は、ゆっくりと、しかし確実に縮小していく。
それは破壊ではない。暴動でも革命でもない。
ただ、金がなくなった結果としての、当然の帰結だった。
夕刻、エドワードは一人、広間を歩いた。かつてはシャンデリアが輝き、音楽が満ちていた場所だ。今は、簡素な灯りが壁を照らすだけで、足音が虚しく反響する。
「愛があれば……」
そう口にしかけて、言葉を飲み込む。
愛は、ここを照らしてはくれなかった。
王宮はまだ立っている。だが、この日を境に、それはもはや「国家の象徴」ではなくなりつつあった。
エドワードは、ようやく理解し始めていた。
破綻とは、ある日突然訪れるものではない。
こうして、一つずつ失われていく中で、人知れず完成するものなのだということを。
王宮の朝は、以前よりも静かになっていた。鐘の音は鳴っているが、それに応える足音が少ない。廊下を行き交う使用人の数は目に見えて減り、かつて当たり前だった慌ただしさは消えていた。
エドワードは執務室の窓辺に立ち、庭を見下ろしていた。噴水は止まり、水盤には落ち葉が溜まっている。剪定されていない生け垣が、王宮の管理状況を雄弁に物語っていた。
「……報告を」
背後に控えていた官吏が、一歩進み出る。
「本日予定されていた夜会ですが、中止が決定しました」
「理由は」
「予算不足です」
あまりにも簡潔な答えだった。
エドワードは振り返る。
「夜会を中止する? 王宮の夜会だぞ」
「はい。装飾費、楽団への支払い、料理人の追加手当、警備費用。いずれも確保できません」
官吏は淡々と続ける。
「そもそも、調度品の多くが撤去されたため、会場として使用可能な広間が限られております」
王太子は、しばらく言葉を失った。
夜会は単なる社交ではない。貴族を集め、王家の健在ぶりを示す政治的儀式だ。それを中止するということが、何を意味するかを理解していない者はいない。
「……使用人は」
「削減しております。厨房、洗濯場、庭園管理。最低限の人数を残し、他は契約解除です」
「彼らは、どうなる」
「他家に再雇用される者もおりますが……多くは職を失います」
その言葉に、エドワードは眉を歪めた。
だが、反論は出てこなかった。削減は彼自身が承認したものだ。金がない以上、選択肢は存在しない。
そこへ、別の官吏が資料を差し出す。
「こちらは、今月分の支出一覧です」
紙を受け取った瞬間、彼は理解した。文字を追うまでもない。赤字の数字が、視界に飛び込んできた。
「……こんなはずでは」
呟きは、ほとんど独り言だった。
「王宮は、国の象徴です」
官吏の一人が、意を決したように口を開く。
「その象徴を維持するには、相応の信用と資金が必要です。今は、その両方が不足しております」
信用。
その言葉が、胸に刺さる。
王宮の信用は、王家単体で成り立っていたわけではない。公爵家をはじめとする有力貴族の支え、資金、持参金、寄進。その積み重ねがあってこそ、華やかさは保たれていた。
そして、その一角を、エドワード自身が切り捨てた。
「……カタリナは、最初から分かっていたのか」
誰に向けた言葉でもなかった。
官吏たちは答えない。ただ、沈黙が肯定の代わりにそこにあった。
午後になると、王宮内にさらなる通達が回る。来月以降、定例行事の半数を停止。修繕工事の延期。地方視察の中止。
王宮は、ゆっくりと、しかし確実に縮小していく。
それは破壊ではない。暴動でも革命でもない。
ただ、金がなくなった結果としての、当然の帰結だった。
夕刻、エドワードは一人、広間を歩いた。かつてはシャンデリアが輝き、音楽が満ちていた場所だ。今は、簡素な灯りが壁を照らすだけで、足音が虚しく反響する。
「愛があれば……」
そう口にしかけて、言葉を飲み込む。
愛は、ここを照らしてはくれなかった。
王宮はまだ立っている。だが、この日を境に、それはもはや「国家の象徴」ではなくなりつつあった。
エドワードは、ようやく理解し始めていた。
破綻とは、ある日突然訪れるものではない。
こうして、一つずつ失われていく中で、人知れず完成するものなのだということを。
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