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ふわふわ

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第二十四話 外交の場に立たされる

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第二十四話 外交の場に立たされる

 その日が来るのは、あまりにも早かった。

 王宮に、隣国ルシェール公国の使節団が到着する――その知らせが届いた時、ミラはまだ「正式な外交晩餐」というものを一度も経験していなかった。

 本来であれば、王太子妃候補の段階から何度も模擬演習を重ね、想定問答を叩き込まれ、失言を潰し尽くした上で立つ場である。だが今回は違う。

 準備不足のまま、時間だけが先に進んだ。

「ミラ、君は隣に立っていればいい」

 エドワードは軽く言った。

「難しい話は、僕がする」

 その言葉に、侍女たちの表情が一瞬だけ歪む。

 外交の場で「隣に立つだけ」という役割は、存在しない。沈黙も、視線も、微笑も、すべてが意味を持つ。王太子妃は装飾品ではない。だが、その説明を今さらしても、時間は戻らなかった。

 晩餐会場は、かつてより明らかに簡素になっていた。

 シャンデリアの数は減り、壁を飾っていたタペストリーも一部が外されている。それでも、使節団は礼儀正しく入場し、形式通りの挨拶が始まった。

「本日は、このような機会を賜り――」

 使節団長が挨拶を終え、エドワードが応じる。その流れ自体は、問題なかった。

 問題は、その次だった。

「こちらが、新たに王太子妃となられたミラ様です」

 紹介の言葉とともに、視線が一斉に集まる。

 ミラは、少し緊張しながらも笑顔を作った。だが、その笑みは、社交の場で求められる「均一な微笑」とは違う。感情がそのまま表に出る、私的な笑顔だった。

「初めまして。ええと……遠いところから、大変でしたよね?」

 一瞬、空気が止まる。

 使節団長は、微かに眉を動かしたが、すぐに穏やかな表情を取り繕った。

「お気遣い、恐れ入ります」

 その返答は丁寧だったが、内心を隠していることは明らかだった。

 会話が進むにつれ、違和感は積み重なっていく。

 国情について触れられた際、ミラは思わず口を挟んだ。

「それって、そんなに大変なんですか? うちの国は、そこまで困ってないですよ?」

 誰かが、息を呑む音がした。

 外交の場で、自国の安定を誇示すること自体が問題なのではない。問題は、相手国の事情を軽んじる形になってしまったことだ。

 エドワードが慌てて言葉を継ぐ。

「もちろん、状況は国ごとに異なりますが……」

 だが、すでに発せられた言葉は消えない。

 晩餐の途中、贈答品の話題になった時も、事態は好転しなかった。

「砂糖の輸入についてですが――」

 使節団の一人が話し始めた瞬間、ミラが首を傾げる。

「砂糖って、そんなに大事ですか? 甘いだけですよね」

 今度こそ、明確な沈黙が落ちた。

 砂糖は、当時すでに戦略物資の一つだった。嗜好品であると同時に、保存食、医療、交易の要でもある。それを「甘いだけ」と切り捨てる発言は、相手国の経済事情そのものを否定するに等しい。

 老女官は、視線を伏せた。

 教育が足りないのではない。最低限の理解がないまま、表舞台に立たせてしまったのだ。

 晩餐会は、形式上は無事に終わった。

 だが、使節団が退出した後、空気は重く沈んだままだった。

「……今のは、少し不用意だったかもしれない」

 エドワードが、ようやく口を開く。

「そう? 正直に思ったことを言っただけよ」

 ミラは、不満そうだった。

「みんな、難しく考えすぎじゃない?」

 その言葉に、誰も即答できなかった。

 難しく考えているのではない。世界が、そういう仕組みで動いているのだ。だが、その現実を今から教え込むには、あまりにも遅すぎる。

 その夜、修道院にも報告が届いた。

 カタリナは、内容を読み、静かに目を閉じる。

「……露呈しましたわね」

 隣にいた院長が、頷いた。

「ええ。教育不足が、はっきりと」

「いいえ。問題は、そこではありません」

 カタリナは、淡々と続ける。

「教育を受けさせる意思と時間がないまま、外交の場に出したこと。それ自体が、すでに国家の判断ミスです」

 王太子は愛を選び、王家は体裁を急いだ。その結果、最も慎重であるべき場で、最も不用意な姿を晒すことになった。

 カタリナは、窓の外を見た。

 修道院の庭は、今日も静かだ。ここでは、誰も外交を担わない。誰も国家を背負わない。

「……次は、もっとはっきりした形で現れますわ」

 この違和感は、序章に過ぎない。

 外交は、感情ではなく、積み重ねで成り立つ。
 その基本を欠いたまま立つ王宮は、これから何度も試されることになるだろう。
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