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ふわふわ

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第二十六話 男爵家の暴走

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第二十六話 男爵家の暴走

 砂糖事件の余波が、まだ王宮に残っている頃だった。

 事態が静まるどころか、別の方向から新たな歪みが生まれ始めていることに、王家は気づくのが遅すぎた。

 発端は、地方都市で開かれた小規模な祝宴だった。

「王太子妃様のご実家である、我が男爵家が――」

 その言葉が、場の空気を一瞬で凍らせた。

 発言したのは、ミラの実父である男爵。酒気を帯びた顔で、誇らしげに胸を張っていた。

「今後は王家の親戚として、より一層、王国のために尽くしていく所存でございます」

 その場にいた地方官吏の一人が、即座に反応した。

「……王家の、親戚?」

 問い返された男爵は、不思議そうに瞬きをする。

「ええ。娘が王太子妃ですからな。つまりは、身内でしょう?」

 誰も、すぐには否定できなかった。

 否定するには、あまりにも言葉が曖昧で、そして立場が厄介だったからだ。

 その数日後。

 男爵家は、王都近郊の関所に対し、通行税の免除を求める書簡を送付した。理由は、「王家縁戚としての便宜」。

 さらに、商会との取引においても、「王家の名」を匂わせた価格交渉が始まる。

 それは、正式な命令ではない。文書もない。ただ、言外の圧力だけがあった。

「……これは、どこまで黙認すべきでしょうか」

 王宮の一室で、官吏が慎重に言った。

「黙認?」

 エドワードは、苛立ちを隠そうともせず返す。

「勝手に名乗っているだけだ。こちらが関与する話じゃない」

 だが、その言葉に力はなかった。

 王太子妃の実家。

 その肩書きは、王家が与えたものではない。しかし、王家が否定しなければ、事実として流通してしまう。

 しかも、男爵家は地方貴族だ。彼らにとって、王家との距離は絶対的な価値を持つ。その距離が縮まったと錯覚すれば、歯止めは効かない。

「問題は、規模です」

 別の官吏が、低い声で言う。

「すでに三件、男爵家の名を使った便宜要求が確認されています。いずれも、小さな案件ですが……」

「小さな、今はな」

 エドワードは、椅子に深く腰掛けた。

 止めるべきだと分かっている。だが、どう止める?

 正式な処分をすれば、「王太子妃の実家を冷遇した」という印象が立つ。放置すれば、権威の私物化が進む。

 そのどちらも、今の王家には致命的だった。

 男爵家の暴走は、次第に露骨になる。

 地方の裁判に介入しようとした件。
 徴税の延期を「相談」と称して求めた件。
 そして、ついには――。

「王宮への直接の嘆願です」

 官吏が差し出した書状には、男爵家当主の署名があった。

「王太子殿下におかれましては、我が家を王家の一支流として正式に認め――」

 そこまで読んで、エドワードは書状を机に叩きつけた。

「認めるわけがないだろう!」

 怒声が、部屋に響いた。

 だが、その怒りは、事態を止める力にはならない。

 なぜなら、この暴走は、男爵家だけの問題ではないからだ。

 王太子妃として、ミラが「何を語り、何を語らないか」。
 王家が「何を否定し、何を黙認するか」。

 その全てが曖昧なまま進めば、こうなる。

 修道院では、すでにこの動きを把握していた。

「始まりましたわね。今度は、身内ですか」

 カタリナは、報告を聞きながら、静かに紅茶を口にする。

「血縁ではなく、役割を理解していない者が、権威に触れた時に起きる典型です」

「止められるでしょうか」

 院長が問う。

 カタリナは、少し考えてから答えた。

「止めることはできます。ただし――」

 彼女は、視線を窓の外へ向けた。

「そのためには、王家自身が、自分たちの立場を正確に定義し直さなければなりません。今のままでは、無理でしょう」

 男爵家の暴走は、まだ序章に過ぎない。

 それは、王家が失ったもの――
契約、秩序、線引き――
その全てが、形を変えて噴き出し始めた証拠だった。

 そしてこの暴走を止められない限り、王国は、内側から静かに崩れていく。
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