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第二十八話 王太子の後悔
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第二十八話 王太子の後悔
王太子エドワードは、その日、初めて自分の机に向かって何も決められずに座っていた。
書類は山のように積まれている。だが、どれも即断できない。署名一つで済んでいたはずの案件に、注釈が付き、確認が増え、責任の所在を明示する文言が要求される。
以前なら、こうはならなかった。
王太子の裁可は、王家の意思そのものだった。反対意見があっても、最終的には「殿下がそう仰るなら」で片付いた。
今は違う。
官吏たちは慎重だ。露骨に逆らうことはないが、必ず条文を確認し、前例を探し、文書に残す。時間がかかる。それ自体は正しい。だが、王太子にとっては、ひどく居心地が悪かった。
「……これほどまでとはな」
呟いた声に、側近は答えなかった。
答えられないのだ。
沈黙の理由は分かっている。誰も、王太子の判断力を全面的に信じていない。信じていないというより、「保証できない」と考えている。
それが、今の立場だった。
ふと、エドワードは思い出す。
かつて、自分の隣に立っていた令嬢の姿を。
夜会でも、会議でも、彼女は多くを語らなかった。ただ、必要な場面で、必要な指摘をする。その言葉は短く、感情が混じらず、だが誰も否定できなかった。
当時は、それが当然だと思っていた。
彼女がいることが、王太子としての自分を補強しているなど、考えたこともなかった。
「真実の愛だ」
あの夜会で、自分はそう言った。
感情に従った言葉だった。喝采されると信じていた。少なくとも、理解されると。
だが、現実は違った。
理解されたのは、言葉ではない。行動だった。そして、その行動が何を壊したのかを、今になってようやく理解し始めている。
愛は、否定されなかった。
否定されたのは、順序だった。
契約があり、責任があり、役割がある。その上での感情なら、問題にはならなかった。だが、自分はそれを飛び越えた。
いや、飛び越えられると思っていた。
「……愛だけでは、国は動かない」
誰に聞かせるでもなく、そう呟く。
その言葉は、後悔に近かった。
別の執務室では、新たな王太子妃が、同じ国の現実に直面していた。
彼女は悪意を持っているわけではない。ただ、何も知らなかった。
それが、最大の問題だった。
王太子の後ろ盾として求められるもの。外交の場で必要な沈黙。曖昧にしてはいけない発言。理解していなければならない慣例。
どれも、教えられていない。
教えられなかったのではない。教える時間を、王太子自身が軽視した。
エドワードは、ようやく気づく。
王太子妃とは、称号ではない。役職だ。
役職には、能力と準備が必要だ。そして、その準備を整えていた人物を、自分は切り捨てた。
修道院にいる彼女の姿が、脳裏をよぎる。
穏やかで、自由で、責任から解放されているように見える。だが、それは逃げた結果ではない。すべてを整理し、正しく終わらせた者の姿だ。
自分は、どうだ。
責任は背負っている。だが、整理できていない。
選んだ結果を引き受けているつもりで、実は周囲に支えられているだけだ。
「……遅すぎたな」
その言葉は、後悔そのものだった。
だが、後悔は、やり直しを許可する言葉ではない。
ただ、事実を受け入れるための、最後の段階に過ぎない。
王太子エドワードは、そのことを、この日、ようやく理解した。
王太子エドワードは、その日、初めて自分の机に向かって何も決められずに座っていた。
書類は山のように積まれている。だが、どれも即断できない。署名一つで済んでいたはずの案件に、注釈が付き、確認が増え、責任の所在を明示する文言が要求される。
以前なら、こうはならなかった。
王太子の裁可は、王家の意思そのものだった。反対意見があっても、最終的には「殿下がそう仰るなら」で片付いた。
今は違う。
官吏たちは慎重だ。露骨に逆らうことはないが、必ず条文を確認し、前例を探し、文書に残す。時間がかかる。それ自体は正しい。だが、王太子にとっては、ひどく居心地が悪かった。
「……これほどまでとはな」
呟いた声に、側近は答えなかった。
答えられないのだ。
沈黙の理由は分かっている。誰も、王太子の判断力を全面的に信じていない。信じていないというより、「保証できない」と考えている。
それが、今の立場だった。
ふと、エドワードは思い出す。
かつて、自分の隣に立っていた令嬢の姿を。
夜会でも、会議でも、彼女は多くを語らなかった。ただ、必要な場面で、必要な指摘をする。その言葉は短く、感情が混じらず、だが誰も否定できなかった。
当時は、それが当然だと思っていた。
彼女がいることが、王太子としての自分を補強しているなど、考えたこともなかった。
「真実の愛だ」
あの夜会で、自分はそう言った。
感情に従った言葉だった。喝采されると信じていた。少なくとも、理解されると。
だが、現実は違った。
理解されたのは、言葉ではない。行動だった。そして、その行動が何を壊したのかを、今になってようやく理解し始めている。
愛は、否定されなかった。
否定されたのは、順序だった。
契約があり、責任があり、役割がある。その上での感情なら、問題にはならなかった。だが、自分はそれを飛び越えた。
いや、飛び越えられると思っていた。
「……愛だけでは、国は動かない」
誰に聞かせるでもなく、そう呟く。
その言葉は、後悔に近かった。
別の執務室では、新たな王太子妃が、同じ国の現実に直面していた。
彼女は悪意を持っているわけではない。ただ、何も知らなかった。
それが、最大の問題だった。
王太子の後ろ盾として求められるもの。外交の場で必要な沈黙。曖昧にしてはいけない発言。理解していなければならない慣例。
どれも、教えられていない。
教えられなかったのではない。教える時間を、王太子自身が軽視した。
エドワードは、ようやく気づく。
王太子妃とは、称号ではない。役職だ。
役職には、能力と準備が必要だ。そして、その準備を整えていた人物を、自分は切り捨てた。
修道院にいる彼女の姿が、脳裏をよぎる。
穏やかで、自由で、責任から解放されているように見える。だが、それは逃げた結果ではない。すべてを整理し、正しく終わらせた者の姿だ。
自分は、どうだ。
責任は背負っている。だが、整理できていない。
選んだ結果を引き受けているつもりで、実は周囲に支えられているだけだ。
「……遅すぎたな」
その言葉は、後悔そのものだった。
だが、後悔は、やり直しを許可する言葉ではない。
ただ、事実を受け入れるための、最後の段階に過ぎない。
王太子エドワードは、そのことを、この日、ようやく理解した。
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