婚約破棄は勝ち組です! 修道院はステータスです!

ふわふわ

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第三十九話 あの日、正しい選択をした

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第三十九話 あの日、正しい選択をした

 夜会の光景は、今でもときどき夢に出てくる。

 豪奢なシャンデリア。磨き上げられた床。張り付いたような笑顔と、息を潜めた視線。
 そして――あの瞬間。

「真実の愛のために、婚約を破棄する」

 王太子エドワードがそう宣言したとき、会場は歓声に包まれるはずだった。
 少なくとも、彼自身はそう信じていた。

 だが実際に起きたのは、沈黙だった。

 その沈黙を、カタリナは今もはっきり覚えている。
 驚きではない。怒りでもない。
 ただ、「これはやってはいけないことだ」と全員が理解したときに生まれる、冷えた空気。

 当時の自分は、冷静だったと思う。
 声も震えていなかったし、感情に飲み込まれもしなかった。

 けれど――今になって思えば、あれは訓練された反応だった。

 王太子妃候補として育てられ、常に「正しい振る舞い」を求められてきた結果、自然と身についた仮面。
 あの夜も、それを被ったまま立っていたにすぎない。

 それでも。

 あの場で「感情的に泣き崩れなかった」こと。
 「すがらなかった」こと。
 「愛を語り返さなかった」こと。

 その一つひとつが、今の自分につながっている。

 修道院の自室で、カタリナは紅茶を口に運びながら、夜会を思い返す。
 あのとき、もし違う選択をしていたら。

 もし、愛を理由に争っていたら。
 もし、王太子に歩み寄ろうとしていたら。
 もし、感情に流されていたら。

 きっと今も、誰かの期待と命令の中で生きていただろう。

 自分の時間も、思考も、自由も持たないまま。

 世間は、あの夜の出来事を「婚約破棄事件」と呼ぶ。
 王太子の失策、侍女の成り上がり、冷酷な公爵令嬢――好き勝手な物語を作り上げる。

 だが、カタリナにとっては違う。

 あれは「終わり」ではなかった。
 最初で、唯一の、自分自身による選択だった。

 誰かに与えられた役割ではない。
 家のためでも、国のためでもない。
 ただ、自分が自分であるための判断。

 修道院の庭から、風が吹き込む。
 カーテンがわずかに揺れ、夜の匂いが部屋に広がる。

 静かだ。
 守られている静けさではない。
 支配された沈黙でもない。

 自分で選び取った、静けさ。

 カタリナは、ふっと微笑んだ。

 あの日、私は間違っていなかった。

 そう断言できることが、何よりの証明だった。
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