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第20話 婚約候補が消えていく
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第20話 婚約候補が消えていく
王太子ギヨームの婚約話は、王宮の内側で静かに腐り始めていた。
表向き、婚約破棄はまだ正式な手続きを終えていない。
だからこそ王家としては、早急に次の縁談を探り、“あの夜の醜聞は一時の感情のもつれにすぎなかった”という形へ押し込みたかった。
けれど現実は、そう甘くない。
「難しいそうですわね」
午後の編集会議で、オデットが持ち込んだ新しい話題に、クレマンスが面白そうに目を細めた。
「何が?」
「次の婚約候補探し、ですわ。水面下ではもう何件か声をかけているようですが、どこも曖昧に濁しているとか」
セラフィーナはカップを置いた。
今日も編集部は、完璧にお茶会然としていた。窓辺の花、揃いの茶器、銀皿の焼き菓子。けれど卓上に並ぶのは、王都の噂を超えて、王家の継承そのものに関わる話だった。
「理由は明白ですわね」
ルイーザが淡々と言う。
「人前で婚約者を辱めた王太子に、自家の娘を差し出したい家などありませんもの」
「ええ。しかも今は、王都サロン新報がございますし」
ミレイユがにっこりした。
「下手をすると、次は自分の娘が一面に載りますものね」
「嫌ですわ、それ」
クレマンスは笑ったが、内容は笑い事ではなかった。
婚約とは感情だけの話ではない。
貴族社会では、信用、家格、将来、そして何より“娘を安心して託せる相手かどうか”で決まる。
その肝心の信用を、ギヨームは卒業舞踏会の一夜で焼き払ってしまった。
「具体的なお名前は出ておりますの?」
セラフィーナが問う。
オデットは首を振る。
「まだ。ですが、夫人方の茶会ではかなり露骨ですわ。“あんな方に娘をやるくらいなら修道院のほうがまし”と仰った方も」
「まあ」
クレマンスが肩をすくめる。
「それはだいぶ嫌われましたわね」
「嫌われたというより、恐れられておりますのよ」
ルイーザが訂正する。
「気に入らなければ公衆の面前で切り捨てる。しかも逆上して新聞社まで潰そうとする。そのような男に娘を預ければ、家そのものが不安定になります」
「政治面向きですわね」
セラフィーナは小さく頷いた。
婚約候補が見つからない。
それは単なる恋愛の失敗ではない。
王太子として、“未来の王妃を迎える資格が疑われている”という意味になる。
「経済面からも補強できますわ」
ミレイユが帳面をめくる。
「縁談が動かぬとなれば、関連して止まる話はいくらでもありますもの。嫁入り道具、侍女筋の人選、今後の催事準備、贈答。王家側が前へ進めたいのに、どこも動かない」
「つまり」
クレマンスが笑う。
「殿下は“真実の愛”を選んだつもりで、王太子としての実務を止めてしまったわけですのね」
「ええ。とても高い恋ですわ」
ミレイユの返しは柔らかいのに冷たい。
イリスは窓辺で静かに紙へ線を引いていたが、そのまま言った。
「今度の絵は、空席がよろしいかもしれませんわ」
「空席?」
オデットが首を傾げる。
「ええ。王太子の隣にあるべき席が空いている絵です」
その一言に、部屋の空気が少し静まった。
なるほど、とセラフィーナは思う。
怒鳴る姿でも、怒る顔でもない。
誰も座りたがらない王太子の隣。
それは今の状況を、ひどく上品に、そして残酷に示せる。
「良いですわね」
セラフィーナは微笑んだ。
「記事は“候補辞退が相次ぐ”では少し直接的すぎます。もっと静かに参りましょう」
彼女はペンを取り、紙へさらさらと書きつける。
次代の妃の座、いまだ定まらず
婚約騒動後、王家の縁談模索に慎重論も
「嫌ですわあ」
クレマンスが嬉しそうに言う。
「とても上品なのに、きちんと痛いですわ」
「そうでなければ困りますもの」
セラフィーナは答えた。
王太子がいま失っているのは、恋人でも婚約者でもない。
王太子として当然あるべき“次を迎えられる信用”そのものだ。
窓の外では、春の光がやわらかく石畳を照らしている。
編集部の中では、美しい令嬢たちが紅茶を片手に、未来の王妃の空席を記事にしようとしていた。
そしてその空席は、王太子の足元が崩れ始めていることを、誰より雄弁に語っていた。
王太子ギヨームの婚約話は、王宮の内側で静かに腐り始めていた。
表向き、婚約破棄はまだ正式な手続きを終えていない。
だからこそ王家としては、早急に次の縁談を探り、“あの夜の醜聞は一時の感情のもつれにすぎなかった”という形へ押し込みたかった。
けれど現実は、そう甘くない。
「難しいそうですわね」
午後の編集会議で、オデットが持ち込んだ新しい話題に、クレマンスが面白そうに目を細めた。
「何が?」
「次の婚約候補探し、ですわ。水面下ではもう何件か声をかけているようですが、どこも曖昧に濁しているとか」
セラフィーナはカップを置いた。
今日も編集部は、完璧にお茶会然としていた。窓辺の花、揃いの茶器、銀皿の焼き菓子。けれど卓上に並ぶのは、王都の噂を超えて、王家の継承そのものに関わる話だった。
「理由は明白ですわね」
ルイーザが淡々と言う。
「人前で婚約者を辱めた王太子に、自家の娘を差し出したい家などありませんもの」
「ええ。しかも今は、王都サロン新報がございますし」
ミレイユがにっこりした。
「下手をすると、次は自分の娘が一面に載りますものね」
「嫌ですわ、それ」
クレマンスは笑ったが、内容は笑い事ではなかった。
婚約とは感情だけの話ではない。
貴族社会では、信用、家格、将来、そして何より“娘を安心して託せる相手かどうか”で決まる。
その肝心の信用を、ギヨームは卒業舞踏会の一夜で焼き払ってしまった。
「具体的なお名前は出ておりますの?」
セラフィーナが問う。
オデットは首を振る。
「まだ。ですが、夫人方の茶会ではかなり露骨ですわ。“あんな方に娘をやるくらいなら修道院のほうがまし”と仰った方も」
「まあ」
クレマンスが肩をすくめる。
「それはだいぶ嫌われましたわね」
「嫌われたというより、恐れられておりますのよ」
ルイーザが訂正する。
「気に入らなければ公衆の面前で切り捨てる。しかも逆上して新聞社まで潰そうとする。そのような男に娘を預ければ、家そのものが不安定になります」
「政治面向きですわね」
セラフィーナは小さく頷いた。
婚約候補が見つからない。
それは単なる恋愛の失敗ではない。
王太子として、“未来の王妃を迎える資格が疑われている”という意味になる。
「経済面からも補強できますわ」
ミレイユが帳面をめくる。
「縁談が動かぬとなれば、関連して止まる話はいくらでもありますもの。嫁入り道具、侍女筋の人選、今後の催事準備、贈答。王家側が前へ進めたいのに、どこも動かない」
「つまり」
クレマンスが笑う。
「殿下は“真実の愛”を選んだつもりで、王太子としての実務を止めてしまったわけですのね」
「ええ。とても高い恋ですわ」
ミレイユの返しは柔らかいのに冷たい。
イリスは窓辺で静かに紙へ線を引いていたが、そのまま言った。
「今度の絵は、空席がよろしいかもしれませんわ」
「空席?」
オデットが首を傾げる。
「ええ。王太子の隣にあるべき席が空いている絵です」
その一言に、部屋の空気が少し静まった。
なるほど、とセラフィーナは思う。
怒鳴る姿でも、怒る顔でもない。
誰も座りたがらない王太子の隣。
それは今の状況を、ひどく上品に、そして残酷に示せる。
「良いですわね」
セラフィーナは微笑んだ。
「記事は“候補辞退が相次ぐ”では少し直接的すぎます。もっと静かに参りましょう」
彼女はペンを取り、紙へさらさらと書きつける。
次代の妃の座、いまだ定まらず
婚約騒動後、王家の縁談模索に慎重論も
「嫌ですわあ」
クレマンスが嬉しそうに言う。
「とても上品なのに、きちんと痛いですわ」
「そうでなければ困りますもの」
セラフィーナは答えた。
王太子がいま失っているのは、恋人でも婚約者でもない。
王太子として当然あるべき“次を迎えられる信用”そのものだ。
窓の外では、春の光がやわらかく石畳を照らしている。
編集部の中では、美しい令嬢たちが紅茶を片手に、未来の王妃の空席を記事にしようとしていた。
そしてその空席は、王太子の足元が崩れ始めていることを、誰より雄弁に語っていた。
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