『婚約破棄されたので玉座から降りました。――理で王国をざまあします

ふわふわ

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第三十話 見えない綻び

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第三十話 見えない綻び

 冊立からひと月。

 王都は落ち着きを取り戻し、王宮もまた日常の律動へと戻っていた。

 だが、安定とは常に「静かな歪み」を内包している。

 それは叫ばない。

 目立たない。

 ただ、少しずつ広がる。

 王宮財務局。

「地方穀倉地帯の納税率が、わずかに低下しています」

 若い書記官が報告する。

「不作ではありません。むしろ収穫量は平年並み」

「理由は?」

「……領主間の調整不足かと」

 表向きは些細な数字。

 だが、私はその報告書を見た瞬間、違和感を覚えた。

「誰が調整役でしたの」

「旧来派の伯爵家です」

 なるほど、と私は思う。

 均衡は表面で保たれている。

 だが、水面下で小さな圧がかかり始めている。

 一方、王妃執務室。

「地方税の軽微な変動?」

 ミレーヌが書類を受け取る。

「数値上は誤差範囲です」

 側近が言う。

「ですが、連続しています」

 レオニードが口を開く。

「偶然ではないな」

 彼の声は落ち着いている。

 以前なら、即座に誰かを問い詰めただろう。

 だが、今は違う。

「調査を」

「公にせずに?」

「まずは静かに」

 理は焦らない。

 夜、ヴァルテール邸。

「旧来派が地方経済を揺らしている可能性」

 クラウスが報告する。

「圧力ではなく、遅延」

「嫌らしい手法ですわね」

 私は静かに微笑む。

 正面衝突ではない。

 わずかな遅れ、わずかな未達。

 責任の所在が曖昧な方法。

「目的は?」

「王妃の地方拡張計画の足止めかと」

 私は窓の外を見る。

 均衡が安定すると、反動は地下へ潜る。

 これは力の奪還ではない。

 影響力の削減。

 翌日。

 教育機関。

 本日の講義は「制度の綻び」。

「崩壊は、突然起きると思いますか」

 私は問いかける。

「いいえ」

 生徒たちが答える。

「小さな綻びの連鎖です」

 ミレーヌは真剣な目で聞いている。

「綻びは目立ちません」

 私は黒板に小さな線を引く。

「ですが、放置すれば広がる」

 講義後。

「地方税の件、存じております」

 彼女が言う。

「どう動くべきでしょう」

「問い詰めないこと」

「え?」

「問い詰めれば、対立になります」

 私は微笑む。

「代わりに、補完する」

 不足している部分を別の流路で補う。

 正面から殴らない。

 横から支える。

 数日後。

 王宮から通達が出る。

『地方穀倉地帯への一時的支援措置』

 名目は気候対策。

 だが実際は、遅延分の補填。

 旧来派は動きを読めず、声を上げにくい。

 王妃は支援者として映る。

「……やられた」

 旧来派の一人が呟く。

 正面対決を避けつつ、流れを維持する。

 それは均衡の技。

 夜。

 王宮の塔の上。

「静かに、綻びは縫われました」

 ミレーヌが言う。

「あなたの助言のおかげです」

「助言だけですわ」

 私は答える。

「縫ったのは王妃です」

 彼女は空を見上げる。

「綻びは、また現れますか」

「必ず」

 私は迷わない。

「均衡とは、終わらない作業です」

 風が吹く。

 王都の灯りは揺れる。

 安定は続いている。

 だが、見えない綻びは常に生まれる。

 王は理を選び続けるか。

 王妃は縫い続けられるか。

 私は静かに呟く。

「さて、次はどこがほつれますかしら」

 均衡の物語は、まだ終わらない。
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