『婚約破棄されたので玉座から降りました。――理で王国をざまあします

ふわふわ

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第三十二話 疲労の影

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第三十二話 疲労の影

 均衡は保たれている。

 地方支援、防衛研究、教育拡張。

 数字は安定し、評議会も表立った対立を起こさない。

 それでも、王宮の空気はどこか重くなっていた。

 原因は明白だった。

 疲労。

 それは制度には現れない。

 だが、人には現れる。

 王妃執務室。

 ミレーヌは机に向かい、報告書を読んでいる。

 だが、ページをめくる指がわずかに遅い。

「陛下、休まれては」

 側近が静かに言う。

「まだ大丈夫です」

 彼女は微笑む。

 だが、その微笑みは以前より淡い。

 王太子執務室。

「地方視察の日程を前倒しに」

 レオニードが言う。

「防衛研究の中間検査も」

「殿下、日程が過密です」

「問題ない」

 彼の声もまた、少しだけ硬い。

 均衡を守るために動き続ける。

 だが、均衡は人の上に成り立つ。

 夜。

 私は王宮へ呼ばれた。

 公式ではない。

 王妃からの私的な要請。

「お時間をいただき、ありがとうございます」

 ミレーヌは深く頭を下げた。

「どうなさいました」

「……少し、わからなくなりまして」

 その言葉は小さい。

 だが重い。

「何が」

「どこまでが理で、どこからが無理なのか」

 私は彼女を見つめる。

「疲れていますね」

 彼女は一瞬、目を伏せた。

「はい」

 正直な返答。

「王妃は強くあるべきだと、思っていました」

「強くあることと、休まぬことは違います」

 私は静かに言う。

「均衡は、壊れぬことが目的ではありません」

「では」

「壊れても、戻せること」

 彼女は顔を上げる。

「疲労は、壊れの前兆です」

「……」

「隠せば、綻びになります」

 その夜、王宮の庭園で。

 レオニードとミレーヌが並んで歩く。

「無理をしている」

 彼が言う。

「殿下も」

「私は慣れている」

「慣れは麻痺です」

 彼は立ち止まる。

「どうすればいい」

「休みましょう」

 彼女は真っ直ぐに言った。

「一日でいい」

 王は休まぬ存在。

 その固定観念。

 だが、均衡は持続が前提。

 翌週。

 王宮から布告が出る。

『王太子夫妻、地方巡察延期』

 理由は公式には「日程調整」。

 だが、実際は休養。

 王都はざわめく。

「体調不良か」

「政情不安か」

 噂は広がる。

 だが数日後、夫妻は公の場に姿を見せた。

 穏やかな表情で。

 無理を重ねた顔ではない。

 私は塔からその様子を見ていた。

 均衡は、制度だけでは保てない。

 人が壊れれば、制度も崩れる。

 疲労は、最も見えにくい綻び。

 だが、最も危険な綻び。

 夜、私は小さく呟く。

「強さとは、倒れぬことではありません」

 立て直せること。

 王も、王妃も、学び続けている。

 均衡の物語は、静かに成熟していた。
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