婚約破棄された令嬢は、誰にも選ばれずに選び続ける

ふわふわ

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第25話 選ばれなかった者たち

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第25話 選ばれなかった者たち

 国境の遅延が解消されてから、辺境公爵領は以前にも増して落ち着きを取り戻していた。

 問題が解決したからではない。
 “解決の仕方”が、周囲に伝わったからだ。

 こちらは騒がない。
 抗議もしない。
 だが、困らない。

 それが分かった瞬間、無駄な揺さぶりは意味を失う。

 午前の会議を終え、私は報告書を束ねながら、ふと視線を上げた。

「……王都の動きが、止まりましたね」

「止まったのではない」

 クラウスが静かに訂正する。

「動けなくなった」

 その言葉は、冷静だった。

 王都では今、判断が滞っている。
 こちらに圧をかけても効果がないと分かった以上、
 次の一手を考えなければならない。

 だが――
 考えるための“軸”を、彼らはもう持っていない。

「視察に来た貴族たちも、続報はありません」

「当然だ」

 クラウスは椅子にもたれ、短く息を吐く。

「彼らは“選ばれる側”でいることに慣れすぎている」

 私は、その言葉の意味を噛みしめる。

 王都の多くの貴族は、
 流れに乗ること、
 有力者に近づくこと、
 その結果として“選ばれる”ことに価値を置いてきた。

 だが、ここでは違う。

 ここでは、
 判断する者が、選ぶ。

 午後、私は一人で資料室にいた。
 古い記録を整理しながら、王都時代の文書に目が留まる。

 そこには、かつて私がまとめた決裁案が残っていた。
 署名は、別の貴族の名。

「……こういう形でしたね」

 私の仕事は、誰かの名前の下で実行される。
 評価も、責任も、最終的にはその名に帰属する。

 当時は、それを疑問に思わなかった。
 それが“当たり前”だと教えられていたから。

 今、同じ書類を見ても、
 そこに戻りたいとは思えない。

 夕刻、若い官吏が緊張した面持ちで執務室を訪れた。

「ヴァレリア様……王都より、非公式な問い合わせが」

「内容は?」

「“もし、王都側の人材として戻る意思があるなら”と……」

 私は、苦笑にも似た息を吐いた。

「まだ、理解していないのですね」

 官吏は戸惑いながらも、耳を傾ける。

「私が選ばれなかったのではありません」
「私が、選ばなかったのです」

 言葉は穏やかだったが、意味は明確だった。

「その違いが分からない限り、
 同じ話を、何度でも繰り返すことになります」

「……では、どうお伝えすれば」

「“判断する立場にある者は、もう王都にはいない”と」

 官吏は息を呑み、深く頭を下げた。

 夜、城の回廊を歩きながら、私は足を止める。

 遠くに、クラウスの姿が見えた。

「考え事か」

「少しだけ」

 並んで歩きながら、私は続ける。

「王都の人々は、
 まだ“選ばれなかった”と思っているのでしょうね」

「そうだろう」

「ですが、実際には――」

「選ばれなかったのは、向こうだ」

 クラウスが、淡々と言った。

 その言葉に、私は静かに頷く。

 王都は、
 判断を委ね続けることで、
 判断する人間を失った。

 だから今、
 誰も選べない。

 誰も決められない。

 私がそこを去ったのは、
 復讐でも、拒絶でもない。

 ただ、
 “判断できる場所”を選んだだけだ。

 窓の外には、変わらない夜空。

「……選ばれなかった者たち、ですね」

 それは、嘲りではない。
 哀れみでもない。

 ただの事実だ。

 選ぶ覚悟を持たなかった者は、
 いずれ、誰からも選ばれなくなる。

 そして私は――
 その輪から、もう一歩、外に出ている。

 静かに、確実に。
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