完璧すぎると言われ婚約破棄された公爵令嬢は、白い結婚のはずの冷徹公爵にいつの間にか溺愛されていました

ふわふわ

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第36話 未来の話をしよう

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第36話 未来の話をしよう

 夜は、静かだった。

 公爵家の屋敷は、
 日中の忙しさが嘘のように落ち着き、
 灯りだけが、ゆるやかに廊下を照らしている。

 ノエリアは、
 自室に戻る前、
 小さく息を吐いた。

(……今日は、少し疲れましたわね)

 心地よい疲労。
 だが、思考が緩む前に――

「ノエリア」

 背後から、
 聞き慣れた声がした。

 振り返ると、
 アレストが立っている。

「少し、時間はあるか」

 その問いは、
 これまで何度も聞いてきた。

 だが、
 今日は意味が違う。

「ええ」

 ノエリアは、
 自然に微笑んだ。

「あります」


---

 二人が向かったのは、
 執務室でも応接室でもなく――
 屋敷の奥にある、小さな談話室だった。

 暖炉の火。
 柔らかな椅子。
 外の風音。

 仕事の匂いが、しない場所。

「……ここに来るのは、久しぶりだな」

「そうですね」

 ノエリアは、椅子に腰掛ける。

「白い結婚の頃は、
 ほとんど使いませんでした」

「必要がなかったからな」

 アレストは、
 そう言ってから、
 一拍置く。

「……今は、違う」

 その言葉に、
 ノエリアは、何も言わず頷いた。

 しばらく、沈黙。

 だが、
 居心地は悪くない。

「……ノエリア」

 アレストが、静かに切り出す。

「今日、村で……
 君が住民と話している姿を見ていた」

「はい」

「自然だった」

 それは、
 評価でも、
 報告でもない。

「“公爵夫人”として、ではなく」

「……?」

「この土地の一員としてだ」

 ノエリアは、
 少し驚いたように目を瞬かせる。

「……そう、見えましたか」

「ああ」

 彼は、
 暖炉の火を見つめながら続ける。

「私は、
 統治は“守るもの”だと思っていた」

「ですが……?」

「君は、“育てるもの”として考えている」

 ノエリアは、
 少し考え――
 それから、穏やかに答えた。

「壊れたものは、
 直すより、
 作り直す方が早いこともあります」

「だが」

「人は、
 “育てる”方が、
 長く持ちます」

 アレストは、
 小さく息を吐いた。

「……君と、
 もっと早く話すべきだったな」

「いいえ」

 ノエリアは、首を振る。

「今だから、
 話せることもあります」

 そして、
 ほんの少し、声を柔らかくする。

「それに……
 私は今の方が、好きですわ」

「何がだ」

「公爵様が、
 考えを口にしてくださるところ」

 その言葉に、
 アレストは一瞬、言葉を失う。

 ――褒められることに、
 慣れていない。

「……そうか」

 短い返答。

 だが、
 その表情は、
 確実に和らいでいた。


---

 少し間を置いてから。

「……未来の話をしても、いいか」

 唐突だが、
 逃げない問い。

 ノエリアは、
 姿勢を正す。

「ええ」

「君が、
 望む未来だ」

 暖炉の音だけが、
 場を満たす。

「私は……」

 ノエリアは、
 ゆっくりと言葉を選ぶ。

「この領地を、
 “戻る場所”にしたい」

「戻る場所?」

「はい」

 彼女は、
 指先を膝の上で組む。

「失敗しても、
 疲れても、
 帰ってこられる場所」

「人だけでなく……
 仕組みとしても」

 アレストは、
 静かに聞いている。

「孤児院、
 教育、
 働く場」

「どれも、
 未来に繋がります」

「……壮大だな」

「欲張りでしょうか」

「いや」

 即答。

「現実的だ」

 その言葉に、
 ノエリアは、ほっと息を吐く。

「よかった」

「……私の未来は、
 もっと単純だ」

 アレストは、
 ノエリアを見る。

「君と、
 同じ方向を向いていること」

 短い。

 だが、
 揺るがない。

「それが、
 この先も続くなら」

「他に、
 何も要らない」

 ノエリアは、
 胸の奥が、じんわりと温かくなるのを感じた。

「……それは」

 少し照れながら、
 微笑む。

「とても、
 嬉しいですわ」


---

 しばらくして。

 アレストが、
 ほんの少しだけ、距離を詰める。

 触れない。
 だが、近い。

「……ノエリア」

「はい」

「将来の話を、
 こうしてできる日が来るとは」

「私も、
 思っていませんでした」

 互いに、
 過去を振り返らない。

 今が、すべてだから。

 やがて、
 暖炉の火が小さくなる。

「……遅くなったな」

「ええ」

 立ち上がる前、
 アレストは、少し迷ってから言った。

「……手を」

 ノエリアは、
 何も言わず、
 差し出す。

 指が絡む。

 以前より、
 ずっと自然に。

「……これからだな」

「ええ」

 静かな声。

 だが、
 確信に満ちている。

 二人は、
 未来の話をした。

 夢物語ではない。

 現実に根ざした、
 確かな未来を。

 
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