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第7話: 辺境への旅立ち
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第7話: 辺境への旅立ち
出立の日が来た。
王都の朝は霧に包まれていた。
リンデル家の門前には、簡素な馬車が一台だけ停まっている。
華やかな装飾は一切なく、荷物も最小限。まるで葬列のような静けさだった。
エルカミーノは、旅支度用の灰色のマントを羽織り、黒髪を三つ編みにまとめていた。
顔には薄いヴェールをかけて、視線を避けるようにしている。
「セシル、準備はいい?」
「はい、お嬢様! 私もこれで完璧ですわ!」
セシルは元気よく荷物を抱え、明るい声で答えた。
彼女だけが、この旅を「新しい冒険」として楽しみにしているようだった。
門の外には、数人の使用人が見送りに立っていた。
誰も口を開かない。婚約破棄と追放の噂はすでに王都中に広がり、同情と嘲笑が入り混じった視線がエルカミーノに注がれる。
姉のヴィオラだけが、最後に近づいてきた。
「……気をつけて、エルカミーノ」
声は震えていた。
エルカミーノはヴェールを少し上げ、静かに微笑んだ。
「姉上も、お身体に気をつけてくださいね」
ヴィオラは何か言いかけたが、結局何も言えず、ただ強く抱きしめた。
馬車がゆっくりと動き出す。
王都の石畳を離れ、郊外の土道へ。
窓から見える景色が、次第に建物が少なくなり、森と草原に変わっていく。
(さようなら、王都)
エルカミーノは内心で呟いた。
これまでの人生――政略結婚の道具として生きる日々――に、別れを告げる。
旅は三日ほどかかる予定だった。
道中、宿場町で休む予定だが、貴族令嬢の追放者として歓迎されるはずもない。
二日目の昼下がり。
森の道を進む馬車が、突然止まった。
「どうしたの?」
御者に声をかけると、外から慌てた声が返ってきた。
「魔物です! 森オオカミの群れが……!」
エルカミーノとセシルは顔を見合わせる。
窓から覗くと、確かに五匹ほどの灰色のオオカミが、牙を剥いて馬車を取り囲んでいた。
御者が剣を抜くが、手が震えている。
森オオカミは、旅人を襲うことで知られる危険な魔物だ。
「セシル、ちょっと待ってて」
エルカミーノは静かにマントの内ポケットから、小さな青い瓶を取り出した。
秘密の部屋で作った、簡易型の癒やしポーション――ではなく、今回は少し違うもの。
「これ、麻痺用の試作品よ」
彼女は蓋を開け、瓶を軽く振る。
中から淡い緑色の霧が立ち上り、風に乗ってオオカミたちの方へ流れた。
数秒後。
オオカミたちが突然よろめき、地面に倒れ始めた。
体が痺れて動けなくなっている。
御者が呆然と見つめる中、エルカミーノは馬車から降りて、オオカミの一匹に近づいた。
「大丈夫、すぐに回復するから。……でも、今日は私たちを襲わないでね」
彼女は優しく言い、オオカミの頭を軽く撫でた。
魔物は怯えた目で彼女を見上げ、群れごと森の奥へ逃げていった。
御者が口をぽかんと開けたまま、振り返る。
「お、お嬢様……あれは、いったい……?」
「ちょっとした薬草の知識ですわ」
エルカミーノは微笑んで答えた。
セシルだけが、にやりと笑っている。
(これくらいなら、チートのうちに入らないわよね)
馬車が再び動き出す。
辺境への道は、まだ続く。
窓の外、森の緑が深くなっていく。
エルカミーノは静かに目を閉じた。
(もうすぐ、私の場所に着く)
新しい人生への、期待が胸に満ちていた。
出立の日が来た。
王都の朝は霧に包まれていた。
リンデル家の門前には、簡素な馬車が一台だけ停まっている。
華やかな装飾は一切なく、荷物も最小限。まるで葬列のような静けさだった。
エルカミーノは、旅支度用の灰色のマントを羽織り、黒髪を三つ編みにまとめていた。
顔には薄いヴェールをかけて、視線を避けるようにしている。
「セシル、準備はいい?」
「はい、お嬢様! 私もこれで完璧ですわ!」
セシルは元気よく荷物を抱え、明るい声で答えた。
彼女だけが、この旅を「新しい冒険」として楽しみにしているようだった。
門の外には、数人の使用人が見送りに立っていた。
誰も口を開かない。婚約破棄と追放の噂はすでに王都中に広がり、同情と嘲笑が入り混じった視線がエルカミーノに注がれる。
姉のヴィオラだけが、最後に近づいてきた。
「……気をつけて、エルカミーノ」
声は震えていた。
エルカミーノはヴェールを少し上げ、静かに微笑んだ。
「姉上も、お身体に気をつけてくださいね」
ヴィオラは何か言いかけたが、結局何も言えず、ただ強く抱きしめた。
馬車がゆっくりと動き出す。
王都の石畳を離れ、郊外の土道へ。
窓から見える景色が、次第に建物が少なくなり、森と草原に変わっていく。
(さようなら、王都)
エルカミーノは内心で呟いた。
これまでの人生――政略結婚の道具として生きる日々――に、別れを告げる。
旅は三日ほどかかる予定だった。
道中、宿場町で休む予定だが、貴族令嬢の追放者として歓迎されるはずもない。
二日目の昼下がり。
森の道を進む馬車が、突然止まった。
「どうしたの?」
御者に声をかけると、外から慌てた声が返ってきた。
「魔物です! 森オオカミの群れが……!」
エルカミーノとセシルは顔を見合わせる。
窓から覗くと、確かに五匹ほどの灰色のオオカミが、牙を剥いて馬車を取り囲んでいた。
御者が剣を抜くが、手が震えている。
森オオカミは、旅人を襲うことで知られる危険な魔物だ。
「セシル、ちょっと待ってて」
エルカミーノは静かにマントの内ポケットから、小さな青い瓶を取り出した。
秘密の部屋で作った、簡易型の癒やしポーション――ではなく、今回は少し違うもの。
「これ、麻痺用の試作品よ」
彼女は蓋を開け、瓶を軽く振る。
中から淡い緑色の霧が立ち上り、風に乗ってオオカミたちの方へ流れた。
数秒後。
オオカミたちが突然よろめき、地面に倒れ始めた。
体が痺れて動けなくなっている。
御者が呆然と見つめる中、エルカミーノは馬車から降りて、オオカミの一匹に近づいた。
「大丈夫、すぐに回復するから。……でも、今日は私たちを襲わないでね」
彼女は優しく言い、オオカミの頭を軽く撫でた。
魔物は怯えた目で彼女を見上げ、群れごと森の奥へ逃げていった。
御者が口をぽかんと開けたまま、振り返る。
「お、お嬢様……あれは、いったい……?」
「ちょっとした薬草の知識ですわ」
エルカミーノは微笑んで答えた。
セシルだけが、にやりと笑っている。
(これくらいなら、チートのうちに入らないわよね)
馬車が再び動き出す。
辺境への道は、まだ続く。
窓の外、森の緑が深くなっていく。
エルカミーノは静かに目を閉じた。
(もうすぐ、私の場所に着く)
新しい人生への、期待が胸に満ちていた。
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