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第九話 舞踏会の宣言
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第九話 舞踏会の宣言
王城の大広間は、光で満ちていた。
天井一面のシャンデリアが煌めき、磨き抜かれた床は星を映す。
王国中の貴族が集う、春の大舞踏会。
今宵は祝宴。
王太子ディルクと、私――ハーレイ・アークインの婚約披露を兼ねた席。
少なくとも、招待状にはそう記されていた。
私は純白のドレスをまとい、階段の上から広間を見下ろす。
ざわめき。
期待。
羨望。
誰もが、このまま王妃になるのは私だと信じている。
その静寂を、王太子の声が破った。
「皆、よく集まってくれた!」
彼は中央へ進み出る。
隣には、リーナ。
豪奢な装飾に身を包んだ平民娘。
場の空気が微かに揺れる。
「本日、私は重大な決断を発表する!」
彼は誇らしげに胸を張る。
私はゆっくりと階段を降りる。
視線が集まる。
彼は私を見る。
その目は勝者のもの。
「ハーレイ・アークインとの婚約を――」
一拍。
「破棄する!」
ざわり、と広間が波打つ。
貴族たちの顔色が変わる。
父の表情は動かない。
私は、ただ歩みを止めない。
彼は続ける。
「彼女は冷酷だ!
外国と通じ、蛮族の肩を持ち、
王族の威光を理解しない!」
声が高くなる。
「王妃に必要なのは理屈ではない!
愛だ!」
彼はリーナの手を強く握る。
「私は真実の愛を選ぶ!」
一瞬、静寂。
そして、誰も拍手しない。
沈黙は、刃より鋭い。
私は彼の前に立つ。
広間中の視線が突き刺さる。
「以上だ」
彼は言う。
「何か言いたいことはあるか、ハーレイ」
挑発。
涙を期待している。
崩れ落ちる姿を。
私はゆっくりと礼をする。
「承知いたしました、殿下」
広間が凍る。
それだけ。
取り乱しも、反論もない。
彼は一瞬、戸惑う。
「それだけか?」
「殿下のご判断、確かに承りました」
私は顔を上げる。
「婚約は、双方の合意により成立し、双方の意思により解消されます」
条文の一節。
淡々と。
彼は眉をひそめる。
「負け惜しみか」
「いいえ」
私は微笑む。
「殿下の幸福をお祈り申し上げます」
その言葉に、広間の空気が変わる。
怒りではない。
理解。
彼は、自ら関係を断った。
それは、婚約だけではない。
アークイン公爵家との結びつきも。
「父上!」
王太子は玉座の上の国王へ向き直る。
「これが私の決断だ!」
国王は重い沈黙を保つ。
賛同も、否定もない。
だがその沈黙は、冷たい。
リーナが小さく笑う。
「やっと自由ですね、殿下」
自由。
彼は自由を得たと思っている。
だが同時に、盾を失った。
私は一歩下がる。
広間の端で、南方連合の使節団が静かに見ている。
彼らは何も言わない。
だがすべてを見ている。
王太子が公に婚約を破棄した。
理由は侮辱。
外国と通じる女。
その言葉は、外交上の立場を明確にした。
私は父のもとへ戻る。
「よろしいのか」
父が小さく問う。
「はい」
私は答える。
「正式に、終わりました」
終わった。
婚約。
そして、最後の抑止。
王太子は舞台中央で杯を掲げる。
「祝え!
新しい時代の始まりだ!」
だが祝福の声は上がらない。
音楽も、ぎこちない。
貴族たちは視線を交わす。
距離が生まれる。
彼は気づかない。
世界の頂点に立ったつもりでいる。
だがその足元で、支えが崩れている。
私は広間を後にする。
扉が閉まる瞬間、彼の笑い声が聞こえた。
高く、軽い。
回廊は静かだ。
侍女が震えた声で言う。
「お嬢様……」
「問題ありません」
私は窓の外を見つめる。
港の灯り。
南方船団の影。
今夜の発言は、すべて記録されている。
公の場での侮辱。
婚約破棄。
外国軽視。
証拠は揃った。
私は静かに息を吐く。
「これで、よろしい」
彼は自由を宣言した。
ならば。
自由の結果を受け取っていただく。
舞踏会の音楽が遠くに響く。
だがその旋律は、どこか不安定だ。
王太子ディルクは、今宵、自ら橋を焼いた。
戻る道はない。
そして私は、もう彼を支えない。
静かに。
確実に。
終わりへと進む。
王城の大広間は、光で満ちていた。
天井一面のシャンデリアが煌めき、磨き抜かれた床は星を映す。
王国中の貴族が集う、春の大舞踏会。
今宵は祝宴。
王太子ディルクと、私――ハーレイ・アークインの婚約披露を兼ねた席。
少なくとも、招待状にはそう記されていた。
私は純白のドレスをまとい、階段の上から広間を見下ろす。
ざわめき。
期待。
羨望。
誰もが、このまま王妃になるのは私だと信じている。
その静寂を、王太子の声が破った。
「皆、よく集まってくれた!」
彼は中央へ進み出る。
隣には、リーナ。
豪奢な装飾に身を包んだ平民娘。
場の空気が微かに揺れる。
「本日、私は重大な決断を発表する!」
彼は誇らしげに胸を張る。
私はゆっくりと階段を降りる。
視線が集まる。
彼は私を見る。
その目は勝者のもの。
「ハーレイ・アークインとの婚約を――」
一拍。
「破棄する!」
ざわり、と広間が波打つ。
貴族たちの顔色が変わる。
父の表情は動かない。
私は、ただ歩みを止めない。
彼は続ける。
「彼女は冷酷だ!
外国と通じ、蛮族の肩を持ち、
王族の威光を理解しない!」
声が高くなる。
「王妃に必要なのは理屈ではない!
愛だ!」
彼はリーナの手を強く握る。
「私は真実の愛を選ぶ!」
一瞬、静寂。
そして、誰も拍手しない。
沈黙は、刃より鋭い。
私は彼の前に立つ。
広間中の視線が突き刺さる。
「以上だ」
彼は言う。
「何か言いたいことはあるか、ハーレイ」
挑発。
涙を期待している。
崩れ落ちる姿を。
私はゆっくりと礼をする。
「承知いたしました、殿下」
広間が凍る。
それだけ。
取り乱しも、反論もない。
彼は一瞬、戸惑う。
「それだけか?」
「殿下のご判断、確かに承りました」
私は顔を上げる。
「婚約は、双方の合意により成立し、双方の意思により解消されます」
条文の一節。
淡々と。
彼は眉をひそめる。
「負け惜しみか」
「いいえ」
私は微笑む。
「殿下の幸福をお祈り申し上げます」
その言葉に、広間の空気が変わる。
怒りではない。
理解。
彼は、自ら関係を断った。
それは、婚約だけではない。
アークイン公爵家との結びつきも。
「父上!」
王太子は玉座の上の国王へ向き直る。
「これが私の決断だ!」
国王は重い沈黙を保つ。
賛同も、否定もない。
だがその沈黙は、冷たい。
リーナが小さく笑う。
「やっと自由ですね、殿下」
自由。
彼は自由を得たと思っている。
だが同時に、盾を失った。
私は一歩下がる。
広間の端で、南方連合の使節団が静かに見ている。
彼らは何も言わない。
だがすべてを見ている。
王太子が公に婚約を破棄した。
理由は侮辱。
外国と通じる女。
その言葉は、外交上の立場を明確にした。
私は父のもとへ戻る。
「よろしいのか」
父が小さく問う。
「はい」
私は答える。
「正式に、終わりました」
終わった。
婚約。
そして、最後の抑止。
王太子は舞台中央で杯を掲げる。
「祝え!
新しい時代の始まりだ!」
だが祝福の声は上がらない。
音楽も、ぎこちない。
貴族たちは視線を交わす。
距離が生まれる。
彼は気づかない。
世界の頂点に立ったつもりでいる。
だがその足元で、支えが崩れている。
私は広間を後にする。
扉が閉まる瞬間、彼の笑い声が聞こえた。
高く、軽い。
回廊は静かだ。
侍女が震えた声で言う。
「お嬢様……」
「問題ありません」
私は窓の外を見つめる。
港の灯り。
南方船団の影。
今夜の発言は、すべて記録されている。
公の場での侮辱。
婚約破棄。
外国軽視。
証拠は揃った。
私は静かに息を吐く。
「これで、よろしい」
彼は自由を宣言した。
ならば。
自由の結果を受け取っていただく。
舞踏会の音楽が遠くに響く。
だがその旋律は、どこか不安定だ。
王太子ディルクは、今宵、自ら橋を焼いた。
戻る道はない。
そして私は、もう彼を支えない。
静かに。
確実に。
終わりへと進む。
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