婚約破棄されました(効率の悪い労働でした) ― 働いてない? 舞踏会は、充分重労働ですわ! ―

ふわふわ

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第37話 沈黙が始まると、物語は勝手に終わりますわ

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第37話 沈黙が始まると、物語は勝手に終わりますわ

 それは、
 本当に唐突だった。

 ――噂が、止まった。

 朝の報告で、
 執事は少し不思議そうに言う。

「……王都で、
 公爵令嬢の話題が、
 ほとんど出ていません」

 ルナ・ルクスは、
 紅茶を注ぐ手を止めず、
 静かにうなずいた。

「ええ。
 沈黙の段階ですわ」

 善意。
 正義。
 人格。

 語る材料が尽きると、
 人は話題を変える。

 それが、
 最大の転機。

 午前中、
 社交界の噂は、
 すでに別の人物へ移っていた。

 ・新任官僚の失策
 ・貴族家同士の小競り合い
 ・派手な失言

 ――いつもの燃料だ。

「……皆さま、
 忙しいのですわね」

 ルナは、
 どこか安心したように呟く。

 人は、
 他人を叩いている間だけ、
 自分を見ずに済む。

 だが、
 もっと刺激的な話題が出れば、
 静かに移る。

 それだけのこと。

 午後、
 王都から届いた公式文書には、
 彼女の名前すらなかった。

 政策案。
 予算配分。
 人事異動。

 ――すべて、
 彼女抜きで進んでいる。

 ルナは、
 その事実を
 何よりも評価した。

「……完璧ですわ」

 関与していない。
 期待されていない。
 批判すらされない。

 これ以上、
 何を望むというのか。

 夕方、
 領内の工房から届く
 いつもの報告。

 売上は横ばい。
 雇用は安定。
 不満はなし。

 派手な成長はないが、
 破綻の兆しもない。

 ――理想的な日常。

 夜、
 ノートを開くが、
 今日は書くことが少ない。

 ・沈黙は終結
 ・物語は勝手に閉じる

 前世では、
 沈黙は恐怖だった。

 評価されていない証拠。
 存在感がない証拠。

 だが今は違う。

 沈黙とは、
 安全圏だ。

 誰にも期待されず、
 誰にも利用されず、
誰にも恨まれない。

 夜更け、
 ルナは窓辺に立ち、
 静かな夜景を眺める。

「……結局」

 小さく呟く。

「世界は、
 誰かがいなくても、
 勝手に回りますのね」

 それを受け入れられない人ほど、
 誰かを引きずり出そうとする。

 だが、
 引きずり出されない場所にいれば、
 問題は起きない。

 翌日も、
 その翌日も、
 特別な報告はなかった。

 それが、
 何よりの証拠。

 ルナ・ルクスは、
 ソファに身を預け、
 静かに目を閉じる。

「……これで、
 本当に終わりましたわ」

 誰かに勝ったわけでもない。
 誰かを論破したわけでもない。
 何かを改革したわけでもない。

 ただ、
 動かなかった。

 それだけで、
 物語は、
 勝手に終わる。

 第37話は、
 すべての圧力が消え、
 ルナが完全に
 “語られない存在”になったことを示し、
 静かな余韻とともに幕を下ろす。

 次に残るのは、
 後日談か、
 あるいは――
 本当の意味での、
 日常。

 そしてそれこそが、
 彼女が最初から
 望んでいたものだった。
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