公爵令嬢の異世界旅行記 ―婚約破棄されたので旅に出ます。何があっても呼び戻さないでください

ふわふわ

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第三十一話 戻ることについて

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第三十一話 戻ることについて

馬車がゆっくり進む朝、空は高く、風は軽い。
今日もまた、何が起きるでもなく、道はただ続いている。しかしその静けさは、これまでとは少し違っていた。

「……戻る予定はあるのかと聞かれましたが」

彼女がぽつりと言う。
昨夜茶屋で耳にした“王都の混乱”の噂。
これから先で、誰かに問われた言葉。
それは、問いというより、確認だった。

「……答えは、決めていませんわ」

メイドはそっと微笑み、騎士は前方の空を一瞥するだけだった。
二人は答えを求めていない。
そして、彼女自身、答えを急いではいなかった。

物語ではよくこういう瞬間が節目になる。
主人公の進む理由が問われる場面だ。
それが“旅の始まり”であり、“帰還の決断”であり、転換点となることが多い。
しかし、彼女の世界は違っていた。
旅は、目的地だけで完結するものではないのだという、静かな確信があったからだ。

「……戻ったら、何をしましょうか」

問いは冗談のようであり、真剣でもある。
だが答えは、まだない。
その曖昧さは、心を重くするのではなく、軽くしていた。

王都のことを考えた瞬間、頭に浮かぶのは慌ただしさと光の洪水だ。
整えられた廊下、磨き上げられた床。
けれど、ここにいる今、心は静かだった。

「戻らない」と決める必要はない。
「戻る」と決める必要もない。
どちらも確かに存在する未来なのだ。

旅を書く際、作家がよく工夫するのは、主人公の内的変化を描くことだ。旅は単なる移動ではなく、内面の変化や気づきを伴うものとして扱われることが多い。これは、読者に旅の意味を感じさせるための手法でもある。

馬車は静かに進む。
空は青く、雲は遠くへ流れていく。

「……どこへ戻るかは、
 戻るときに考えましょう」

彼女は、そう言った。
決断ではなく、選択肢として。

風は、変わらず吹き抜ける。
そして旅は、いつでも続く。

戻ることも、行くことも、
同じ道の上に存在している。

それを、ただ受け止める朝だった。
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