公爵令嬢の異世界旅行記 ―婚約破棄されたので旅に出ます。何があっても呼び戻さないでください

ふわふわ

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第三十四話 変わらない日常

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第三十四話 変わらない日常

領都の石畳は、旅で見てきた道とは性質が違っていた。
草や土を踏みしめるような“時間の重み”ではなく、規則正しく整えられた線を刻む硬い感触だ。
それは旅の中で触れた風景とは違うテンポで、確かに「日常」を描いていた。

広場に差し掛かると、人々の声が周囲を満たしている。
通り過ぎる商人の呼び声、子どもの嬉々とした声、屋台の湯気が立ち上る匂い——。
ここでは、音が風景を形作っていた。

今までの旅路で見てきた静かな時間と比べると、違和感を覚えるほど濃密で、
それでも、彼女はそれを拒絶しなかった。
むしろ、外側として在る日常の“ノイズ”が、どこか心地よく感じられていた。

城門をくぐり、石造りの大通りを進む。
人々の流れはまるで川のようで、行き交う方向や速度に秩序はあるが、押し潰されるような圧はない。
そこにあるのは、日々の行動そのもの——止まることも、急ぐこともなく、穏やかに積み重なった時間の痕跡だ。

目の前を通り過ぎる人々は、彼女を特別視しない。
旅で見聞きした光景の影響か、視線は流れる風のように軽く、彼女の存在に固執しない。
それぞれが自分の道を歩き、生活し、日常を営んでいる。

「……変わっていませんわね」

声は、日常の音に溶けるようだった。
けれど、その言葉は自分自身に向けられていた。
“変わらない日常”と、自分自身の変化を対比するための言葉。

メイドと騎士は、歩調を変えずに隣を進む。
表情に迷いはなく、彼女がこれまで経験してきた道のりを理解しているようだった。
日常が持つ安定を否定するでも、
旅の余韻を拒むでもない。
両者が、静かに折り合いをつけている。

市場の片隅で眼鏡を磨く職人。
道端で花を売る老女。
小さな噴水にコインを投げる子どもたち。
すべてが、ここにある“日常の今”を刻んでいた。

そして彼女は思う——
旅の終わりが日常そのものになるわけではないと。

旅で見つけた時間の捉え方は、
日常になだれ込むのではなく、
どこかで別の層として重なっていくのだ。

領都の喧騒は、彼女にとって「戻る場所」であると同時に、
「元の場所ではない新しい日常」として在る。

やがて、目の前を行き交う人々の波が、
ただの風景ではなく、
彼女の旅の一部になっていることに気づく。

風景は変わらないかもしれない。
けれど、見る者が変われば、
世界は新しい顔を見せる。

それが、
旅する者の帰還だった。 

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