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第七十二話

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 痛っ……、カリバーどこだ……あ、あった。

 ぼやけた視界で何とか探り当て、手のひらに広がる金属の冷たい感触、しかしここでは命綱の武器。
 慣れたそれに一瞬気が緩み、しかし今は戦闘の最中であることを思い出し、思考が一気に現実へ戻る。

「……っ!」

 突然激しい足音が響き、振動が身へ伝わった。
 
 見上げれば、一匹が私を蹴り飛ばしたのが隙と見えたらしく、雁首揃えてこちらへ向かってくるダチョウ。

 くそっ、あいつも中々に良い一撃をくれた、視界が鈍い点滅を繰り返し前もまともに見えない。
 立とうにも上下がひっくり返ったようだ、その上膝もがくつく。

「たたないと……」

 癖にもなっているが、意識を戻すために頭を振……ろうとして、いや、まずいなと気を取り直す。
 ノーなんちゃらって奴だろうし、振ったらなおの事ヤバそうだ。
 あー不味い。落ち着け私、冷静になれ。

 どうにか元に戻ってきた視界であったが、右も左も鳥、鳥、鳥。
 木の根元近くに転がった私を嘲り、無機質な視線がこの実を貫く。
 飛び道具? それともさっきみたいに範囲攻撃を恐れているのか、完全に取り囲まれたというのに、今度は一斉攻撃をせずに待っているのも厭らしい。

 鳥頭ってすごい賢いって意味だっけ?
 辞書を突き付けたら理解してくれるかな? いや、無理か。

 燃え上がる木の根元で蹴り殺されるなんて嫌だ。
 けどどうやって、どこに逃げる?
 右も左も、前も後ろも囲まれている。モグラの様に下へ穴を掘るのも、鳥の様に上空を舞うのだって……

 ちらりと見上げた私の目に飛び込んできたのは、二つに分かれた巨枝。

 ……私が両手を広げても、お空はちっとも飛べない、が。

「……『巨大化』!」

 今までにないほど勢いよく、天を突くようにどこまでも伸びたカリバー。
 しかし今突くのは天でも、ましてや目の前の鳥でもない。
 二手に分かれた太い枝の、丁度ど真ん中……はちょっと外れて、その少し手前。

「とっとと、引っかかった!」

 くびれた部分が上手く引っ掛かり、衝撃に枝が揺れる。
 そう、私の作戦は至極単純。枝にカリバーを引っ掛けて巨大化を解除すれば、そのまま上にあがるのでは? と、それだけ。

 いけるかどうかなんてやってみれば分かる。

「ぉおほおおっ、よしっ!」

 解除した瞬間上方向への凄まじい加速、負荷に筋肉が悲鳴を上げ、キリキリとした痛みが突き抜ける。
 しかしその痛みこそが成功の確信。
 間近に迫った枝を掴んでひょいと飛び、華麗にその上へ着地。

 どんなもんよ、飛べない鳥はただの鳥だね。

『ケェェェェェッッ!』
「やば……ちょっ、木蹴るなこら」

 ド、ド、ド、ドッ!

 機関銃もかくやという激しい音とともに木くずが飛び、わっさわっさと私の立つ巨木が揺らされる。
 真面に立っていられないない揺れ、たまらず幹へ縋り付く。

 流石人間を何メートルもぶっ飛ばす脚力というべきか、木の周りを取り囲んだダチョウたちは空を飛ぶ代わり、天にいる存在を叩き落すことに決めたらしい。
 なんちゅう脚力をしているんだあいつら。
 先ほど殴り飛ばした奴らも数匹は首が折れ痙攣しているが、それでもまだ死に至ってはいない。

 ううん、どうしよう。
 まだそれには至らないけれど、きっと直ぐに倒れるだろう。
 木の枝を伝って逃げてもいいけれど、今の私には逃げられない理由がある。鳥ごときにビビって街が崩壊しては元も子もない。


 仕方ない。
 本当はあんまり使いたくなかったけど、こんなことで時間を使っていられないんだ。

「ほいっ、そりゃ! ついでにもう一個!」

 リュックの中から拾っていた蛾の魔石を叩き落していくと、そのどれもが粉々になって散っていく。
 私が何かをしたのに警戒しこちらへ顔を向けた鳥たちを傍目に、私はリュックで顔を覆う。


 ――キィン


「あれ?」

 が、想像していた衝撃はなく、顔を覆っていたせいで何が起こったのかすらよく分からなかった。

 おかしいな、蛾の爆発みたいなものを期待していたんだけど。
 その割には妙に静かだ。
 コケコケと喧しく木を蹴り飛ばしてくる衝撃も、鳴き声すら聞こえない。

 恐る恐る覗くと、そこにはひっくり返って泡を吹く鳥たち。
 死んでいるわけではない。死んでいるのならこちらのレベルも上がっているはずだし、なにより微かに動いている。
 音もない、爆風もない、鳥たちが魔石に触れたわけでもない、なのに気絶する……何故、原因は?

 試してみるか。

「ふんぬっ。おああああああっ! 目があああっ!?」

 一つ手の上で砕くと、突然溢れ出す凄まじい光。
 視認した私の目を鮮烈に焼き尽くす眩いそれを投げ捨て目を覆うが今更だ、一応警戒して顔を逸らしていたのに全く意味がなかった。

 これが複数炸裂したのを直視したのだから、そりゃ当然ひっくり返るか。
 にしたって間抜けにも目の前で犠牲者が出たのに自ら割る私も馬鹿だ。

「ん、いた。『スカルクラッシュ』!」

『レベルが122上昇しました』

 足先で探り当て、気絶する鳥を叩き潰した瞬間、真黒に塗りつぶされた視界が一気に鮮明になる。
 レベルの上がった『活人剣』の効果で治ったのだろう、光で目を焼き潰されるものどうやらダメージ扱いになるようだ。
 それにしたって迂闊だった、もし活人剣のレベルを上げていなかったり、周りの鳥たちが気絶していなかったら死んでいた。

 だけど。

「朝食にはちょっと重いかな? 『スカルクラッシュ』」
『ケ゛ェ……』

 振り下ろしたカリバーが目を瞑ったダチョウの頭へ、生々しい音を立て沈み込み、色々なものが飛び散る。
 勿論その直後、光の粒へと変わるのだが。

『レベルが104上昇しました』

 私の前には高レベルで、しかも全く動くことのない経験値たち。
 これをさっさと倒さない理由はない、そうでしょ?
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