『希望の実』拾い食いから始まる逆転ダンジョン生活!

IXA

文字の大きさ
179 / 257

第百七十九話

しおりを挟む
 ギリリと拳が握られる。

 その怒りは不気味な会話を繰り広げる二人だけではない、己自身へも向かっていた。

 初め出会ったときは、どこか二人と似た雰囲気を持つ少女だと思っていた。
 しかし今日隣で笑う人物が、明日には物言わぬ屍となっている世界、それが探索者という、自由を得た代償として背後で死神が肩に手を掛ける仕事。
 死にに行くようなことを止めることあっても、一から十まで一人一人全ての面倒を見ることなどできない。

 死ぬか、或いは相応の恐怖を受け探索者なぞやっていられないと逃げるか。
 剛力はどちらにせよ長くはもたないと考えていた。

 冷酷に思われるかもしれない、だが探索者になるということはそういう事だ。
 特殊な技術や経験なく就くことが出来、誰しも大金を手にする機会が与えられるには、相応の危険と犠牲が求められる。
 ただそれだけの事。

 しかし少女は当初の予想を覆し、長らく探索者を続けることとなる。
 どうやら孤児院から出てきて以降住む家もなく、ネットカフェで寝泊まりをしているらしいと聞いたとき、鍵一が彼女を保護したらどうかと切り出して来たのには驚いた。
 わずか数日で彼女と対話を終え、前日まで拒絶されていたにも拘らず、次の日には知人程度の関係を築いたとのこと。

 一見すると極度の人見知りだが、接してみればひどく素直であり、恐らく元来の物である人懐っこさが顔を覗かせる。
 はっきり言って歪な精神構造は、きっと時として彼女が零す複雑な家庭状況によって作り上げられたものだろう。

 六年前父親が消え、母親の性格が豹変した。
 憎々しげに語る内容は剛力にとって苗字からしても思い当たることがあり、だが切り出すことは今日まで出来ずにいる。

 そして先日遂に、長らく抱いていた疑問が真実へと変わった。
 ついアリアの名前を出してしまった剛力へ、彼女は『自分の母』だと頷いたのだ。

 これでも多様な経験を経て、滅多なことでは動揺しないと自負している。
 しかし今しがた突き付けられた真実には、久しく感じていなかった感情を掻き立てられた。

 突如として姿を消した奏、彼はどうやら剛力へ何かの真実を隠すため、目の前の二人によって口封じをされてしまったらしい。
 詳しい理由は未だに不明なところが多く、疑問点は尽きることなく噴出する。
 だがしかし、少なくとも己が奏やアリアを巻き込まなければ、あの少女はまだ幸せな道を歩めたのではないか。
 わざわざ探索者になるという過酷な道を歩む必要もなく、少女が少女として振舞うことの出来る平穏な日々を暮らすことが出来ただろう。

 知る必要のない真実を押し付け、重要な仕事を押し付け、更には彼女の両親が消えた遠因すらも己が理由だったとは。
 彼女には謝るべきことがまた一つ出来てしまった。師匠というにはあまりに情けない現状へ剛力は自重げに笑い、メモ帳へ書き込む手を止めカメラを仕舞った。

 先ほどまでの物騒な話とは一転して、二人はたわいのない日常事を交わしている。
 人気の少ない夜の港、加えて異世界の言語故他者に知られる恐れもないと気を抜いているのだろう、ここで全てを聞いている剛力がいることには欠片も気付いていない。

 剣崎へ手渡す物的証拠は揃った。
 相手にも悟られていない現状は大きなアドバンテージ、先だって情報の収集と攻勢を掛けることが出来れば、例え相手の裏に巨大な影が蠢いていようと手段はある。

 ――しかしもしすべてを話せば、フォリアには嫌われてしまうだろうか。

 剛力の心に訪れる一抹の寂寥感。
 誰しも他者から好んで嫌われたいものなどいない。剛力も当然人の子であり、師として慕ってくる少女から憎まれてしまうことが心地いい訳もない。
 しかし全ては己の行動から導かれた現状。むしろ真実を知った彼女が怒り、探索者を辞め剛力の下から去ればそれはそれで良いことなのかもしれない。

 子供が命を懸けて戦う世界なぞ碌なものではない、親元で笑っているのが一番だ……なんて、Dランク以下とはいえ、ダンジョン崩壊の処理を押し付けている自分が言うことではないか。

 情けない己へ呆れながら立ち上がり周囲を見渡す。

 儚く命を落とす協力者たち、何の情報もつかむことの出来なかった数年――しかし無力感に呻き諦観に支配される日々は終わった。
 戦いだ。
 真の戦いは今から始まる。何も知ることなく世界から消えて行った人々、欲からダカールの手に掛けられた者、全ての無念を果たす為、自分の些細な感情へ構っている暇はない。

「クレスト様、後ろへ!」

 誰かが息を呑んだ。

 突然叫んだクラリスの声に驚き、コンテナの後ろから小さな影が転がり出る。
 
 少年だ。
 メガネをかけた、まだ中学生にも至らないであろう少年がコンテナの影に隠れ、二人の話を聞いていたらしい。

 意味も分からず、しかし不穏な雰囲気を察したらしく、慌てて背を向け逃げ出そうとする彼。
 しかしクラリスがどこからか取り出した巨大な杖で地面を突くと、コンクリートから巨大な根が這い出して、あっという間に彼の全身を絡め縛ってしまった。

「子供だよ。こんな夜遅くに、きっと塾からの帰宅なのだろうね」
「通りすがるならまだしも、じっと話を聞いていたなんて……何があるか分かりません、消しましょう」

 目の前で繰り広げられる奇怪な言語での対話。

 未だに彼は何が起こったのか分からず目を白黒させ、両手を縛り付ける何かを外そうともがいている。
 しかし会話の内容を理解してしまえる・・・・にとって、不穏では済まされない会話に足が縛り付けられた。

「君は相変わらず心配性だねぇ。私としては別に殺す必要もないと思うけどね、何話してるか理解も出来ないだろうからさ。ただ、君がどうしても気になるというのなら……まあ、好きにすればいいんじゃないかな?」

 ダカールは大げさに手を広げ、まるでステージに立つミュージカル俳優が観客へ拍手を希うように叫んだ。

「どうせこの世界には80億、おおっと、今は25億だったかな? どちらにせよ数えきれないほど人間がいるんだから、一人位減ったって誰も気にしやしないさ!」
「クレスト様、あまり叫ぶとまた人が来るかもしれません」
「おっとすまない。普段物静かなことばかりしているとね、時としてこう叫びたくなってしまうものなんだ」

 ――見捨てろ。
 今自分が前に出れば全ての優位点が失われかねない。
 今までさんざん多くの探索者達を見送ってきたじゃないか。圧倒的死亡率を誇り、大概その先に待つのは絶望だけだと分かっていながら、彼らを止めずに見送ってきたのは剛力自身。

「では先月試作品の完成した概念戎具がいねんじゅうぐの一つ、モロモアスの実験も兼ねてみましょう」
「おお、漸く出来たのかい!」

 どこからか小さな黒い石ころらしきものを取り出し、ダカールの手へと乗せるカナリア。
 彼は街灯へ翳し、しばし石の内部で乱反射する虹の輝きを堪能すると、満面の笑みを浮かべ少年の下へと歩いて行った。

「た……たすけて……!」
「すまないね、少年。君には消えて貰わないといけないんだ……でも大丈夫、君の死ぬ姿は最期まで私が見届けよう。だから悲しむ必要はない、人生で一番悲しいのは誰にも知られず死ぬことだからねぇ」

 少年にも伝わるよう日本語を使い、ダカールは優しい声色で彼の頬を撫でた。

 ダンジョンが完全に崩壊し、街へモンスターが溢れたことが何度かあった。
 だが、きっと救うことも出来たはずの命がまだいるにも限らず、剛力は世界の消滅から自分の身を守るため逃げたことが何度もある。

 今さら少年一人見捨てたところで背負う罪の重さは大して変わらないだろう。
 それよりも多くの人数を救うため、今は彼を見捨ててここを立ち去り、情報を皆の下へ持ち帰らなくてはいけない。
 後悔はその後ですればいいじゃないか。

「これをしっかり握っておくんだよ……ふ、はっはっは! そもそもこんな状況じゃ握るなんて無理だったか、これは失敬! 私のハンカチに包んで手に結んでおいてあげよう、これなら握らずともしっかり持って置けるからね!」

 震える喉から絞り出される声、必死に藻掻き突き出される腕。
 全てを理解しているわけではないだろう。ただ少なくとも自分が悪いわけでもなく、ちょっとした好奇心で異国の会話を聞いていただけで、理不尽にも殺されそうになっている事だけは彼にも理解できているはずだ。

 彼は今、誰かに知られることもなく、唾棄すべき悪意によって世界から忘れ去られようとしている。

 ――俺は、また誰かを……っ!
 
 躊躇いは、あった。
 きっと後悔するだろうという確信もあった。

「ぱ……パパ! ママッ! 誰かァッ! たっ、助けてェっ!」


「うおおおおおッ! ダカァァァァァルッ!」


 だが剛力には、魂の叫びを見捨てることはできなかった。
しおりを挟む
感想 42

あなたにおすすめの小説

ダンジョンでオーブを拾って『』を手に入れた。代償は体で払います

とみっしぇる
ファンタジー
スキルなし、魔力なし、1000人に1人の劣等人。 食っていくのがギリギリの冒険者ユリナは同じ境遇の友達3人と、先輩冒険者ジュリアから率のいい仕事に誘われる。それが罠と気づいたときには、絶対絶命のピンチに陥っていた。 もうあとがない。そのとき起死回生のスキルオーブを手に入れたはずなのにオーブは無反応。『』の中には何が入るのだ。 ギリギリの状況でユリアは瀕死の仲間のために叫ぶ。 ユリナはスキルを手に入れ、ささやかな幸せを手に入れられるのだろうか。

劣悪だと言われたハズレ加護の『空間魔法』を、便利だと思っているのは僕だけなのだろうか?

はらくろ
ファンタジー
海と交易で栄えた国を支える貴族家のひとつに、 強くて聡明な父と、優しくて活動的な母の間に生まれ育った少年がいた。 母親似に育った賢く可愛らしい少年は優秀で、将来が楽しみだと言われていたが、 その少年に、突然の困難が立ちはだかる。 理由は、貴族の跡取りとしては公言できないほどの、劣悪な加護を洗礼で授かってしまったから。 一生外へ出られないかもしれない幽閉のような生活を続けるよりも、少年は屋敷を出て行く選択をする。 それでも持ち前の強く非常識なほどの魔力の多さと、負けず嫌いな性格でその困難を乗り越えていく。 そんな少年の物語。

母は何処? 父はだぁれ?

穂村満月
ファンタジー
うちは、父3人母2人妹1人の7人家族だ。 産みの母は誰だかわかるが、実父は誰だかわからない。 妹も、実妹なのか不明だ。 そんなよくわからない家族の中で暮らしていたが、ある日突然、実母がいなくなってしまった。 父たちに聞いても、母のことを教えてはくれない。 母は、どこへ行ってしまったんだろう! というところからスタートする、 さて、実父は誰でしょう? というクイズ小説です。 変な家族に揉まれて、主人公が成長する物語でもなく、 家族とのふれあいを描くヒューマンドラマでもありません。 意味のわからない展開から、誰の子なのか想像してもらえたらいいなぁ、と思っております。 前作「死んでないのに異世界転生? 三重苦だけど頑張ります」の完結記念ssの「誰の子産むの?」のアンサーストーリーになります。 もう伏線は回収しきっているので、変なことは起きても謎は何もありません。 単体でも楽しめるように書けたらいいな、と思っておりますが、前作の設定とキャラクターが意味不明すぎて、説明するのが難しすぎました。嫁の夫をお父さんお母さん呼びするのを諦めたり、いろんな変更を行っております。設定全ては持ってこれないことを先にお詫びします。 また、先にこちらを読むと、1話目から前作のネタバレが大量に飛び出すことも、お詫び致します。 「小説家になろう」で連載していたものです。

不遇な死を迎えた召喚勇者、二度目の人生では魔王退治をスルーして、元の世界で気ままに生きる

六志麻あさ
ファンタジー
異世界に召喚され、魔王を倒して世界を救った少年、夏瀬彼方(なつせ・かなた)。 強大な力を持つ彼方を恐れた異世界の人々は、彼を追い立てる。彼方は不遇のうちに数十年を過ごし、老人となって死のうとしていた。 死の直前、現れた女神によって、彼方は二度目の人生を与えられる。異世界で得たチートはそのままに、現実世界の高校生として人生をやり直す彼方。 再び魔王に襲われる異世界を見捨て、彼方は勇者としてのチート能力を存分に使い、快適な生活を始める──。 ※小説家になろうからの転載です。なろう版の方が先行しています。 ※HOTランキング最高4位まで上がりました。ありがとうございます!

異世界帰りの俺、現代日本にダンジョンが出現したので異世界経験を売ったり配信してみます

内田ヨシキ
ファンタジー
「あの魔物の倒し方なら、30万円で売るよ!」  ――これは、現代日本にダンジョンが出現して間もない頃の物語。  カクヨムにて先行連載中です! (https://kakuyomu.jp/works/16818023211703153243)  異世界で名を馳せた英雄「一条 拓斗(いちじょう たくと)」は、現代日本に帰還したはいいが、異世界で鍛えた魔力も身体能力も失われていた。  残ったのは魔物退治の経験や、魔法に関する知識、異世界言語能力など現代日本で役に立たないものばかり。  一般人として生活するようになった拓斗だったが、持てる能力を一切活かせない日々は苦痛だった。  そんな折、現代日本に迷宮と魔物が出現。それらは拓斗が異世界で散々見てきたものだった。  そして3年後、ついに迷宮で活動する国家資格を手にした拓斗は、安定も平穏も捨てて、自分のすべてを活かせるはずの迷宮へ赴く。  異世界人「フィリア」との出会いをきっかけに、拓斗は自分の異世界経験が、他の初心者同然の冒険者にとって非常に有益なものであると気づく。  やがて拓斗はフィリアと共に、魔物の倒し方や、迷宮探索のコツ、魔法の使い方などを、時に直接売り、時に動画配信してお金に変えていく。  さらには迷宮探索に有用なアイテムや、冒険者の能力を可視化する「ステータスカード」を発明する。  そんな彼らの活動は、ダンジョン黎明期の日本において重要なものとなっていき、公的機関に発展していく――。

はずれスキル『本日一粒万倍日』で金も魔法も作物もなんでも一万倍 ~はぐれサラリーマンのスキル頼みな異世界満喫日記~

緋色優希
ファンタジー
 勇者召喚に巻き込まれて異世界へやってきたサラリーマン麦野一穂(むぎのかずほ)。得たスキルは屑(ランクレス)スキルの『本日一粒万倍日』。あまりの内容に爆笑され、同じように召喚に巻き込まれてきた連中にも馬鹿にされ、一人だけ何一つ持たされず荒城にそのまま置き去りにされた。ある物と言えば、水の樽といくらかの焼き締めパン。どうする事もできずに途方に暮れたが、スキルを唱えたら水樽が一万個に増えてしまった。また城で見つけた、たった一枚の銀貨も、なんと銀貨一万枚になった。どうやら、あれこれと一万倍にしてくれる不思議なスキルらしい。こんな世界で王様の助けもなく、たった一人どうやって生きたらいいのか。だが開き直った彼は『住めば都』とばかりに、スキル頼みでこの異世界での生活を思いっきり楽しむ事に決めたのだった。

【1/20本編堂々完結!】自力で帰還した錬金術師の爛れた日常

ちょす氏
ファンタジー
「この先は分からないな」 帰れると言っても、時間まで同じかどうかわからない。 さて。 「とりあえず──妹と家族は救わないと」 あと金持ちになって、ニート三昧だな。 こっちは地球と環境が違いすぎるし。 やりたい事が多いな。 「さ、お別れの時間だ」 これは、異世界で全てを手に入れた男の爛れた日常の物語である。 ※物語に出てくる組織、人物など全てフィクションです。 ※主人公の癖が若干終わっているのは師匠のせいです。 ゆっくり投稿です。

底無しポーターは端倪すべからざる

さいわ りゅう
ファンタジー
運び屋(ポーター)のルカ・ブライオンは、冒険者パーティーを追放された。ーーが、正直痛くも痒くもなかった。何故なら仕方なく同行していただけだから。 ルカの魔法適正は、運び屋(ポーター)に適した収納系魔法のみ。 攻撃系魔法の適正は皆無だけれど、なんなら独りで魔窟(ダンジョン)にだって潜れる、ちょっと底無しで少し底知れない運び屋(ポーター)。 そんなルカの日常と、ときどき魔窟(ダンジョン)と周囲の人達のお話。 ※タグの「恋愛要素あり」は年の差恋愛です。 ※ごくまれに残酷描写を含みます。 ※【小説家になろう】様にも掲載しています。

処理中です...