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第二百三十九話
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「……貴様が再び『魔蝕』を発症し、意識を失うことはないだろう。ただ人間としての部位はどうしても影響を受ける、探索者として戦うのならなおさらだ」
ワタシの横へ腰を掛け、ぷしゅりと炭酸飲料のプルタブを押し込む彼女。
「詳しい説明はしても分からんだろうから省くとして、貴様は特殊過ぎて体内の魔力と馴染ませるのはあの剣を持っても限界、あるいは処理能力を超えている」
もしもっと早く出会い、事態を察することが出来たのなら、また事情は変わっていたのかもしれない。
しかし互いに許容量を超えた上での出来事は全てが突貫工事であり、当然調査や検査などを行う余裕はなかった。
「いわば『魔蝕』が発症する直前の状態が続くことになる。意識を失うことは無いが、最終的に貴様は完全に人間ではなくなり、魔力を糧とする新たな生物へ肉体が再構築されるだろう」
その果てにどのような姿になるのか、それを今予想することは難しい。
ベルクマンの法則というものが存在する。
例えば灼熱の地なら、体温を逃がすために小型化する。
一方で極寒の地ならば、体温を保持するための巨大化などといった、恒温動物で普遍的に言える法則だ。
すなわち全ての進化には理由がある。
姿や形、その性質などは魔力による記憶の影響を受けれども、一切環境とは切り離されるのかと言えば、当然異なるだろう。
しかし魔蝕による変化は進化とはまた異なる、非常に極端なものだ。
それ故カナリアにすら予想が出来ない。
「恐ろしいか、自分の身体が変わっていくのが」
淡々とした問。
彼女にとっては予想できる未来を話しただけでも、私にとってそれは口にすることすら吐き気がする内容だ。
どこへ投げればいいのかも分からない恐怖の感情は、当然カナリアへと向かっていった。
「怖いに……っ、怖いに決まってるでしょ!? どうなるか分かんないんだよ!? しかも人間じゃなくなるって……!」
もし私が、あの姿になってしまったとして。
カナリアの言う通り心はそのままであったとして。
私を受け入れてくれる人なんているんだろうか。
見た目の大して変わらない探索者ですら、世間では化物扱いで嫌われているのに。
人と同じ言葉を話し、しかし見目は全く異なり、強大な力を振るう存在なんて恐怖の対象でしかない。
「……なあ、人間ってなんだろうな」
「は?」
しかし頭を抱えた私へ、カナリアは全く意味の分からない話を始めた。
「まあ確かに生物学的には人間じゃなくなるんだがな。例えば貴様、右手を失った人間がいたとして、そいつは人間か?」
「……当たり前でしょ」
眉を顰める。
腕の一本が無くなったからと言って、その人が変わるわけでもない。
当然人だ。
「ならば四肢全てはどうだ? 内臓は? この世界では生命維持装置なしに生きれぬとして、そいつらは人か?」
「当たり前でしょ! 何が言いたいの!?」
事故で、あるいは病気で体の一部を失う人は当然いる。
しかしその程度で人間でなくなるなんて、極端にもほどがある考え私は持っていない。
いや、世間一般的に考えても、そもそもそんな極端な考えを肯定する人はいないだろう。
矢継ぎ早に繰り出されるカナリアの質問。
「ならば『人』とはなんだ? 肉体のどこが無くなっても人だというのなら、何をもって人だと言えるんだ?」
「人……?」
最後の問いかけは、やはり意味の分からないものであった。
人の定義……というわけではないのだろう。
そんな頭の良さそうなこと、今まで考えたこともなかった。
人は人、それ以上に何があるというのだろう。
「私はな、人とはつまり、希望を持っているかどうかだと思う」
完全に思考が停止した私へ、カナリアはこのまま待っていても話が進まないと察したのだろう、続きを切り出した。
「人類がここまで発展したのは、希望を持っていたからだ。それは明日を生きるためかもしれないし、もっと先、何年、何十年、何百年も先を見据えていたのかもしれん。一人一人、己の人生で見出す希望は違う。だが少なくとも、何か望みを叶えたいと希ったからこそ発展できたのだ」
再び缶へ口を付ける彼女。
「何も考えず生きるのなら植物と同じだ、刹那を生きるのは野生の動物に等しい。人間は未来の希望を見て道を明らかにし、己の意思で進んできたからこそ、ここまで発展してきたのだと思うのだよ。無論植物や動物が悪いわけではないが、明らかな隔たりがそこには存在する」
それは異世界でも変わらない。
集い、何世代にも渡って知識を継承し、それで満足せず一層のこと洗練させていく。
それが繰り返された結果こそが『人類』の科学、あるいは魔術と言われる叡智の結晶。
人類が人類たり得る根拠は、魔力によって決定付けられた肉体の有無ではない。
思考と前進、人類のすべてはそこにあるとカナリアは考えていた。
「なあ結城フォリア、お前の希望はなんだ? お前がお前として生きていくための希望を教えてくれ」
「……分かんない」
彼女の問いかけを私なりに考えてみても、すぐに思い当たる訳もなく首を振る。
いきなりそんなこと言われても、なら私の希望はどうこうですなんて言えるわけがない。
第一私の希望? 私はただ生きてきただけだ。
探索者だってお金がないからなっただけ。そんな大それた夢など持っていない。
「たとえ貴様の力が特殊で、常人と比べ異常ともいえる成長をしてきたとしよう。だが本当にそれだけか?」
しかし私が首を振っているにもかかわらず、彼女は話を続けた。
「そこまでレベルを上げなくとも、この現代社会で生きるのには十分な力があったはず。Dランクのダンジョンでも並みの稼ぎ以上はあるのだからな。ならば何故貴様は更なる力を求めた? 何のために力を欲した?」
月明かりの下、缶をクシャリと握りつぶしたカナリアが立ち上がる。
「既に貴様は知っているはずだ、自分が何故戦ってきたのか、何故そこまでレベルを上げてきたのか。それこそが貴様の希望なのだろう……どんな内容なのかは知らんがな」
ワタシの横へ腰を掛け、ぷしゅりと炭酸飲料のプルタブを押し込む彼女。
「詳しい説明はしても分からんだろうから省くとして、貴様は特殊過ぎて体内の魔力と馴染ませるのはあの剣を持っても限界、あるいは処理能力を超えている」
もしもっと早く出会い、事態を察することが出来たのなら、また事情は変わっていたのかもしれない。
しかし互いに許容量を超えた上での出来事は全てが突貫工事であり、当然調査や検査などを行う余裕はなかった。
「いわば『魔蝕』が発症する直前の状態が続くことになる。意識を失うことは無いが、最終的に貴様は完全に人間ではなくなり、魔力を糧とする新たな生物へ肉体が再構築されるだろう」
その果てにどのような姿になるのか、それを今予想することは難しい。
ベルクマンの法則というものが存在する。
例えば灼熱の地なら、体温を逃がすために小型化する。
一方で極寒の地ならば、体温を保持するための巨大化などといった、恒温動物で普遍的に言える法則だ。
すなわち全ての進化には理由がある。
姿や形、その性質などは魔力による記憶の影響を受けれども、一切環境とは切り離されるのかと言えば、当然異なるだろう。
しかし魔蝕による変化は進化とはまた異なる、非常に極端なものだ。
それ故カナリアにすら予想が出来ない。
「恐ろしいか、自分の身体が変わっていくのが」
淡々とした問。
彼女にとっては予想できる未来を話しただけでも、私にとってそれは口にすることすら吐き気がする内容だ。
どこへ投げればいいのかも分からない恐怖の感情は、当然カナリアへと向かっていった。
「怖いに……っ、怖いに決まってるでしょ!? どうなるか分かんないんだよ!? しかも人間じゃなくなるって……!」
もし私が、あの姿になってしまったとして。
カナリアの言う通り心はそのままであったとして。
私を受け入れてくれる人なんているんだろうか。
見た目の大して変わらない探索者ですら、世間では化物扱いで嫌われているのに。
人と同じ言葉を話し、しかし見目は全く異なり、強大な力を振るう存在なんて恐怖の対象でしかない。
「……なあ、人間ってなんだろうな」
「は?」
しかし頭を抱えた私へ、カナリアは全く意味の分からない話を始めた。
「まあ確かに生物学的には人間じゃなくなるんだがな。例えば貴様、右手を失った人間がいたとして、そいつは人間か?」
「……当たり前でしょ」
眉を顰める。
腕の一本が無くなったからと言って、その人が変わるわけでもない。
当然人だ。
「ならば四肢全てはどうだ? 内臓は? この世界では生命維持装置なしに生きれぬとして、そいつらは人か?」
「当たり前でしょ! 何が言いたいの!?」
事故で、あるいは病気で体の一部を失う人は当然いる。
しかしその程度で人間でなくなるなんて、極端にもほどがある考え私は持っていない。
いや、世間一般的に考えても、そもそもそんな極端な考えを肯定する人はいないだろう。
矢継ぎ早に繰り出されるカナリアの質問。
「ならば『人』とはなんだ? 肉体のどこが無くなっても人だというのなら、何をもって人だと言えるんだ?」
「人……?」
最後の問いかけは、やはり意味の分からないものであった。
人の定義……というわけではないのだろう。
そんな頭の良さそうなこと、今まで考えたこともなかった。
人は人、それ以上に何があるというのだろう。
「私はな、人とはつまり、希望を持っているかどうかだと思う」
完全に思考が停止した私へ、カナリアはこのまま待っていても話が進まないと察したのだろう、続きを切り出した。
「人類がここまで発展したのは、希望を持っていたからだ。それは明日を生きるためかもしれないし、もっと先、何年、何十年、何百年も先を見据えていたのかもしれん。一人一人、己の人生で見出す希望は違う。だが少なくとも、何か望みを叶えたいと希ったからこそ発展できたのだ」
再び缶へ口を付ける彼女。
「何も考えず生きるのなら植物と同じだ、刹那を生きるのは野生の動物に等しい。人間は未来の希望を見て道を明らかにし、己の意思で進んできたからこそ、ここまで発展してきたのだと思うのだよ。無論植物や動物が悪いわけではないが、明らかな隔たりがそこには存在する」
それは異世界でも変わらない。
集い、何世代にも渡って知識を継承し、それで満足せず一層のこと洗練させていく。
それが繰り返された結果こそが『人類』の科学、あるいは魔術と言われる叡智の結晶。
人類が人類たり得る根拠は、魔力によって決定付けられた肉体の有無ではない。
思考と前進、人類のすべてはそこにあるとカナリアは考えていた。
「なあ結城フォリア、お前の希望はなんだ? お前がお前として生きていくための希望を教えてくれ」
「……分かんない」
彼女の問いかけを私なりに考えてみても、すぐに思い当たる訳もなく首を振る。
いきなりそんなこと言われても、なら私の希望はどうこうですなんて言えるわけがない。
第一私の希望? 私はただ生きてきただけだ。
探索者だってお金がないからなっただけ。そんな大それた夢など持っていない。
「たとえ貴様の力が特殊で、常人と比べ異常ともいえる成長をしてきたとしよう。だが本当にそれだけか?」
しかし私が首を振っているにもかかわらず、彼女は話を続けた。
「そこまでレベルを上げなくとも、この現代社会で生きるのには十分な力があったはず。Dランクのダンジョンでも並みの稼ぎ以上はあるのだからな。ならば何故貴様は更なる力を求めた? 何のために力を欲した?」
月明かりの下、缶をクシャリと握りつぶしたカナリアが立ち上がる。
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