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第36話

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「むにゃ……」

 ふわふわで暖かいベッドの中、ただひたすらに惰眠を貪る。
 ぼんやりと霞む視界、壁にかかった時計が早朝を告げていた。

 あさ、朝かぁ……

「……ダンジョンいかないとっ!?」

 不味い不味い、もうこんな時間なのか!

 思考回路は完全に停止しているが、ここ二週間で慣れてしまった、夢半ばの状態で探索の準備を進める。
 服、カリバー、そして数の少なくなってきた希望の実。
 カリバー以外はビニールに包んで、リュックの中へと突っ込み……

 そこにあったお札を見て、そういえば今はそんなあくせく探索しなくてもよかったのだと思い出す。

 お金をいっぱい手に入れたのはいいが、正直何をしたらいいのか分からない。
 美味しいものはいっぱい食べたいが、果たしてお金が底を尽きるまで延々食べられるかといえば、それはだいぶ難しい。
 服でも買おうかと思ったが、あいにくと穂谷さんからもらった服があるし、すぐボロボロになるからダンジョンに着て行くことのできない以上、そんな沢山の洋服は要らない。

 するとなると……お金はあるが、何をしたらいいのかがわからない。

 我ながらつまらない人間だ。
 お金が欲しいと言いながらも、いざ大金を手に入れてみれば、さほど欲しいものが思い浮かばなかった。
 お金は最低限あれば、それ以上は要らないのかもしれない。

 あれだ。
 もし戦闘不能になって探索者をやめた時でも生きていく分のお金が貯まったら、あとは適当に寄付でもすればいいのかな。

 ふと目に入ったのは、リュックの中へ縦に突き込まれたカリバー。
 一応毎回汚れは落としているし、破壊不可なので新品のように輝いている。

「ダンジョン……か……」

 1万円だけ残して、あとのお金は全部部屋にあった金庫に放り込み、リュックを背負う。
 カリバーを握って手にポンポンとぶつけて、久しぶりの感触を味わう。
 一週間戦っていなかったが、ああやってウニに語ったせいだろうか、ダンジョンに潜りたい欲がむくむくと湧いてきた。

 それになにより、何もせずに一日を過ごすよりも、頑張った後のご飯の方がおいしいだろう。



「らっしゃーせー」
「これください」
「マチョチキサラダチキン味ですね、160円でーす」

 希望の実が心もとない数なので、今日の朝食はウニから聞いたホットスナックとおにぎり、そして今まで買っていなかったがペットボトルのお茶だ。
 昨日ファミリーマッチョにウニと訪れた時、こういった店は詳しくないから何かおすすめはあるかと聞いたらこれを推された。

 サクサクとしたチキンの食感、こんがりと揚がって香ばしい衣と刺激的なスパイスの刺激。
 油と濃い塩味におにぎりがよく合う。
 こってりとした口内をさっぱりとしたお茶、あと栄養が気になったので数少ない希望の実もついでに流せば、あっという間に食べ終わってしまった。

 いけるじゃないか、コンビニご飯。

 唇に残った油をペロリと舐め、おしぼりで指先を軽くぬぐう。
 ビニールにごみを詰め込み、ゴミ箱へ放り込んでふと思う。

 そういえばかつてはビニールなどのごみ処理に、世界中があくせくしていたらしい。
 今はダンジョンに埋めてしまえば、ものによって時間の差はあれどそのうち魔力へと変換されてしまう。
 電力から魔力への切り替えのため技術自体はさほど進んでいないが、ダンジョンの現れる前と比べて生きやすさは格段に上がっているのだろう。

 空高くへこぶしを突き上げ、大きくあくび。

 さて、今日からまた気合い入れて頑張りますか。



 ダンジョンへ行く前、なんとなしにステータスを開く。

「ステータスオープン」

―――――――――――――――

結城 フォリア 15歳
LV 117
HP 242 MP 575
物攻 229 魔攻 0
耐久 707 俊敏 778
知力 117 運 0
SP 60

スキル

スキル累乗 LV2
悪食 LV5
口下手 LV11
経験値上昇 LV3
鈍器 LV2
活人剣 LV1
ステップ LV1

称号
生と死の逆転

装備

カリバー(フォリア専用武器)

―――――――――――――――

「おお……」

 すると、なんかビビるくらいレベルが上がっていた。

 私が今行こうとしていたダンジョンは、もう潜り慣れたピンクなあそこ、『麗しの湿地』だ。
 だがこのレベル、ハリツムリのレベルすら倍上回っている今、次の段階へ向かうべきだろう。

 次の段階……そう、Fランクダンジョン。
 そしてここの近くにあるのは、私が一度殺された場所でもある、人型が多く存在する『落葉ダンジョン』だ。

 腕が震え、視界がぼやける。

 自分ではかつての状況を冷静に見れていると思っていたが、トラウマというものはそう簡単に消えてくれない。
 本当に潜っていいのだろうか、もしオークが斧を大きく振りかぶったとき、私は冷静に戦うことが出来るのだろうか。
 分からない。
 分からないけれど……立ち止まっていては、先に進めないことだけは分かる。

 ポケットに手を突っ込むと、最後の希望の実が指先に触れた。

 いけるさ、きっと。
 落ち着くためにいつも食べていたそれ、しかし今食べる必要はない。
 ただ軽く握りしめるだけ、それだけでも十分心は静寂に沈む。

 ここまで頑張ってきて、すべてを乗り越えてきた。 トラウマごとき、大した壁じゃない。
 『落葉ダンジョン』はFランクの中でも、難易度が最低レベルの物。その性質上多くの人が毎日潜っているし、『麗しの湿地』みたいに未確定な情報はほぼない。

 さあ、忌々しい過去の記憶を乗り越えよう。
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