上 下
142 / 363

第142話

しおりを挟む
 思考が巡る。
 考えれば考える程自分の失敗にへ目が行き、悪循環のループへと全身を引きずり込まれた。

 あの時どうすればよかったのだろう。
 あの学校にいる人を見捨てて町中を駆けずり回り、筋肉と共にボスを狙っていたらよかったのだろうか。
 私の目の前にいる人を助けたいというエゴのせいで、より多くの人を犠牲にしてしまったのだろうか。

 愚かで知識もない人間がしゃしゃり出た時、世の中の出来事は大抵ろくでもないことになる。
 贖罪に付き合う? 罪を認める? 本当に贖罪すべきは私だったではないか? 何も知らない人間が足を引っ張って、結局何もできずに誰かを犠牲にしてしまったお前こそが、本当に救いようもない人間じゃないのか?
 もう炎来での失敗を忘れたのか?

 全ては最初から手遅れだった。
 筋肉も言っていたじゃないか、人員が足りないせいで崩壊したんだと。

 じゃあ私があの時勝手についていき、足を引っ張らなければ助かっていたのかもしれないんじゃないか?
 全ては結果論、でも覆しようのない事実だ。

「くそ……」



 気が付くと月が真上へと昇っていた。

 あの思い出すだけで腹立たしい蚊の飛ぶ音が、呆然としていた私の意識の片隅を引っ掻き回し、ふと現実へと引き戻す。
 どうやら森の真ん中、小さな草原で私は暫く固まっていたらしい。

 考えを変える、か。
 私自身もダンジョンの崩壊によって巻き込まれて消えるところを、筋肉の機転によって運よく助かることが出来た。
 むしろこの幸運を喜ぼう。私一人でもこれに気付けて、何か対策を考えることが出来るのだから。

 彼が戦うなと言ってくれたから、あそこで死なずに済んだのだ。

 今は何も思い浮かばない。でも誰にも気付けないことに気付けたんだ、きっかけさえつかめればきっと対策はできる。
 そう、例えば筋肉やダンジョンの研究をしているという剣崎さん、そのほかにも世界中に強い人、えらい人はまだ沢山いる。
 ダンジョンについてはまだ知らないことばかり。たとえ小さな証言だろうと、子供の戯言だと一切を聞き入れないなんてありえない。

「よし、これと、これも持って帰ろう」

 草を掻き分け、地べたへ這いずり回る。

 滑らかに切り取られた石片、木々と融合した子供のおもちゃ。
 地面へ転がる歪な存在の証明をかき集め、砂や葉がくっついたまま次から次へとアイテムボックスへ放り込んでいく。

 小さなものでも証拠にはなる。
 一人でも偉い人が信じてくれれば、きっと、きっとどうにかなる。

「あれ……?」

 物を拾う手がふと止まった。

 そういえば何で筋肉はあの時戦うなと言ったんだ?
 そうだ、あの時も自分で考えたじゃないか。どうして彼ほど力のある人間が、レベル三万程度のモンスターから逃げ回っていた?
 何故わざわざ私と鹿鳴へ向かう時、ダンジョンの崩壊を食い止めるわけじゃなく、レベル上げの結果を見に行くだなんてわざわざ私に言って、覚えさせたのだ?
 なぜ私を連れて行こうとしなかった?


 なんで園崎さんはロシアの人類未踏破ラインダンジョンが崩壊するとき、明日には落ち着くと言い切れたのだ?


 まさか。

 ふと気付きかけた事実に、思わず蓋をしてしまう。
 だがそれは閉じきれなかった隙間から這い出し、私へと囁いた。
 
 これじゃまるで、最初から筋肉や園崎さんは、ダンジョンの崩壊によって最終的に何が起こるのを……

「あ……ふ……」
「何!?」

 草のざわめきに混じり、私は確かに小さな声を聴いた。

 動物か!? いや、でも確かに人間の声にも聞こえたような……
 もし本当に人だとしたら、こんな山奥の夜中にいる人だとしたら、それはきっと先日起こったダンジョン崩壊の犠牲者?

 あれからまだ二日しか経っていない。
 確か人は飲み食いなしで三日は生きていられるらしい、以前地震が起こった時のニュースで見た。
 生きている可能性は……あり得る。

「誰!? 誰かいるの!? いるなら何か合図を、音を出して!」

 声を張り走り回る。
 もし声が聞こえたのならそう遠くはない、かすれるようなそれは間違いなくすぐそばにいるはず。

 ああ、最低だ、私は。

 生きている人がいることに喜んでいる。
 自分のせいで多くの人が死んだかもしれないというのに、たった一人、偶然生き延びた人を助け出すことで、その後ろめたさから目を逸らそうとしている。

 一人でも救いたい。
 この苦しみが少しでもまぎれるのなら、罪悪感を少しでも薄めることが出来るなら。
 助けるから、助けて。

 右、左、周囲にはすくりと空へ伸びる木ばかり。
 木の裏にいるのかと回り込むが、人の影どころか小さな動物一匹とていない。

「気のせい……?」

 がくりと崩れ落ちる。

 幻聴だったのか。
 木の実か葉が落ちる音を、罪の意識から逃れるため私が、勝手に人の声だと解釈してしまったのだろうか。
 もしそうならば、必死に森の間を探し回る私の姿は、よほど滑稽な姿をしていただろう。

 臍の薄い皮膚を突き破った犬歯が、ぞりぞりと肉を撫で、噎せ返るほど口の中へ漂う錆臭さに悶える。
 噴き出すのはどこまでも自分本位で傲慢な己への苛立ち。

 背中を突き抜け、弱い風が草をなぎ倒していく。
 無様な私を嘲笑うように。
 だがしかし、一陣の風は、草に隠れていた人へ私を導くようにも見えた。

「あ……!?」

 図らずも声が零れる。

 フードから金髪を零し倒れていたその人は、夜空へ真夏の大三角形がくっきり見える程だというのに、分厚いコートを着込んでいた。
しおりを挟む

処理中です...