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第357話

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 誰とも違う、私だけの力。
 そう。


「この身体の、魔力との親和性さえあれば……きっとできる、はず」


 私は魔力との親和性がすごいいい……らしい。
 だから大量の魔力を吸い取ったりできるし、今は改善されているが外へ放出する――つまり所謂魔法――は使えなかったし、逆に大量の魔力を吸収し読み取った記憶からユニークスキル……いや、固有魔法を再現することすら出来るようになった。

 きっとカナリアの考える計画にはそれが必須条件だった。

「ああ、怖いなぁ……」

 ふと、かちかちと高い音が鳴り響く。

 どこだ、一体何処から。
 口元を抑え、やっと気づいた。

「……私か」

 震える口元を覆い隠す様に手を当て、でも震えはよりひどくなるばかりで。
 これじゃ指が震えてるのか口が震えてるのかもう分からない。


 でも私の体質がなに? そんなもので出来ることって?
 全てを教えてくれる人はもういない。
 この世界に逃げ延びてからぐるぐると思考を埋め尽くしていた疑問のヒントは、この一年間私の全てが始まり、そしてすべてを奪った……そう、ダンジョンにあった。

 崩壊の兆し、世界の罅を一時的とはいえ塞ぐダンジョンは、狭間の魔力を利用し創られている。
 そして一つ一つをカナリアが手掛ける余裕はない。それ故に魔力の記憶を利用し、アトランダムな環境、空想現実を問わない生物の再現……それがダンジョンという環境や、モンスターと呼ばれるものの正体。

 これがかつてカナリアから聞いたダンジョンシステムという存在。

 でも。
 魔力の記憶から読み取った、空想現実を問わない生物や環境の再現。
 それって逆説的に言ってしまえばつまり、そこに方向性を決める存在がいれば、そして必要な記憶さえ手に入ってしまえば、全てを復元することだってできるってことじゃないの?
 そうだ、必要な記憶と……魔法を発動させるための最低限の魔力さえあれば。

 例えば筋肉の手帳。
 私の世界に残されていたのはまっさらな手帳だけだったけど、そこに残った微かな『記憶』から次元の狭間に散らばった本来の記録をすべて引き寄せることが出来た。

 例えばクレストの魔法。
 彼の魔法は時を戻すけど、つまりそれって過去の状況に世界を書き換えるってこと。
 でも世界全てと同等の魔力を彼が持っているわけがない。彼がやっていたのもやっぱり、ある程度の『記憶』を用意し魔力の性質である同じ記憶を引き合わせることで、パズルが組み上がるかのように世界を再構築させた。

 例えばカナリアの編み上げた『ダンジョンシステム』。
 それは世界を丸ごと……いや、二つの世界すら囲ってしまえるほどの超大規模な魔法だけど、カナリア自体の魔力は私の世界にいた私より低く戦闘能力だって下だった。

 そう、世界を変えるために世界全ての魔力を集める必要はない
 巨大なものを動かすために同等の力が必要な訳じゃない。
 魔法を発動し周囲から引っ張る力を生み出す程度の魔力、そしてすべてを復元するための基点となる記憶、そしてすべての方向性を決める『意志』さえ一か所に集めれば。

「やらないと。もう、わたしにしかできないから」

 ぐいぐいと頬を押し自分を鼓舞する。

 魔力は、ある。
 私が魔蝕症を発症した時点で、私の力はカナリアを既に上回っていた。
 ダンジョンシステムを起動できたカナリアより上なのだから、当然それと同程度か以上の規模の魔法だってできるはず。

 基点も、ある。
 廃憶核。魔天楼で魔力を精製する際に生まれる大量の記憶、それを蓄積し隔離しておくための魔石。
 私はそれを大量に取り入れ、今この身体の中に渦巻いている。

 そして『意志』。
 私の意志さえあれば。


「できる。そういう、ことなんでしょ」


 もしカナリアがそう考えていたのなら、私を基点として全てを復元できるのではないかと考えていたのなら。
 全ての答えが導き出されてしまう。
 例え道中の過酷な戦いでカナリアが死んでも。
 彼女が彼女自身を投げ捨ててしまったとしても、全てを犠牲にしたとしても、私一人が生き残った方が全てが成功する可能性がある。

 もしブレイブさんが死んでいたとしても、狭間で魔力へ還元されていたとしても。
 私が魔天楼などから魔力や記憶を吸収すれば彼の魔法は復元できるから何の問題もない。

 もし緋色の剣を、クレストを封じる力を私に使ってしまったとしても。
 私がブレイブさんの『復元』をつかって自分の身体から再生させればいい。

 もし世界が滅びたとしても。
 私が魔力と記憶を体へ集積させて、全て復元すればいい。

 全部極端な仮定?
 私たちがここまでやってきたことは全て極端で、可能性の隙間を縫い潜り抜ける程に繊細で、なにより幸運に恵まれたことばかりだった。
 今更ちょっとばかり条件が追加されただけだ、砂糖とミルクが入っていないコーヒーを飲むよりは大したことじゃない。

『例えば、文字通り世界の艱難辛苦を背負うことで、万物を救うことが出来るとしたら……貴様は……きっと、それを選ぶのだろうな』


 あの時、魔天楼へ突入する直前で言っていた言葉が脳裏を過ぎった。
 ああ、やっぱりそういうこと・・・・・・なんだ。
 全部カナリアはあの時に分かっていて……でも私に告げることを躊躇った。

 カナリアは冷酷だ。
 目標を成し遂げるために大体なんでもする、例え誰かが傷付こうと必要なら関係は無い。
 でも残酷じゃない。
 確かに私が緋色の剣を再生させられる可能性は高かったかもしれないけど、別に深紅の剣で私を救わなくたってよかった。
 だって私が何にも気付かない場合だってあるし、それになによりクレストをそのまま刺してしまった方が確実で、魔天楼を確実に止められたのだから。

 結局目の前のそれを見捨てられなかった、彼女という人間を語るのにそれ以上の言葉は無い。

 そして今、私がいる。
 『託された』だなんて本当は言えない。
 全部偶然が繋がっただけ、本当は皆生きていたかったはず。

 たまたまだ、偶々私だけが今生きている。

「そう、だよ」

 全部まぐれだ。
 命を救ってもらったって別に、カナリアの意図に気付いたからって別に、私にその力があるからって別に、だからってやらなくちゃいけないわけ?

「だよ、ね」

 ここにいればいいじゃん。

 クレストは倒した、もう他の世界に行ったって何も出来やしない。
 いや、むしろ私が他の世界を探せばいいじゃん。力はあるしなんだってできる、死にもしない。
 楽だし、きっと楽しいこともいっぱいある。




 だって。


 だって成功するわけない。
 根拠はぜんぶ『かもしれない』ばっかり。握りしめた情報は全部聞きかじりのパッチワークで、隙間から透けて見えた可能性は朝の霧より薄く儚い。
 それに絶対苦しい、ぜったいに痛い、きっと耐えられない。
 取り入れるのだってギリギリだった魔力と記憶を全部操って、世界の再構築なんて馬っ鹿じゃないの?
 体がいくらあったって耐えられるわけない! 頭がおかしくなって狭間の魔力に溶けるのがオチだ!
 全部見えてる! 全部わかってる! ぜんぶぜんぶぜんぶぜんぶ分かり切ってるっ!


「――っ! …………それでもわたしは」


 あきらめられないの。

 だれかがどうだからじゃなくて、ただ、わたしが。
 どうしてもあきらめたくない。
 ぜったいにいやだ。

 だって。

「『リアライズ』」


 また、あいたいから。
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