紅~いつもの街灯の下で

いっき

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紅&克也編~1~

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 ゴールデンウィークに中間テストも終わり、佐原 克也(かつや)のクラスにも仲の良い友達同士で固まるグループが出来ていた。
 高校一年生の時点でクラスの中心になる生徒は大体、決まっている。運動部のエースや、見た目にも強そうなワル、もしくは誰もが認めるイケメンや美少女……そんな、良い意味でも悪い意味でも目立ったり、憧れの的や人気者となるような生徒達だ。
 教室の真ん中ではそんな、所謂、スクールカーストの最上位の者達がワイワイガヤガヤ、楽しげに雑談をしていた。

 一方の克也は、教室の片隅……一番奥の窓際の席で、ぼんやりと外を眺めていた。
「あー、鬱陶しい……」
 こんなにうるさいと、塾の勉強の予習もできやしない。
 彼はやる気なく、溜息を吐いた。
 窓の外のソメイヨシノは、入学当時にはあれだけ桃色の花弁を満開に輝かせていたのに、もうすっかり枝全体が緑の葉で覆われていた。

 そんな景色に想いを馳せていると、教室の中心から突如、荒々しい声が自分に向けられた。
「おーい、そこのガリ勉。なぁにをブスッとしてるんだぁ?」
 克也は顔をしかめた。その声の奥からは、クスクスという耳触りな笑い声や「放っとけって、あんな奴」なんて嘲り混じりに呟く声なんかが聞こえて、不快さにさらに拍車がかかった。
 その声の主は、河田……茶髪で耳のピアスをジャラジャラと鳴らした所謂、不良男子だ。時折、取ってつけたように克也のような地味な男子に絡んでくる。

(鬱陶しい。どこかに行ってくれ)
 心の中で克也は念じる……だけれども、それも虚しく河田はわざわざ席に寄って来て克也の座る椅子を掴み、ガタガタと揺らしてきた。
「俺、お前みたいな奴見てるとイラつくんだよ。学校来て、意味不明に勉強ばっかしてる奴」
 河田は口角を上げ、挑発的に嘲笑った。
(じゃあ、お前は何しに学校来てるんだよ)
 学生の本分は学業……それなのに、チャラチャラした格好をして、毎日馬鹿みたいに騒ぎ立てている奴こそ、克也にとっては苛立たしい。
 だけれども、彼にはそんなことを言う勇気もなくて……すっと席を立って教室の出口へと向かった。
「はぁ? キッショ。シカトかよ」
 河田は足を引っ掛けてきたけれど、克也はそれを避けて。横目でそいつのグループを睨んだ。

 河田がつるんでいるグループ……それは、アメフト部の斎藤とラグビー部の長谷。それに、こちらを見てやはり嘲るような笑みを浮かべている、金髪の派手系女子の藤岡 結奈(ゆな)。そして……壁に背をもたれて、こちらには全く無関心な様子でスマホをいじっている江崎 紅(くれない)。

 その日。無言で教室を立ち去る克也の中では、そいつらは全員、『敵』と認識されたのだった。


 終業のチャイムが鳴ると、克也はさっさと教室を出た。こんな教室にいたって、ろくなことがない。また不良な奴らに絡まれて、不快な思いをするだけだ。
 克也はどこからどう見ても地味な男子高校生……長く伸びすぎた黒色の前髪で黒ブチの眼鏡は隠れていたし、制服も規則通りの着こなしをしていた。

 中学時代には、特に何かにはまっていたわけでもないのに「オタク」と呼ばれ、それ相応の扱いを受けてきた。
 呼ばれる度に、「オタク」の定義って何なんだ……そう尋ねたかったけれど、そんなことも無意味な気がした。きっと、周囲にとっては何らかの要素を「オタク」と認識した時点から、そいつはもう「オタク」なんだ。

 廊下ですれ違うだけで、キラキラと派手な格好をした女子達は嫌そうな顔をして避ける。「キモっ」なんて声が聞こえるような気がする。
 克也はそれらを空気だと見なすことにしていた。煩わしい人間関係やらしょうもない嘲りなんて気にしなければどうってこともない。彼にはそれよりも、大切なことがあったのだ。

「今日もテスト、頑張らないとな……」
 毎日、塾で、学校で、勉強を積み重ねている。そう……将来、一流の大学に入って、誰もが羨む職に就いて、周囲を見返してやるために。
 所詮は高校なんていうちっぽけな井戸の中で仮初の地位に満足して、自分を嘲笑っている蛙達を見返してやるために……僕は周囲を無視して、今は勉強に専念するんだ。
 そんな想いを胸に、克也はほとんどの高校一年生が学業から解放されて伸び伸びとしている放課後も、塾へ直行するのだった。



 塾で行われた数学のテストは上々の出来で、克也は軽々とした足取りで家へ向かっていた。
 時間は六時半。しかし五月も末のその時期には、徐々に日が長くなっており、紅色に輝く西の空の夕焼けが藍色に塗り潰されるのには、まだ少し時間がかかりそうだった。

 だから、商店街に差し掛かって。少し寄り道でもしようかな……そう思った際に、彼の目には魚を型取った看板が映った。その店はペットショップみたいで、最近、新装開店したようだった。
(こんな所にペットショップが建ったんだ)
 克也は小学生時代を思い出した。
 近所のペットショップに陳列されている動物達が大好きで、放課後、毎日のように見に行っていた。フカフカのモルモットやハムスター、ウサギ……そんな小動物が、彼は大好きだったのだ。そのペットショップは克也が中学に入って暫くすると潰れてしまって、それ以来、彼がそんな動物達を目にする機会は格段に少なくなってしまったのだけれど……胸にとても懐かしい気持ちが込み上げて。彼の足は自然にそのペットショップの門をくぐった。

「わぁ、懐かしい……」
 つい、克也の口から漏れた。店の入り口近くには、ウサギとモルモットが陳列されていて……彼らは克也を見て、ヒゲと口をひくひくさせていた。
 そういえば、昔……こいつらを飼いたくて。だけれども、自分にはこういった小動物を買うだけのお金がなくて、毎日、店に見にくるのがとても楽しみだったなぁ。そんなことを思い出して、自然と顔は綻んだ。

 その時……店の奥から、聞き覚えのある女子の声と小さな子供の声が聞こえた。その声の主が目に入った瞬間、克也は咄嗟に店の棚に身を隠した。

(江崎 紅……)
 そう。両頬に笑くぼを作って小学生くらいの小さな女子に話していたのは、紛れもなく江崎 紅だった。彼女は克也には気付かない様子で、掌に小さなハムスターを乗せていた。
 しかし、『ペットショップ アーサー』と書かれたエプロンを下げた、眩いくらいのその笑顔はいつもの彼女からは想像もつかなかった。

(本当に、あいつ……江崎なのか?)
 掌の上で小さなハムスターをそっと柔らかく包み込む紅は白い八重歯を覗かせてまるで天使のような笑顔を見せて……キラキラと笑う女の子にそっとそのハムスターを手渡した。女の子は恐る恐る、覚束ない小さな手にハムスターを乗せて、ぬいぐるみみたいなそいつをそっと撫でて……彼女らは白い歯を見せて、輝くように笑い合っていたのだった。

 店を出た克也の胸は、ドクン、ドクンと高鳴っていた。
 自分が絡まれているのを、いつもすまし顔で見て見ぬふりをしているあの紅が、あんなに美しく……天使のような笑顔を浮かべて。その掌で、小さなハムスターを優しく包み込んでいて。

 このペットショップでアルバイトをしているのだろうか。それも意外なことだった。
 だって、克也にとっては、紅のような女子の放課後なんて、きっとクラスのワル達とカラオケやゲーセンなんかに入り浸るような生活だろう……そんな、偏見を持っていたから。

 いつもすまし顔で、絡まれている自分を見て見ぬふりをする紅……そんな彼女の学校では決して見せない笑顔を見た克也は、家に帰るまでの間。胸の高鳴りを抑えきれないでいたのだった。
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