紅~いつもの街灯の下で

いっき

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紅&克也編~1~

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 その日は割と早く仕事が終わった。
 ……というか、早く切り上げた、と言った方が正確かも知れない。
 だって、その前日、大学生くらいの変な奴らに絡まれて、あまり暗い時間までいるのは危険だと思い知ったから。誰もいない寂しい通りでいきなり四人組の男に取り囲まれて、手首を掴まれて……それは紅にとっても恐怖な出来事だった。

 でも……
 それからの展開を思い出した彼女の頬は紅色に染まり、顔はそっと綻んだ。
 必死で助けを探すその瞳が佐原 克也をとらえた時、彼女は最初、落胆した。それは、教室の中でいつも勉強ばかりしている暗い奴。関わったことは一度もないし、この状況で危険をおかしてまで女子を救う甲斐性があるとは思えなかった。
 自分と目が合った彼が早々と立ち去った時、「ああ、やっぱり……」と思った。
 クラスの中で絡まれている彼を見ても、自分は見て見ぬふりをしている。だから……彼が自分を見捨てても、彼を責める資格なんてないんだ。
 そんなことを思って……さらに落胆した時だった。何と、佐原は戻って来たのだ。男達を押しのけて自分の元へ来る彼は、普段見ているガリ勉の姿からは似ても似つかぬほどに頼もしく、かっこ良く思えて……紅の胸の中ではドキドキが止まらなかった。
 自分の手を取って走り出す彼は、窮地を救ってくれる王子様……子供の頃から憧れていたそれに、何処か重なってしまった。

 それからは他愛もない話をして別れたけれど……紅は暫く、克也の後ろ姿を見ていた。
 今来た道を反対方向に歩く彼……もしかして、私に合わせてここまで送ってくれた?
 そんな何気ない優しさが嬉しくて、紅の胸はさらにドキドキと高鳴ったのだった。

(あいつ……かっこ良かったな)
 あんな地味な男子、好みでも何でもないはずだった。それどころか、紅はクラスの男子……どんなにカッコいいと騒がれていようが、爽やかだと噂されていようが、毎日顔を合わせている男子には全く興味がなかった。

 だけれどもその日は、スマホをいじりながらもチラチラと克也の様子を目で追っていた。
 克也はやっぱりいつもと変わらず、机の上に問題集を広げて勉強ばかりしていて。余程、行きたい大学があるんだろうか……彼もクラスの女子には興味がないように思えた。

(だけれどもあいつ……昨日、帰り際に私のこと、『可愛い』って言ってくれたんだ……)
 それは、男子から言われ慣れている言葉のはずだった。でも、前日……克也の口から出たそれは、かつてないくらいに紅の心をときめかせたのだった。

 少し辺りが薄暗くなった帰り道……ぼんやりと歩いていた時だった。
「あっ……」
 前を歩くその後ろ姿を見て、紅の口からつい声が漏れた。
 もっさりとした黒髪で撫で肩で、いかにも自信なさげに歩く、眼鏡をしたその男子は……佐原 克也!
「こんばんは!」
 紅は前に歩く克也に聞こえるくらいの声を発した。
 すると、彼は一瞬立ち止まって辺りを見回したけれど、またすぐに何事もなかったかのように歩き出して……紅はむっとした。
「ねぇ!」
 思わず左手で克也の右肩を叩くと、彼はやっと振り向いて……思わず目を丸くした。
「江崎……さん」
 克也は紅が肩を叩いてまで話しかけてきたのが意外な様子で。そんな彼を見て、紅の頬は緩んだ。

 隣合って並ぶと、右の克也は自分より十センチほど身長が高くって。いつもは椅子に座っている克也しか見ていなかったから気付かなかったけれど、彼もやっぱり男子なんだって実感した。
「今まで……勉強してたの?」
 沈黙が気まずくって、紅は無言の克也に恐る恐る、話しかけた。
「あぁ……塾だった」
「そうなんだ。佐原って、いっつも勉強してるけど……余程、いい大学目指してんだ?」
「そうだな……それしか取り柄ないから」
 そこで会話が止まってしまった。
「取り柄ないって……昨日のあなた、カッコ良かったよ」なんてことは、照れ臭すぎて、とてもじゃないが紅には言えなかった。

 だから、紅は間を持たせるために自分のことを話すことにした。
「ねぇ、私さ。ペットショップでバイトしてるって言ったじゃん。ハムスターとか、ウサギとか、めっちゃ可愛くてさ。昔飼ってたハムスター、思い出して懐かしくって」
 すると……そんな他愛もない話に、意外にも克也は食い付いてきた。
「江崎さん、ハムスター飼ってたんだ。僕も昔……小学生の頃、ハムスターとかウサギとか好きでさ。よく近所のペットショップに行って、ケージ越しに眺めてたんだ」
「そうなんだ! 私も! 小学生の頃、毎日のようにペットショップで眺めてたよ」
「えっ……」
 克也は目を丸くして、自分の言葉に同調する紅を見た。
「江崎さんもそうだったんだ。何だか、意外……」
 克也の口から出る『江崎さん』に違和感を覚えて、紅は目を細めて彼を睨んだ。

「ねぇ、『紅』って呼んでよ。みんなから、そう呼ばれてるから」
「えっ……」
「だってさ、私達……クラスメイトなのに、いつまでも『江崎さん』なんて呼ばれたら、何だかよそよそしいじゃん」
「あ……うん」
 見る見るうちに萎んでいく克也には、前日の頼もしい彼の面影はなくって。紅は、何だか可笑しくって吹き出した。
「え……紅?」
 不思議そうな表情を浮かべる彼を、紅はまた睨んだ。
「それに! 意外って、どういうこと? 私が小動物を愛でるのって、そんなにおかしい?」
「そうじゃないけどさ。え……紅って、何かその……僕なんかと違う世界にいるような気がしてて」
「はぁ? 違う世界?」
 怪訝そうな顔を浮かべる紅に、克也はこくりと頷いた。
「だって、ほら。紅ってさ、いっつもクラスの中心のグループにいて。カッコいい男子とか、派手な女子とか、そんな人達と一緒で。だから、僕なんかとはまるで違うように思ってた」
「なぁに……」
 訳の分からないこと言ってんの?
 紅は、そんな言葉が出そうになった口を噤んだ。
 だって、紅も同じだったから。高校に入学してから、いつ見ても勉強ばっかりしている克也。そんな彼を、彼女もまた、違う世界にいるように思っていた。

 そんなことを考えて……紅もまた、黙り込んでしまって。並んで歩く二人の間をまた、微妙な沈黙が流れた。

 沈黙を保ったまま、前日、克也と別れた街灯の辺りに差し掛かって。紅は何かを思い付いたように「そうだ!」と言った。
「ねぇ、佐原。あんた、塾の帰り。うちのペットショップに寄って行きなよ」
「えっ……ペットショップに?」
「うん! 可愛いハムスターとか、ウサギとか、リスとかいっぱいいるからさ。今日はいつもより早く帰れたんだけど、普段はもっと遅くまで働いてるし、このくらいの時間、まだいると思う」
「で……でも、いいの? だって、紅、バイト中なのに」
「大丈夫、大丈夫。バイトとはいっても、あんまりやることもないし。佐原にとってもきっと、勉強の息抜きになるでしょ」
「そ……そうなんだ。じゃあ、お言葉に甘えて」
 街灯の下でおずおずと答える克也の顔はほんのりと赤くって。紅はそんな彼にニッと白い歯を見せて微笑んだ。
「それじゃあ、私の家、この辺りだから。また明日ね!」
「うん!」
 何処か嬉しそうに、今来た道と反対方向に歩く彼の後ろ姿を見送って……紅はあることに気がついた。
「あ、あいつ……」
 今日も、自分の家、遠回りしてくれたんだ……。

 その日も見せてくれた克也の何気ない優しさが嬉しくって。家へ向かう紅の顔は、幸せそうに綻んだのだった。
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