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沙也加&充編
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ベッドの上。キジトラにペロペロと頬を舐められて目を覚ました充は、暫くは何があったのか思い出せずにぼぉっとしていたが……だんだんと記憶を手繰り寄せるにつれて、顔からはサァッと血の気が引いていった。
「何てこと、しちまったんだ……」
クラスメイトの女子、それもあろうことか、清楚で無垢な沙也加を押し倒してしまった。
突然のことに驚き、恐怖のあまり涙を滲ませる彼女……記憶はそのシーンで途切れていたのだ。
「夢だ……そうだよ、悪い夢でも見てたんだ」
自らにそう言い聞かせてベッドから立ち退こうとしたのだが……可愛らしい猫のキーホルダーの付いた、見知らぬスクールバッグが部屋の真ん中に転がっているのを見て。
「何てことだ……」
夢ではない。この記憶は現実だ……そう、認めざるを得なかった。
ということは……。
充は頭を抱え込んだ。
気を失う前にやらかしたことが広まったら、明日から自分はクラスメイトを襲おうとした変態として教室内で排除されるだろうし……それどころか、刑事事件にも発展しかねない。
いや、それよりも何よりも……
充は昨日見た、沙也加の純真な笑顔を思い出した。
自分は傷つけてしまった。自分を信じてキジトラを託してくれた彼女の信頼を裏切って……寝不足でおかしくなってしまった突発的な行動とはいえ、そんなの許される訳がない。
後悔と自己嫌悪がグルグルと回って、充はガックリと項垂れてしまった。
『ピンポーン』
家のインターホンが鳴る。
だが、充には立ち上がる気力はなかった。
しかし……
『ピンポン、ピンポン、ピンポーン!』
何度もしつこく鳴るそれに、彼は顔をしかめた。
「うるせぇな。俺は今、それどころじゃねぇんだよ」
そう呟いて無視を続けた……その時だった。
「入るわよ!」『ガチャン!』
勝手に一階の扉を開ける音が響いて。
「はぁ?」
充は慌てて立ち上がった。
「ちょ、ちょっと、誰? 不法侵入……」
そこまで言った彼は、侵入者を見て息を飲んだ。
玄関にいたのは、これまた幼い頃から知っている美優紀と……その陰に隠れて怯えるようにこちらを見ている沙也加だったのだ。
「沙也加の忘れ物を取り返しにきたのと……河田。あんた、この娘に言うことあるでしょ!」
美優紀が両手を腰に当てて睨みつけると……充のいつもの威勢はどこへやら。小さく縮こまってしまったのだった。
*
部屋の真ん中では充と沙也加が向かい合って正座し、美優紀はその傍ら、腕を組んで彼らを凝視していた。ケージに入れられたキジトラはちょこんと座り、ただならぬ雰囲気を前に首を傾げていた。
「……で。河田、あんた! 沙也加に言うことは?」
「あぁ……沙也加、ごめん。つい……」
「はぁ、つい? あんた、それで済む問題と思ってんの?」
今にも彼をどつこうとする美優紀を、沙也加は慌てて制した。
「美優紀、落ち着いて……」
「あんたもあんたよ。あんな最低なことされて、こいつを許せるの?」
「それは、許せない……けど、」
その言葉に、充は下を向いてさらにシュンとした。
しかし、沙也加はケージの中で『ミャア……』と鳴いて心配そうにこちらを見つめるキジトラを見た。
「私も……この子猫を任せてしまって。それできっと、充くんも疲れてたのよ」
「いや、だからって。やっていい事と悪いことが……」
頬を膨らませながらケージを見る美優紀は、思わず言葉を止めた。じっとこちらを見つめるキジトラ……その粒らな瞳は澄んでいて、まるで吸い込まれそうだったのだ。
そんなキジトラを見ながら、沙也加は言葉を続けた。
「だから、私……明日からもここに来て、キジトラのお世話を手伝う! 許せるかどうかは、この子を大きく育てて。それから考えるわ」
「えっ……」
「はぁ?」
沙也加の口から出た意外な言葉に、充も美優紀も驚いて顔を上げた。
「あんた、何言ってんの? こいつ、またあんたを襲おうとしたらどうすんのよ?」
「でも、ちゃんと反省して謝ってくれたし……」
「そんなの信用できないでしょうが!」
美優紀が睨むと、沙也加はまた泣きそうな顔になった。それは幼い頃から変わらず、人を疑うことを知らない純粋な顔で。
(沙也加にはずっと、ピュアなままでいて欲しい)
そう願う美優紀は、「はぁ……」と溜息を吐いた。
「分かったわよ、分かった。好きなようにすればいいじゃない。その代わり……この家に来るって言うなら、私も必ず一緒に来るからね」
「えっ……」
「そりゃ、そうでしょ。あんたにもしものことがあったらって、私も心配で仕方ないし。こいつがおかしな動きしたら、ケーサツ呼んでやるから」
「美優紀……」
こんなにも自分のことを心配してくれている……親友の言葉に、沙也加は胸がジーンと熱くなった。
「ちょっと、待て。お前ら、何を勝手に……」
自分を置き去りにした決定に意義を唱えようとする充を、美優紀はギロリと睨んだ。
「何よ? あんたに拒否権はないわよ」
「はぁ?」
「本当ならケーサツ呼ぶところを、あんた。沙也加が優しすぎるから事なきを得てるだけなんだからね」
「ぐっ……」
最大の弱みを握られている充は、何も言うことができない。
そんな彼を見て……多少は怒りの和らいだ美優紀は、思わず吹き出した。
「それじゃあさ。私にも……キジトラ、触らせてよ。それで今日のところは良し、ってことにしてやるわ」
「……分かったよ」
充がケージを開けると、尻尾を真っ直ぐに立てたキジトラが嬉しそうにやって来て……
「きゃー!」
「可愛い!」
先刻までの修羅場から一転、その部屋には女子二人の黄色い歓声が響いた。
(一番やっかいな奴に、えげつない弱みを握られたな……)
心の底から深く溜息を吐きながら、充は渋々、キジトラを抱いて渡したのだった。
「何てこと、しちまったんだ……」
クラスメイトの女子、それもあろうことか、清楚で無垢な沙也加を押し倒してしまった。
突然のことに驚き、恐怖のあまり涙を滲ませる彼女……記憶はそのシーンで途切れていたのだ。
「夢だ……そうだよ、悪い夢でも見てたんだ」
自らにそう言い聞かせてベッドから立ち退こうとしたのだが……可愛らしい猫のキーホルダーの付いた、見知らぬスクールバッグが部屋の真ん中に転がっているのを見て。
「何てことだ……」
夢ではない。この記憶は現実だ……そう、認めざるを得なかった。
ということは……。
充は頭を抱え込んだ。
気を失う前にやらかしたことが広まったら、明日から自分はクラスメイトを襲おうとした変態として教室内で排除されるだろうし……それどころか、刑事事件にも発展しかねない。
いや、それよりも何よりも……
充は昨日見た、沙也加の純真な笑顔を思い出した。
自分は傷つけてしまった。自分を信じてキジトラを託してくれた彼女の信頼を裏切って……寝不足でおかしくなってしまった突発的な行動とはいえ、そんなの許される訳がない。
後悔と自己嫌悪がグルグルと回って、充はガックリと項垂れてしまった。
『ピンポーン』
家のインターホンが鳴る。
だが、充には立ち上がる気力はなかった。
しかし……
『ピンポン、ピンポン、ピンポーン!』
何度もしつこく鳴るそれに、彼は顔をしかめた。
「うるせぇな。俺は今、それどころじゃねぇんだよ」
そう呟いて無視を続けた……その時だった。
「入るわよ!」『ガチャン!』
勝手に一階の扉を開ける音が響いて。
「はぁ?」
充は慌てて立ち上がった。
「ちょ、ちょっと、誰? 不法侵入……」
そこまで言った彼は、侵入者を見て息を飲んだ。
玄関にいたのは、これまた幼い頃から知っている美優紀と……その陰に隠れて怯えるようにこちらを見ている沙也加だったのだ。
「沙也加の忘れ物を取り返しにきたのと……河田。あんた、この娘に言うことあるでしょ!」
美優紀が両手を腰に当てて睨みつけると……充のいつもの威勢はどこへやら。小さく縮こまってしまったのだった。
*
部屋の真ん中では充と沙也加が向かい合って正座し、美優紀はその傍ら、腕を組んで彼らを凝視していた。ケージに入れられたキジトラはちょこんと座り、ただならぬ雰囲気を前に首を傾げていた。
「……で。河田、あんた! 沙也加に言うことは?」
「あぁ……沙也加、ごめん。つい……」
「はぁ、つい? あんた、それで済む問題と思ってんの?」
今にも彼をどつこうとする美優紀を、沙也加は慌てて制した。
「美優紀、落ち着いて……」
「あんたもあんたよ。あんな最低なことされて、こいつを許せるの?」
「それは、許せない……けど、」
その言葉に、充は下を向いてさらにシュンとした。
しかし、沙也加はケージの中で『ミャア……』と鳴いて心配そうにこちらを見つめるキジトラを見た。
「私も……この子猫を任せてしまって。それできっと、充くんも疲れてたのよ」
「いや、だからって。やっていい事と悪いことが……」
頬を膨らませながらケージを見る美優紀は、思わず言葉を止めた。じっとこちらを見つめるキジトラ……その粒らな瞳は澄んでいて、まるで吸い込まれそうだったのだ。
そんなキジトラを見ながら、沙也加は言葉を続けた。
「だから、私……明日からもここに来て、キジトラのお世話を手伝う! 許せるかどうかは、この子を大きく育てて。それから考えるわ」
「えっ……」
「はぁ?」
沙也加の口から出た意外な言葉に、充も美優紀も驚いて顔を上げた。
「あんた、何言ってんの? こいつ、またあんたを襲おうとしたらどうすんのよ?」
「でも、ちゃんと反省して謝ってくれたし……」
「そんなの信用できないでしょうが!」
美優紀が睨むと、沙也加はまた泣きそうな顔になった。それは幼い頃から変わらず、人を疑うことを知らない純粋な顔で。
(沙也加にはずっと、ピュアなままでいて欲しい)
そう願う美優紀は、「はぁ……」と溜息を吐いた。
「分かったわよ、分かった。好きなようにすればいいじゃない。その代わり……この家に来るって言うなら、私も必ず一緒に来るからね」
「えっ……」
「そりゃ、そうでしょ。あんたにもしものことがあったらって、私も心配で仕方ないし。こいつがおかしな動きしたら、ケーサツ呼んでやるから」
「美優紀……」
こんなにも自分のことを心配してくれている……親友の言葉に、沙也加は胸がジーンと熱くなった。
「ちょっと、待て。お前ら、何を勝手に……」
自分を置き去りにした決定に意義を唱えようとする充を、美優紀はギロリと睨んだ。
「何よ? あんたに拒否権はないわよ」
「はぁ?」
「本当ならケーサツ呼ぶところを、あんた。沙也加が優しすぎるから事なきを得てるだけなんだからね」
「ぐっ……」
最大の弱みを握られている充は、何も言うことができない。
そんな彼を見て……多少は怒りの和らいだ美優紀は、思わず吹き出した。
「それじゃあさ。私にも……キジトラ、触らせてよ。それで今日のところは良し、ってことにしてやるわ」
「……分かったよ」
充がケージを開けると、尻尾を真っ直ぐに立てたキジトラが嬉しそうにやって来て……
「きゃー!」
「可愛い!」
先刻までの修羅場から一転、その部屋には女子二人の黄色い歓声が響いた。
(一番やっかいな奴に、えげつない弱みを握られたな……)
心の底から深く溜息を吐きながら、充は渋々、キジトラを抱いて渡したのだった。
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