人混みの中の『僕』

いっき

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市街地の中の小さな川だった。それは川といってもコンクリートでできた、ひどく殺風景なものだった。
毎日通過しているのに……目の端に入ったことはあるかも知れないけれど、僕の意識に入ったことはなかった。

そんな川原に、彼は僕を連れて来た。

「ちょっと……」

一体、どういうこと?
そう尋ねようとした僕は、振り返った彼の顔を見て……全身にゾクっと冷たいものが走った。

「うそ……」

彼……いや、その『僕』は、全身、血まみれだった。さっきはこんなこと、なかったのに。

「どうしたの、その怪我!?」

あまりに自分の理解が追いつかず、僕は混乱した。彼がもう一人の僕だということも信じられないし、聞きたいことは山ほどあったけれど、僕の口からは真っ先にその言葉が出た。

すると、彼は無表情な口調で話し始めた。

「あのまま、あっちに向かっていたら……」

「どうしたの! 一体、何が!?」

僕は食い入るように尋ねた。

だけれど……

「えっ……」

僕は思わず、辺りを見回した。

「どうして?」

いつの間にか、彼……もう一人の『僕』の姿は忽然と消えていて。僕はその殺風景な川原にただ一人、取り残されていた。
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