小説鬼

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僕は、『剣鬼』を書き上げた。
しかし、それは最初に用意していた結末ではない。


銑司が想い人に刃を突き立てようとした瞬間、想い人は悲しげな瞳で銑司を優しく見つめる。
銑司はその瞳を見た刹那、自分の殆どを支配しようとしていた『剣鬼』を抑え、我を取り戻す。
銑司は刀を捨て去り、想い人を抱き締める……。


僕はその結末で書き上げた作品を文学賞には応募せず……世良だけに読んでもらった。
それは、文学賞に向けて用意していたバッドエンドのホラー小説ではない。
僕の小説の一番のファン、世良だけに読んでもらうためのラブストーリー。

そして、僕の『咳』も治まった。
最後まで、僕の『咳』の原因は医師にも分からなかった。

しかし、僕はその『咳』に『小説鬼』という名を付けている。
小説の中に巣食う『鬼』。
自分の小説を書くことで自分自身を傷つけ、読む人をも傷つける『鬼』。

でも、自分の作品を読み続ける人がいる限り、僕は『鬼』に支配されたりなんかしない。
自分の中に……そして、小説の中に住み込む『鬼』を超える『感動』を産み出してみせる!

僕は今、この時間も原稿用紙と向かい合い、自分の魂を込めてこの小説を書き続けている。
僕の小説の一番のファンは、堂々と笑顔で読んでくれる。
僕が最も伝えたい、等身大の気持ちを綴ったこの小説を。

これからも僕が小説を書き続ける限り、自分の作品に『鬼』が憑かんとするかも知れない。
でも、小説は時に『鬼』になることがあったとしても……それ以上に読む人に感動と喜びを与えるものだと信じている。
だから、僕は書き続ける。
賞が取れなくても……一人でもいい。
自分の小説を読んでくれる人のために、僕は書き続ける!


『小説鬼』と名付けたこの作品を読んで、世良が昔のように、はちきれんばかりの笑顔を僕に向けてくれた。
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