サンタの教えてくれたこと

いっき

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最終章 火葬

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~最終章 火葬~

「聞いたわよ。あんた、手術中に助手のさっちゃんと対立したんだって?」
 一体、どこからそんな情報が回ってくるのか。遥はニッと笑って僕を見た。
「まぁ、否定はしないけど……ちゃんと、仲直りはしたよ」
 僕はぶっきらぼうに答えた。
「まさか、あんたがそんなことするなんてねぇ。でも……何だか、分かる気がするわ。あんた、私と似てるもの」
「えっ、僕と遥が?」
 不思議に思って遥の方を向くと、彼女はにっこりと笑った。
「ドライを装って、実は熱いとことか」
「いや、まぁ、そうかも知れないけど。それがどう関係……」
 すると彼女は、悪戯そうな笑みを浮かべた。
「だから……私も。実習中に術者と大喧嘩したのよ」
「えっ……マジで?」
 遥が言っていた手術中での対立……それは、自分のことだったのだ。
「そう、マジ。それで……私は思ってしまったな。私には臨床は向いてないって」
「へぇ……」
「あんたは、どう?」
 彼女は真っ直ぐに僕を見た。
「僕は……正直、自分の進路については迷っている。でも、手術中の対立があって、どういうわけか、僕は犬を救いたい……臨床の現場で、より多くの病気や傷ついた犬を守りたい。そんな想いが強くなったんだ」
 僕は今の……率直な想いを口に出した。
 すると、彼女は目を細めた。
「そっか……やっぱあんた、似てるわ」
「似てる?」
 彼女は頷いた。
「私が手術中に対立した奴に……」
「えっ、それって、遥。そいつのこと……」

 その時……彼女は艶やかな唇で、僕の唇を塞いで。僕達は暫し、目を閉じた。

 最後の外科学実習……肺の切除術が始まった。
 その日のサンタはどういうわけか、実習期間が始まる前と同じ……天真爛漫で、元気で。それが僕達の必死の想いの治療の成果なのか、それとも……サンタの精一杯の強がりなのかは分からなかった。
 ただ、麻酔をかけるために鎮静剤を留置針から投入する時。
「サンタ……」
 サンタはそれまでのように暴れたりはせずに、すっと針の刺さっている腕を差し出したのだ。それは、サンタが自らの運命を受け入れたのか……どういうことなのかは分からなかった。
 ただ、僕達を見つめるサンタの目は潤んでいて……僕達以上にサンタは、僕達との別れを惜しんでいる。まるで身勝手な人間のエゴなのかも知れないが、そんな気がした。

 そんなサンタに鎮静剤を投入するのは麻酔係の健斗だったのだが……この実習期間中、自己中で不甲斐ない部分ばかり見せてきた彼の目にも涙が浮かんでいた。
「健斗……打って」
 従順で大人しいサンタを保定する奈留の目にも涙が浮かんでいて……。健斗が涙ながらに打った鎮静剤によって、サンタはグッタリと、もう永遠に目覚めることのない眠りについた。

「肺切除術、始めます」
 手術台に寝かせ布を被せたサンタの前で術者の沙知が凛とした声を放った。
「メス!」
「はい!」
「鉗子!」
「はい!」

 器械係の僕は、彼女に付いてゆくのが……彼女の指示する器械を用意するのがやっとだった。
「すごい……」その言葉さえ陳腐に思えるほどに、沙知は手際よく鮮やかだった。
 迅速な手技で進む手術に美しい縫合……それは、僕のグループの皆が見惚れていた。まるで流れるように肺の一部切除が終了……それでもまだ、サンタの心電図のモニターは動いていた。

「……ペントバルビタール、用意して下さい」
「……はい」
 それは、安楽死用の薬。僕が注射針で吸って用意して……彼女に渡した。

ピッ、ピッ、ピッ……
 心電図のモニターの音が聞こえる。
 怖い……この音が消えるのが。
 きっと、僕のグループの誰もが逃げ出したかった。
 でも……だけれども。僕達は『獣医』として……この犬の手術に立ち会った者として、最期を見届けなければならない。

 沙知が薬剤を投入して。

ピー……

 心電図のモニター音が消失して。サンタの命の灯火が消えた。その瞬間……僕の目からは涙が吹き出した。
 サンタ達、実習犬は構内の焼却炉で燃やされた。それは廃棄物としてではなく、火葬で……僕達は手を合わせて、犬達の冥福を祈った。

 向こうでは渚が泣き崩れ、嗚咽を漏らしていて。その背中を三介がさすっていた。
 でも、火葬ではそんな様子だったのだけれど、手術では彼女は凛とした様子でしっかりと犬の最期を見届けていた。そんな強さと優しさ……三介は、彼女のそんな所に一番惚れているのだろう。

「なぁ……サンタってさ。僕達に教えてくれたよな」
 沙知の横に佇んで、上がる煙をぼんやりと見つめる僕の口から自然にその言葉が漏れた。
「獣医になるってことの意味……命を助けることって、どういうことか。それはきっと……臨床でなくても、獣医として動物に関わる仕事に就く以上、絶対に忘れたらいけないよな」
「えぇ……そうね」
 沙知の目から……手術中は決して流れなかった一筋の涙が頬を伝って落ちた。
「ねぇ、小島さん。僕達……いい獣医さんになろうな。命を捧げてくれた、サンタのためにも」

 その言葉に暫し沈黙を保った後……沙知は涙を浮かべながらも、悪戯っぽく僕に微笑んだ。
「私。あなたにあの綺麗な年上の彼女がいなかったら、惚れてたかもね」
「何だよ、それ。一時の気の迷いだよ」
 意識してかせずか、雰囲気を柔らかくしてくれた彼女の言葉に頭をかきながらも……沙知って何処か、遥に似ているかも知れない。
 僕はそう思ったのだった。
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