碧い月

いっき

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天使の涙

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 エレナがばったりと来なくなったのは、次の日からだった。
 いつものように外に出て、絵を描いて……だけれども、彼女のことが気になって。そのたびに、描きかけの彼女を見つめて……でもやはり、それを輝かせる自信がなくて。

『もし……私がいなくなったとしても』
 彼女のその言葉を思い出した。
 僕は彼女に悪いことを言ってしまったのだろうか。それとも……僕が彼女のことを知ろうとしなかったから?

 そんなどうしようもない想いをくすぶらせて、絵を描くことのできない日が続いた。キャンバスの前に座っていても、全く筆が進まなかった。あんなに自然に描けていたのに……まるで描き方を忘れてしまったかのようだった。

 空はまるで、吸い込まれそうなほどに青く澄んでいた。その下で僕は、やはり進まない筆を持ってぼんやりとしていた。
 絵って、一人で描けるものだと思っていた。しかし、その時の僕はまるで体の一部を失ったかのように……魂を失ったかのように、ただなす術もなく自らを浪費していた。

 待ち焦がれていた声がかけられたのは、僕がただひたすらに、真っ白になっていた時だった。
「お久しぶり」
 透き通るような声にどきりとして顔を上げると、ずっと会いたかったエレナがいた。しかし、天使のようだったその顔は以前より少しやつれていて、青白くなっていたような気がした。

「エレナ……どうしてたの? 何か……あった?」
 また会えた嬉しさと同時に壊れそうなほどの不安が僕の胸に押し寄せて、思わず尋ねた。しかし、彼女はそれには答えずにそっと白い歯を見せて微笑んだ。
「描いて」
「えっ?」
「私を……描いて」
 それは意外な言葉だった。彼女がどういう想いで僕にそう言ったのかは分からない。
 だけれども……今なら、エレナを輝かせることができるような気がした。キャンバスの上で、彼女の内に燃ゆる生命の灯火を存分に描けるような気がして……彼女を前に、僕は筆を走らせた。

 時の経つのを感じなかった。
 それは、僕と彼女の輝きが一体となった瞬間……自らの全てをもって、僕はそのキャンバスに、エレナの全てを表現した。

 僕がそのキャンバスの上で全てを表現した時には、西の空はもうオレンジ色に焼けていた。完成したその絵を見つめて、彼女はそっと頬を赤らめた。
「綺麗……」
 この目に映るエレナの輝き……内なる生命の灯火。僕は自分のできる限り、それをキャンバスに描き上げた。

 完成したその絵を見た彼女の瞳は夕陽を反射してややオレンジ色に輝き、そっと揺れた。
「ジョゼフ……ありがとう。嬉しい……こんなに綺麗に描いてくれて」
 その青い瞳からは一筋の涙が伝って落ちた。僕にはその涙が、彼女の抱える恐ろしいものを物語っているような気がして……
「エレナ……何か、あった?」
 僕は堪えきれずに、先刻の問いをもう一度尋ねた。

 すると、エレナの瞳からはまるで堰を切ったように大粒の涙が溢れ始めた。
「ジョゼフ……私、怖いの。死ぬのが怖くて……怖くて、堪らない」
 それは天使のような彼女が初めて見せる一面で……僕には全く事情が飲み込めなかった。ただ、壊れそうなほどに震える彼女……その小さな天使を、僕は思わず抱きしめた。エレナはただひたすらに、僕の胸を濡らし続けたのだ。
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