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第二話 雀宮朱音の事件
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高くなった日の光が冷えたアスファルトを暖めて始めている。
外観はいつもと変わらない二階建てアパート。しかし階段を上がると一番奥、204号室前にキープアウトのテープが貼られている。
探偵金田二郎の助手多摩川龍之介が例のごとく渡されたメモを読み上げている。
「被害者は雀宮朱音(すずめのみや あかね)さん21歳。隣人の証言によると、3月8日火曜の深夜にかすかに鼻を刺すような臭いがし、被害者宅へ行くも応答なし。翌日3月9日オーナーに電話し、オーナーが電話を掛けるも不在着信。3月11日オーナーがマスターキーで入ると」
「遺体として発見された」遺体があった場所に手を合わせる。
「はい。オーナーの対応が早ければ助かったかもしれないのに」思わず少々怠惰な対応の大人への怒りに拳を握る。
「言ってやるな。誰も急に人が死ぬなんて思わん」ポンと肩を叩き、被害者に手を合わせる。目を開けると金田の方へ歩み出す。
「おはようございます。警部。今日は早いですね」
「よう探偵…ぶえっくし!」
「うわ。警部、風邪ですか?」
「かもな。昨日少し冷えたからな」鼻をズビズビさせながら答える。
少し弱った姿に目を丸くし、多摩川が関心したように呟く。「警部って風邪ひくんですね」
「誰が馬鹿だ!」
「いや言ってないです」少し距離を置く。
「まあ確かに寒かったですからね」二人を宥めるためか、無意識か。いつもののんびりした口調で言う。
ガチャリと扉が開き、森が部屋に入ってくる。奥にその人物を捉え、大股で歩きはじめる。何か言おうとした先輩をスルーしてピタリと止まる。
「おはようございます!二郎さん!」綺麗な敬礼とともに威勢の良い挨拶をする。
うむ、おはよう。と答え、江藤を向く。
「では警部、今回の事件の詳細を…」
言い始めると「いや探偵」と待ってましたとばかりに右手でカットインする。
「今日はお前の出番は無しだ」得意げに言い放つ江藤。
「どういう事ですか?」
「この事件に、犯人なんてものは存在しない」渋めな声を作りゆっくりと語る。
「自殺という事ですか?」芝居がかった江藤に対して金田は神妙に聞く。
「正解だ。流石名探偵」皮肉がたっぷり入った返事に「むむむ…」と小さく唸る。
「亡くなった雀宮さんの死因は塩化ガスによる中毒死でした」森が告げる。
「そして、遺書もあった。SNSでの誹謗中傷により心が傷ついたそうだ。所謂、指殺人ってやつだな」
この言葉に全員の表情が曇る。指殺人。ここ数年でよく耳にするようになった言葉だ。
一つ深呼吸をして、金田が訊ねる。
「遺書にはなんて書いてあったんですか?」
「まあ遺書というにはちょっと違いますが…」
言いながら事件のメモと取り出し、ページをめくる。その音が止むとゴホンと咳払いをして話しだした。
「SNS上で、"こんな世界はもう嫌だ。私は死にます"と書き込んでいます」
「その次に、"エゴなんだ全て。当の本人が決めた事に。真意もなく。一縷の望みも無いまま攻撃される。老害はあんたらだ!"というメッセージを残したそうです」
そして、と言ってもう一枚紙をめくる。
「アルカリ性と酸性の薬品を混ぜ…、簡単に言うと混ぜるな危険を混ぜて塩素ガスを発生させたそうです」
塩素ガス自殺は楽に死ねない。雀宮の苦しみを感じ、多摩川の顔が青くなっていく。
ポン、と多摩川の肩を叩き金田が問う。
「警部、この最後のメッセージの意味は?」
「否定され続けた本人の言動に対する怒りだろうな」
かつて彼女が座っていたであろう机を見ている。その拳を握りしめながら。
「SNSを見たが、とても20歳そこそこで背負い込める量じゃねえよ」ぶっきらぼうに1枚の紙切れを渡した。
開いてみるとそこには、ネット上で雀宮朱音に浴びせられた罵詈雑言がビッシリと書き連ねてあった。
「許せません。こんなことあっていいんでしょうか」力強く発した言葉とは裏腹に、多摩川の目は潤んでいた。
「悔やまれるが、俺たちに出来ることを冥福を祈るだけだ」まだ一点を見つめたまま江藤が囁いた。
その場に全員が彼女に黙祷をしているかのような沈黙が流れた。と思ったのも束の間…。あの男が叫んだ。
「ちょっと待ってください!」
「二郎さん?」
「ま、まさか…?」嫌な予感がする、それも、ついこの間味わったばかりの。
悲しみと驚き、そして絶望を予感した多摩川の顔面にビシッと金田の指が差された。
「そう、これは恐らく殺人です。雀宮さんは何者かに自殺に見せかけて殺害された」
その言葉は落雷と同じレベルの衝撃を与えた。それは見落としていた何かに気付かされたも、新たな道を照らしてくれた訳ではない。"何言ってんだっー!?"この一言につきる。
ほんの数秒だが、誰もが動けなくなった。そんな中、いち早く麻痺から回復した森が消極的に言った。
「じ、二郎さん、流石に名探偵の二郎さんでもそれは無理がありますよ」
「いや名探偵ではないと思うけど…」
「そうだ探偵!彼女の死を認められないのは分かる。俺だってこんな理由で年端も行かない若者が亡くなるなんて……」柄にもなく想いを吐露した漢の背中を二人の若者が見つめている。
「いえ、この事件、何かおかしい」この男だけは別だ。
「きっと何か見落としている事があるはずです。それを見つけ出し、雀宮さんの無念を晴らします!」曇りの無い瞳が空に向けられた。
「二郎さん」
「どうしたんだい、六郎くん?」
「僕、感動しました!」
"え?"多摩川と江藤が同時に漏らした。
「二郎さんの真実への飽くなき信念。僕にも協力させてください!」
冷め切った江藤と多摩川とは真逆の、熱い眼差しを交わし合う金田と森。
「ありがとう。六郎くん」手を差し出す探偵。
「はい、二郎さん!」両手で受け取る新米刑事。
「それじゃ行くぞ二人とも!」
「やっぱり行くんですか…?」まだついて行けていない熱源体×2にため息混じりで答える。
「何言ってるんですか!?二郎さんが行くって言ったら行くんですよ!ダッシュですよ!!」
「いや、ダッシュする必要は……」
「うおぉーーー!!!」陸上競技の短距離走を想起させるフォームでアパートを飛び出していく。
「フッ、熱いやつだ」
「何スカしてんすか?」
言いつつも金田の後を走ってついていく。一瞬、何か引っかかるものを感じたが、気のせいだとすぐに忘れた。
2
昨日と同じ場所、同じ時間、同じ人。少し違いがあるとすれば探偵、金田二郎の瞳に宿る探偵魂の燃え具合といったところか。
揃ったとみると、いつもの挑発的な口調で江藤が切り出した。
「さて探偵、雀宮朱音さん殺害の真実とやらは見つかったか?」
「ええ。警部」
「なに!?」
江藤だけでなく、多摩川と森も同じように目をむく。
「ほんとですか!?」
「もちろん」
「うぉー、流石名探偵、金田二郎さん!!」
「まあもしホントに真犯人が分かったら本物の名探偵かもね」不安の中に期待の混じった声色になっている。
「じゃあ教えてもらおうか。どうやって犯人は雀宮さんを殺したのか!」
「ええ。まず思い出してください。犯行現場の状態を」
全員が一斉に考える人のポーズになり、記憶を掘り返す。遺体の状態、匂い、物の配置。それぞれが決め手となりそうな事を探していると、森が口を開いた。
「アルカリ性と酸性の液体を思いっきりぶちまけた感じだったような…」言いながら不安になる。
彼女は二つの性質を持つ家庭用洗剤を一つのバケツに溜め、その中身を一気に撒き散らした。最初に当たった壁から数メートル離れた結果まで飛び散っていたのだ。確かに、塩素ガスで自殺を図った場合、わざわざ撒く必要性は無い。
しかし、そんな事が本当にこの事件の謎を解く鍵なのか?だとしたらその行動にどんな意味が?考えるも答えが出ず、まだまだ名探偵金田二郎さんには遠く及ばないな。自らの未熟さを再認識した瞬間、、、パチン。
ハッと見ると音の主は鳴らした状態のまま、森を指している。目が合う。そこに宿る炎に心が躍ってしまう。今から名探偵金田二郎の推理ショーがスタートするのだ。そう確信した。
「それです。警察によると、雀宮さんが液体の入ったバケツの中身を思いっ切り撒き散らした。そうですね?」
「確かにそうだ」
「ではこの場合、雀宮さんの服、強いて言うならズボンの裾には飛び散ったシミができるはず。でもそれは無かった」
「そういえば雀宮さんの身体には液体が付着していまそんでしたね」現場メモを見ながら森が感嘆した声を出す。
「つまりこの液体は雀宮さんが帰宅する前に撒かれていたと考えられます」
全員の表情が変わる。これなら塩素ガス以外の死因が見つかるかもしれない。前回と違い、無理のない推理に「おぉ、それっぽい!」と多摩川が漏らす。
「ぬぬ、で…それで、どうなったんだ!?異臭のする部屋に入ったらすぐに気づくだろう!」
「確かに。それでは犯行は失敗してしまいます」森の表情がくもる。だがその不安も彼の一言が吹き飛ばす。
「そうですね。ですからそこを崩すのが大変でした」
「いったい、どんなトリックを?」江藤の顔が近づく。その眼力を間近で受けてもなお、いつも通り答える。
「それは」
「それは…?」
ゴクリ。誰かが唾を飲んだ。時が止まったかのようにただ名探偵の推理を待ち焦がれている。次に彼が発する言葉こそがこの事件の真実を示す光となるのだ。
「…」
この一瞬の沈黙。金田以外の3人にはどれ程の時間に感じられただろうか。
スーッ。金田が息を吸う。そして真実への扉が開かれた。
「なんなんでしょうね~?」
「…え?」
「はー!?」
そして助手が吠える。
「なんですかー、折角良い所まで行ってたのにー!」
「そんな…、二郎さんでも破れないトリックがあるなんて…」
「いや、ありまくりだよ!」
「フハハハハ!どうした探偵、貴様の推理はその程度か!?」
「いやそれ悪役の台詞!」
この二人は本当に警察なのか。そしてやはりこの男は迷探偵だったのか。この複数パターンの呆れを大声にのせて発散する。今の探偵助手にはそれが彼の心を保つ為に必要な行動だったと思う。
怒涛のツッコミ劇が終わると金田が「いえ…」と右手を出してきた。
「候補はあったんですけど、聞き込みの結果実行できる人がいなくて」
下を向いたまま言った探偵はなぜかバツの悪そうな感じを出していた。そんか彼の心境を察したのか、森が再びメモを開いた。
「SNS上での雀宮さんは雀宮さんではないですからね。本人の知り合いに彼女を嫌ってる人はいませんでしたし、アリバイもありましたからね」
「じ、じゃあ二郎さん。この事件の真相というのは…?」その答えは火を見るよりも明らかだが一応確認してみると。
「…自殺です」
やっぱり。そう思い小さく溜め息をつく多摩川の前を笑顔の江藤が横切り金田の下へ向う。立ち止まり、少し強めの勢いで左肩に自信の右手をドン、と乗せる。
「ま、そんなもんだろ。落ち込むなよ、探偵」
踵を返し「帰るぞ六郎」そう告げ大股で帰って行く。
「あ、はい。…二郎さん、次は二郎さんの頭脳が光ることを期待してます!」
「んー、次で出るかな~?」
背を向けた二郎教にギリギリ聞こえないボリュームで呟く。
バタンとドアが閉まると部屋に沈黙が訪れた。ふと金田の方に目をやるとまだ下を向いて難しい顔をしている。さすがに行き止まりで自殺を覆せなかったことを悔やんでいるのだろう。小さく息を吐き、歩み寄る。
「二郎さん、まあその、気を落とさないでくださいね」
ところが探偵の顔は更に険しいものになっていった。
「でも引っかかるんだよ」
「でも犯人になりうる人はいないんですよね?」
「ああ。でもまだ可能性はあるんだ」
意外な言葉が出てきた。先程話したトリックを使い、そしてその先まで実行できる真犯人。その可能性のある人物がいる。僅かながらの光明に引いていた血の気が戻ってくる。
「そうなんですか、じゃあそれを話さないと!」
しかし探偵は首を横に振った。
「これは100%憶測でしかないんだ。それに、なぜこんなことをするのか全く分からない」
感で進んだ先にも壁しか無い。その壁を壊す材料は何一つ無い。彼の考えていることは半ばファンタジーなのだろう。故に、ここから先へは進めない。迷探偵とは言え、真実を追い求める者として己の無力さを痛感しているのだろう。
つい数分前に江藤の掌を叩きつけられた左肩に多摩川が右手をそっと乗せる。
「二郎さん。とりあえず帰ってお茶にしましょう」
目を見て笑顔で語りかけると金田の表情も少しだが和らいだ気がした。
「そうだな。糖分が欲しいな。ケーキでも買って帰ろう」
「賛成です!」
金田の名推理とやらは未だ披露されていないが、探偵業としての誇り、人としての優しさを感じた2日間だった。帰り道で寄ったケーキ屋さんでケーキのほかにシュークリームとプリンも買っていたので中々の甘党だという情報も手に入れた。いつか彼の推理が光る日が来ればいいな、と心の中でエールを送った。
つづく。
外観はいつもと変わらない二階建てアパート。しかし階段を上がると一番奥、204号室前にキープアウトのテープが貼られている。
探偵金田二郎の助手多摩川龍之介が例のごとく渡されたメモを読み上げている。
「被害者は雀宮朱音(すずめのみや あかね)さん21歳。隣人の証言によると、3月8日火曜の深夜にかすかに鼻を刺すような臭いがし、被害者宅へ行くも応答なし。翌日3月9日オーナーに電話し、オーナーが電話を掛けるも不在着信。3月11日オーナーがマスターキーで入ると」
「遺体として発見された」遺体があった場所に手を合わせる。
「はい。オーナーの対応が早ければ助かったかもしれないのに」思わず少々怠惰な対応の大人への怒りに拳を握る。
「言ってやるな。誰も急に人が死ぬなんて思わん」ポンと肩を叩き、被害者に手を合わせる。目を開けると金田の方へ歩み出す。
「おはようございます。警部。今日は早いですね」
「よう探偵…ぶえっくし!」
「うわ。警部、風邪ですか?」
「かもな。昨日少し冷えたからな」鼻をズビズビさせながら答える。
少し弱った姿に目を丸くし、多摩川が関心したように呟く。「警部って風邪ひくんですね」
「誰が馬鹿だ!」
「いや言ってないです」少し距離を置く。
「まあ確かに寒かったですからね」二人を宥めるためか、無意識か。いつもののんびりした口調で言う。
ガチャリと扉が開き、森が部屋に入ってくる。奥にその人物を捉え、大股で歩きはじめる。何か言おうとした先輩をスルーしてピタリと止まる。
「おはようございます!二郎さん!」綺麗な敬礼とともに威勢の良い挨拶をする。
うむ、おはよう。と答え、江藤を向く。
「では警部、今回の事件の詳細を…」
言い始めると「いや探偵」と待ってましたとばかりに右手でカットインする。
「今日はお前の出番は無しだ」得意げに言い放つ江藤。
「どういう事ですか?」
「この事件に、犯人なんてものは存在しない」渋めな声を作りゆっくりと語る。
「自殺という事ですか?」芝居がかった江藤に対して金田は神妙に聞く。
「正解だ。流石名探偵」皮肉がたっぷり入った返事に「むむむ…」と小さく唸る。
「亡くなった雀宮さんの死因は塩化ガスによる中毒死でした」森が告げる。
「そして、遺書もあった。SNSでの誹謗中傷により心が傷ついたそうだ。所謂、指殺人ってやつだな」
この言葉に全員の表情が曇る。指殺人。ここ数年でよく耳にするようになった言葉だ。
一つ深呼吸をして、金田が訊ねる。
「遺書にはなんて書いてあったんですか?」
「まあ遺書というにはちょっと違いますが…」
言いながら事件のメモと取り出し、ページをめくる。その音が止むとゴホンと咳払いをして話しだした。
「SNS上で、"こんな世界はもう嫌だ。私は死にます"と書き込んでいます」
「その次に、"エゴなんだ全て。当の本人が決めた事に。真意もなく。一縷の望みも無いまま攻撃される。老害はあんたらだ!"というメッセージを残したそうです」
そして、と言ってもう一枚紙をめくる。
「アルカリ性と酸性の薬品を混ぜ…、簡単に言うと混ぜるな危険を混ぜて塩素ガスを発生させたそうです」
塩素ガス自殺は楽に死ねない。雀宮の苦しみを感じ、多摩川の顔が青くなっていく。
ポン、と多摩川の肩を叩き金田が問う。
「警部、この最後のメッセージの意味は?」
「否定され続けた本人の言動に対する怒りだろうな」
かつて彼女が座っていたであろう机を見ている。その拳を握りしめながら。
「SNSを見たが、とても20歳そこそこで背負い込める量じゃねえよ」ぶっきらぼうに1枚の紙切れを渡した。
開いてみるとそこには、ネット上で雀宮朱音に浴びせられた罵詈雑言がビッシリと書き連ねてあった。
「許せません。こんなことあっていいんでしょうか」力強く発した言葉とは裏腹に、多摩川の目は潤んでいた。
「悔やまれるが、俺たちに出来ることを冥福を祈るだけだ」まだ一点を見つめたまま江藤が囁いた。
その場に全員が彼女に黙祷をしているかのような沈黙が流れた。と思ったのも束の間…。あの男が叫んだ。
「ちょっと待ってください!」
「二郎さん?」
「ま、まさか…?」嫌な予感がする、それも、ついこの間味わったばかりの。
悲しみと驚き、そして絶望を予感した多摩川の顔面にビシッと金田の指が差された。
「そう、これは恐らく殺人です。雀宮さんは何者かに自殺に見せかけて殺害された」
その言葉は落雷と同じレベルの衝撃を与えた。それは見落としていた何かに気付かされたも、新たな道を照らしてくれた訳ではない。"何言ってんだっー!?"この一言につきる。
ほんの数秒だが、誰もが動けなくなった。そんな中、いち早く麻痺から回復した森が消極的に言った。
「じ、二郎さん、流石に名探偵の二郎さんでもそれは無理がありますよ」
「いや名探偵ではないと思うけど…」
「そうだ探偵!彼女の死を認められないのは分かる。俺だってこんな理由で年端も行かない若者が亡くなるなんて……」柄にもなく想いを吐露した漢の背中を二人の若者が見つめている。
「いえ、この事件、何かおかしい」この男だけは別だ。
「きっと何か見落としている事があるはずです。それを見つけ出し、雀宮さんの無念を晴らします!」曇りの無い瞳が空に向けられた。
「二郎さん」
「どうしたんだい、六郎くん?」
「僕、感動しました!」
"え?"多摩川と江藤が同時に漏らした。
「二郎さんの真実への飽くなき信念。僕にも協力させてください!」
冷め切った江藤と多摩川とは真逆の、熱い眼差しを交わし合う金田と森。
「ありがとう。六郎くん」手を差し出す探偵。
「はい、二郎さん!」両手で受け取る新米刑事。
「それじゃ行くぞ二人とも!」
「やっぱり行くんですか…?」まだついて行けていない熱源体×2にため息混じりで答える。
「何言ってるんですか!?二郎さんが行くって言ったら行くんですよ!ダッシュですよ!!」
「いや、ダッシュする必要は……」
「うおぉーーー!!!」陸上競技の短距離走を想起させるフォームでアパートを飛び出していく。
「フッ、熱いやつだ」
「何スカしてんすか?」
言いつつも金田の後を走ってついていく。一瞬、何か引っかかるものを感じたが、気のせいだとすぐに忘れた。
2
昨日と同じ場所、同じ時間、同じ人。少し違いがあるとすれば探偵、金田二郎の瞳に宿る探偵魂の燃え具合といったところか。
揃ったとみると、いつもの挑発的な口調で江藤が切り出した。
「さて探偵、雀宮朱音さん殺害の真実とやらは見つかったか?」
「ええ。警部」
「なに!?」
江藤だけでなく、多摩川と森も同じように目をむく。
「ほんとですか!?」
「もちろん」
「うぉー、流石名探偵、金田二郎さん!!」
「まあもしホントに真犯人が分かったら本物の名探偵かもね」不安の中に期待の混じった声色になっている。
「じゃあ教えてもらおうか。どうやって犯人は雀宮さんを殺したのか!」
「ええ。まず思い出してください。犯行現場の状態を」
全員が一斉に考える人のポーズになり、記憶を掘り返す。遺体の状態、匂い、物の配置。それぞれが決め手となりそうな事を探していると、森が口を開いた。
「アルカリ性と酸性の液体を思いっきりぶちまけた感じだったような…」言いながら不安になる。
彼女は二つの性質を持つ家庭用洗剤を一つのバケツに溜め、その中身を一気に撒き散らした。最初に当たった壁から数メートル離れた結果まで飛び散っていたのだ。確かに、塩素ガスで自殺を図った場合、わざわざ撒く必要性は無い。
しかし、そんな事が本当にこの事件の謎を解く鍵なのか?だとしたらその行動にどんな意味が?考えるも答えが出ず、まだまだ名探偵金田二郎さんには遠く及ばないな。自らの未熟さを再認識した瞬間、、、パチン。
ハッと見ると音の主は鳴らした状態のまま、森を指している。目が合う。そこに宿る炎に心が躍ってしまう。今から名探偵金田二郎の推理ショーがスタートするのだ。そう確信した。
「それです。警察によると、雀宮さんが液体の入ったバケツの中身を思いっ切り撒き散らした。そうですね?」
「確かにそうだ」
「ではこの場合、雀宮さんの服、強いて言うならズボンの裾には飛び散ったシミができるはず。でもそれは無かった」
「そういえば雀宮さんの身体には液体が付着していまそんでしたね」現場メモを見ながら森が感嘆した声を出す。
「つまりこの液体は雀宮さんが帰宅する前に撒かれていたと考えられます」
全員の表情が変わる。これなら塩素ガス以外の死因が見つかるかもしれない。前回と違い、無理のない推理に「おぉ、それっぽい!」と多摩川が漏らす。
「ぬぬ、で…それで、どうなったんだ!?異臭のする部屋に入ったらすぐに気づくだろう!」
「確かに。それでは犯行は失敗してしまいます」森の表情がくもる。だがその不安も彼の一言が吹き飛ばす。
「そうですね。ですからそこを崩すのが大変でした」
「いったい、どんなトリックを?」江藤の顔が近づく。その眼力を間近で受けてもなお、いつも通り答える。
「それは」
「それは…?」
ゴクリ。誰かが唾を飲んだ。時が止まったかのようにただ名探偵の推理を待ち焦がれている。次に彼が発する言葉こそがこの事件の真実を示す光となるのだ。
「…」
この一瞬の沈黙。金田以外の3人にはどれ程の時間に感じられただろうか。
スーッ。金田が息を吸う。そして真実への扉が開かれた。
「なんなんでしょうね~?」
「…え?」
「はー!?」
そして助手が吠える。
「なんですかー、折角良い所まで行ってたのにー!」
「そんな…、二郎さんでも破れないトリックがあるなんて…」
「いや、ありまくりだよ!」
「フハハハハ!どうした探偵、貴様の推理はその程度か!?」
「いやそれ悪役の台詞!」
この二人は本当に警察なのか。そしてやはりこの男は迷探偵だったのか。この複数パターンの呆れを大声にのせて発散する。今の探偵助手にはそれが彼の心を保つ為に必要な行動だったと思う。
怒涛のツッコミ劇が終わると金田が「いえ…」と右手を出してきた。
「候補はあったんですけど、聞き込みの結果実行できる人がいなくて」
下を向いたまま言った探偵はなぜかバツの悪そうな感じを出していた。そんか彼の心境を察したのか、森が再びメモを開いた。
「SNS上での雀宮さんは雀宮さんではないですからね。本人の知り合いに彼女を嫌ってる人はいませんでしたし、アリバイもありましたからね」
「じ、じゃあ二郎さん。この事件の真相というのは…?」その答えは火を見るよりも明らかだが一応確認してみると。
「…自殺です」
やっぱり。そう思い小さく溜め息をつく多摩川の前を笑顔の江藤が横切り金田の下へ向う。立ち止まり、少し強めの勢いで左肩に自信の右手をドン、と乗せる。
「ま、そんなもんだろ。落ち込むなよ、探偵」
踵を返し「帰るぞ六郎」そう告げ大股で帰って行く。
「あ、はい。…二郎さん、次は二郎さんの頭脳が光ることを期待してます!」
「んー、次で出るかな~?」
背を向けた二郎教にギリギリ聞こえないボリュームで呟く。
バタンとドアが閉まると部屋に沈黙が訪れた。ふと金田の方に目をやるとまだ下を向いて難しい顔をしている。さすがに行き止まりで自殺を覆せなかったことを悔やんでいるのだろう。小さく息を吐き、歩み寄る。
「二郎さん、まあその、気を落とさないでくださいね」
ところが探偵の顔は更に険しいものになっていった。
「でも引っかかるんだよ」
「でも犯人になりうる人はいないんですよね?」
「ああ。でもまだ可能性はあるんだ」
意外な言葉が出てきた。先程話したトリックを使い、そしてその先まで実行できる真犯人。その可能性のある人物がいる。僅かながらの光明に引いていた血の気が戻ってくる。
「そうなんですか、じゃあそれを話さないと!」
しかし探偵は首を横に振った。
「これは100%憶測でしかないんだ。それに、なぜこんなことをするのか全く分からない」
感で進んだ先にも壁しか無い。その壁を壊す材料は何一つ無い。彼の考えていることは半ばファンタジーなのだろう。故に、ここから先へは進めない。迷探偵とは言え、真実を追い求める者として己の無力さを痛感しているのだろう。
つい数分前に江藤の掌を叩きつけられた左肩に多摩川が右手をそっと乗せる。
「二郎さん。とりあえず帰ってお茶にしましょう」
目を見て笑顔で語りかけると金田の表情も少しだが和らいだ気がした。
「そうだな。糖分が欲しいな。ケーキでも買って帰ろう」
「賛成です!」
金田の名推理とやらは未だ披露されていないが、探偵業としての誇り、人としての優しさを感じた2日間だった。帰り道で寄ったケーキ屋さんでケーキのほかにシュークリームとプリンも買っていたので中々の甘党だという情報も手に入れた。いつか彼の推理が光る日が来ればいいな、と心の中でエールを送った。
つづく。
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