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 私が乃亜に買われた日 ③

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横浜駅から特急に乗り一駅。
私達は上大岡駅へと到着した。

『乃亜ちゃん。さっきも話した通り、これから行くところには彼が居る。それでも付いて来てくれる?』

『勿論です。月華さんを守るためについて来たんですからっ』

可愛い笑顔の乃亜。

彼とは、私が昨日まで交際していた、引きこもりの修斗さんだ。

私は彼と浮気相手を寝室に閉じ込め家を出た為、これから起こる事は容易に想像出来る。

恐らく私を見た彼は殴りかかってくるだろう。

その事を理解している彼女の表情は決して暗くならない。

彼女は強い。先程の出来事を経てハッキリした今、彼女は何よりも心強い味方だ。

『10分くらい歩くからね』

『はいっ』

こうして、私たちは改札をくぐり抜け、元自宅へと歩いて行った。




話しながら歩くこと10分弱、元自宅へと到着した私は、ポストを確認して開いた口が閉じないで居た。

  "キャッシングリボ払い滞納のお知らせ"

私名義のハガキにはそう書かれていた。

勿論身に覚えがない。
私は確かに貧しい生活を余儀なくされていたが、借金をしなくてもギリギリ生活できていた。

では何故、こんなハガキが届いているのか――答えは簡単。彼が借りたのだろう。

ハガキを送ってきたカード会社は、普段使いしていなかった、カードケースに眠っているカードだ。
コッソリ抜かれても気付かない。そんなカードが狙われたようだ。

『月華さん?大丈夫ですか?』

私を心配し、こちらを覗き込む彼女にもハガキの内容は見えているだろう。
にも関わらず、その話題に触れないのは彼女の優しさかそれとも―――――

『これ、彼氏さんに借りられちゃったんです?』

すぐに話題に触れた彼女は、全てを理解した上だったようだ。

『そうね……私ではない事は確かよ……』

乃亜にはここへくる途中で、私の生活のことについても話していた。

『控えめに言ってぶっ殺したいですね?』

彼女は嗤っていた。
ある程度私のことを知り、慕ってくれている彼女は、怒りを露わにし嗤っていた。

『物騒なこと言っちゃダメよ?まだ彼と決まったわけではないし…話しを聞いてからにしましょうか……』

私はポストに背を向け歩き始める。

私のカードを不正利用し、借金をしただろう彼の元へと―――――



玄関を開けた私の目に最初に飛び込んで来たのは、切り抜かれた寝室のドアだ。

私が接着剤とテープで固めたのはそのままに、ドアが人一人倒れるサイズに切り抜かれていた。

『あれが、月華さんが閉じ込めたというドアですか?』

興味津々にドアを見ながら口を開く乃亜。
なんか凄い楽しそうな彼女は更に口を開く。

『"元"彼氏さん会ってみたいな~』

『絶対に居るわよ。引きこもりだもんっ』

靴を脱ぎ部屋の中へ入り、リビングへと向かい歩いて行き扉を押し開ける。

『あ?月華…お前よくもやってくれやがったな』

酒臭く、乱雑に物が散らかっている部屋に、酒臭い彼。
物音に気が付き、こちらへ歩いてきていた彼は頬を赤く染めていた。

『昨日ぶり、あれから大丈夫だった?』

私は嗤う。彼を嘲笑うように、馬鹿にするように嗤う。

千鳥足でこちらへ向かってくる彼は、私を睨み付けている。

『お前が閉じ込めやがったせいで、あいつの旦那が押し掛けて来て『賠償金を請求する』とか抜かしやがった。どう落とし前つけてくれんだ?』

呂律の回らない彼。
今にも胃の中身を吐き出しそうな彼は未だ私へ向かい歩を進めている。

私との距離およそ2メートル。彼は右腕を引き、力を溜め私に殴りかかる―――――が、その右手は乃亜の手に捕まえられ、先程駅で見た光景が広がる。

『ねえ、修斗さん、これなぁんだ』

たっぷりと含みを持たせた私の笑みに、彼は応えない。顔を悲痛に歪ませた彼は答えられなかった。

『乃亜ちゃん、話が出来ないから離してあげて』

『はーい』

乃亜は腕の拘束を解き、彼を奥へ押し飛ばす。

『いってぇな。何しやがんだこのクソ女っ』

彼は乃亜へと叫ぶ。
負け犬の遠吠え、弱者の嘆き。見事なまでに滑稽な姿につい、笑みが溢れる。

『修斗さん。今は私が話しをしているの。これ何?私のカード上限は10万の筈よ?』

私が問いかけると、彼は私へ向き直り口を開く。
汚い顔で私を嘲笑うかのように話し始めた。


『上限はお前の携帯から俺が変えた。簡単なことだろ?メールは確認したほうがいいぞ?毎日朝と夜にコッソリ消していたから分からなかったか?』

『…………………………乃亜ちゃんダメよ?』

『…はい』

乃亜は彼が話終わる前にこちらへ目を向け『やって良いですか?』と視線で訴えかけていた。
そのため、彼の話が全然頭に入って居ない。

『今はそんなことどうでもいいんだよ。お前のせいで俺は金を要求されてる。いくらになるか分からないがどうしてくれるんだ?』

『働けば?』

『ふざけんなっっっ』

"バリン"とガラスが割れる音が部屋に響き渡る。

彼は手近にあった酒瓶に当たり散らした後、再度私に吠える。

『おめぇがあんなことしたからだよなあ?払うのはお前だ。さあ、どうする?身体でも売ってくるか?』

言いながら、私に近付く彼。

本当に、こんな男と付き合う人の顔が見てみたい。なんて思ってしまうほどに呆れてしまった。

『気が済むまで殴らせろ。動くんじゃねーぞ?』

一歩、また一歩と近付く彼は嗤っている。

『ボコボコにして、どっかの金持ちに売ってやるよ。せいぜい頑張ってくれよな』

彼の話しなんて一切聞いていなかった私は、乃亜へと視線を向ける。

『乃亜ちゃん?録音オッケー?』

『はいっ。オッケーです。やっていいですか?』

『許可します』

乃亜は頷き、彼との距離を詰める。

『邪魔だ。お前に用はない、どけっ』

先程の出来事を忘れたのか、彼は振りかぶった右手を乃亜へと突き出す―――――乃亜は身を低くし、軽々と躱して見せる。

そして次の瞬間。
反動を利用した、乃亜の右アッパーが彼の顎を跳ねさせる。

『うっっっ』

勿論乃亜はこれで終わらせない。
アッパーを受け、跳ね上がった彼の頭を両手で包み込み、引き寄せる。
次の瞬間、乃亜の右膝は彼の顔面に。鼻頭にめり込んでいた。

ドサッと音がした後の沈黙。
うめき声すらもあげない彼の屍へと歩み寄る乃亜。
私から見えた乃亜の横顔は嗤っていた。

『月華さん。私のカバンから手錠と縄取ってもらって良いです?』

『…………はい?なんて?』

おかしいな。
今変な言葉が聞こえて来た気がする。

『ですから――――"手錠"と"縄"を取ってください』

『………はい』

聞き間違えでは無かったようだ。
彼女が持ってきていたリュックを開けると、手錠と麻縄が本当に入っていた。

おもちゃだとは思うが、かなりしっかり作られたそれの、使用用途は考えない方が良いだろう。

『……乃亜ちゃん…………これっ』

『ありがとうございます。彼を拘束するので、手伝ってください』

『はいっっっ』

こうして、私たちは引きこもりニートを拘束し、彼が目を覚ますまで荷造りをして待つことになった。




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