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僕の再出発と彼女。
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僕は今、1ヶ月半ぶりにスーツに袖を通している。
昨日、新たに仕立てたスーツの固くしっかりした着心地につい顔を顰めてしまう。
わざわざ新しくスーツを仕立てたのは、前の会社での不甲斐ない自分と訣別するため。
僕は今日から仕事が始まる。
やっと引きこもりを卒業するのだ。
『蓮太郎さんっ、やっぱりスーツカッコいいですねっ』
『ああ、ありがとう瑠奈ちゃん』
洗面所へ入ってきた彼女は僕の目の前まで歩いてきて、こちらを見上げてくる。まるで―――昨日抱きしめてしまった時のように。
『蓮太郎さんのスーツ姿ずっと好きだったんですよね、なんか...大人の人って感じですっ』
『みたい。じゃなくて、ちゃんと大人だからね』
2人頬を朱に染め、笑い合う。
この日常がもうすぐ終わってしまうことを考えながら―――
『それじゃ、行ってくるよ瑠奈ちゃん』
『はい、これお弁当です。頑張ってきてくださいねっ』
玄関で靴を履き、見送りに来てくれた彼女へ向き直ると、黒の巾着に包まれたお弁当をこちらへ差し出してくれる。
『え、良いの?ありがとっ』
つい、語尾が跳ねてしまう。
母親以外にお弁当を作ってもらったのが初めてで、なんと言えばいいのか―――
『ふふ、蓮太郎さん今すっごい可愛い顔してますよっ』
『やめてくれ。嬉しいんだから仕方ないだろ』
どんどんと顔が熱くなるのを自覚するが、彼女は待ってくれないらしい...
『それでは、可愛い蓮太郎さん行ってらっしゃい』
僕を見る彼女の目は優しい―――自分の子供に向けるような、そんな笑み。
僕はつい、恥ずかしくなり目を逸らす―――
『行ってきます』
僕は玄関を開け、外へ、新しい職場へと向かって行く。
*********************
私は、蓮太郎さんが出ていった後、玄関の前から一歩も動けないで居ます。
お弁当を喜んでくれた嬉しさと、彼を見送れることへの嬉しさ。可愛い顔が見れたのも凄い嬉しかった。
でも私は嬉しすぎて動けないでいる訳ではない。
(また"ぎゅっ"ってされたかった)
そう、私は抱きしめられたかった。
この前みたいに、優しく抱きしめられたかった。
蓮太郎の腕の中は心地良すぎて、優しく、柔らかく、温かい。
もう一度あの感触を味わいたくて朝から距離を詰めてみたが、ダメだった。
そもそも、前回抱きしめられた後の蓮太郎の態度は、バタバタしていて、"やってしまった"と顔に書いてあるようだった。
おそらく衝動的になってしまったんだと思う。それに彼の中ではいけない事なんだとも思う。
それでも私は、また抱きしめられたい。その先立って見据えている程だ。
(早く帰ってこないかな~)
今出ていったばかりなのに、もう帰りを待ち侘びている。
私はどれほどまでに彼を求めているのか。
今後すぐ彼と離れる。その時私は耐えられるのか。
分からない。いや無理だと思う。
もう蓮太郎が居ない生活なんて考えられなくなってしまった。
私はダメな子だ。
優しい蓮太郎さんに甘え、寄生しようとしてる。
蓮太郎さんはダメな人だ。
そんな私を拒まないで、受け入れてくれた。
私たちはダメダメだ。
お互い大切なことを口にすることなく、ただ寄り添い合うだけなんだから―――
*********************
『姫野さん。お久しぶりです』
僕が到着すると、1人の女性社員が出迎えにきてくれている。
黒く長い手入れのされた髪は腰にまで届き、シュシュで二つに束ねられている。
垂れ目がちな大きな瞳に整った鼻と口のバランスが良く配置されていて、それをメガネがひき締める。
分かりやすく言えば知的な美人。こと、僕の元取引相手の福原 玲奈(ふくはら れな)だ。
年は26で僕の一つ下で優しく、相手を思いやれる。そして仕事ができる良い人だ。
『福原さん今日からよろしくお願いします』
『はい。こちらこそお願いします』
ニコリと優しく微笑む彼女に連れられ、オフィスの中へ―――綺麗で大きいこの会社。何度か取引に来た時密かに憧れていた。
ついに僕は、この会社で、尊敬する及川の元で働ける。ついつい顔が綻んでしまう。
『姫野さんが来たら部長の元へ連れてこいと言われているので、ついてきてください』
『及川さんですね。お願いします』
彼女に案内され、定員20人ほどのエレベーターへ乗り込む。
エレベーターに乗り込み、他の乗客がいない事を知った彼女が口を開く―――
『私、楽しみにしてたんですよ?』
先ほどよりもフレンドリーに、距離が近づいた彼女へ蓮太郎も応じる。
『僕もだよ、玲奈。元気にしてた?』
『はいっ。蓮太郎くんも元気そうで何よりです。聞きましたよ、あの会社最悪ですね』
『及川さんか...あんまり広めないでくれよ?僕の落ち度もあるからね...』
『わかってますよっ。私が蓮太郎くんの傷付く様なことする訳ないじゃ無いですか』
『それならよかったよ...』
つい、昔の。まだ学生だった頃の口調に戻ってしまう僕達。
僕と玲奈は高校の先輩後輩―――だ。
僕は高卒でそのまま、前の会社に。
玲奈は有名私立大を卒業後今の会社に。
僕のが5年も早く社会に出たのに、やはり学歴がモノを言う世界。有名私立大を卒業した彼女のが年収も地位も上になっている。
『蓮太郎くん...これから、また、あの頃みたいによろしくねっ?』
『う、うん。こちらこそ』
僕は曖昧な返事しか返せない。
今、彼女が口にした"あの頃"は―――彼女が僕に恋して、僕がそれに応えられずに、彼女の前から逃げた頃のことなんだから―――
僕はこの10年間、こと恋愛、異性に関しては一切成長してないだろう。
『蓮太郎くん?』
成長してるなら、きちんと断れたはずなのだから――――――――
______________________________________________
最後まで読んでいただきありがとうございます。
良ければいいね、コメント、フォローお待ちしております。
合わせて感想やご意見なども募集しておりますので是非聞かせてください。
昨日、新たに仕立てたスーツの固くしっかりした着心地につい顔を顰めてしまう。
わざわざ新しくスーツを仕立てたのは、前の会社での不甲斐ない自分と訣別するため。
僕は今日から仕事が始まる。
やっと引きこもりを卒業するのだ。
『蓮太郎さんっ、やっぱりスーツカッコいいですねっ』
『ああ、ありがとう瑠奈ちゃん』
洗面所へ入ってきた彼女は僕の目の前まで歩いてきて、こちらを見上げてくる。まるで―――昨日抱きしめてしまった時のように。
『蓮太郎さんのスーツ姿ずっと好きだったんですよね、なんか...大人の人って感じですっ』
『みたい。じゃなくて、ちゃんと大人だからね』
2人頬を朱に染め、笑い合う。
この日常がもうすぐ終わってしまうことを考えながら―――
『それじゃ、行ってくるよ瑠奈ちゃん』
『はい、これお弁当です。頑張ってきてくださいねっ』
玄関で靴を履き、見送りに来てくれた彼女へ向き直ると、黒の巾着に包まれたお弁当をこちらへ差し出してくれる。
『え、良いの?ありがとっ』
つい、語尾が跳ねてしまう。
母親以外にお弁当を作ってもらったのが初めてで、なんと言えばいいのか―――
『ふふ、蓮太郎さん今すっごい可愛い顔してますよっ』
『やめてくれ。嬉しいんだから仕方ないだろ』
どんどんと顔が熱くなるのを自覚するが、彼女は待ってくれないらしい...
『それでは、可愛い蓮太郎さん行ってらっしゃい』
僕を見る彼女の目は優しい―――自分の子供に向けるような、そんな笑み。
僕はつい、恥ずかしくなり目を逸らす―――
『行ってきます』
僕は玄関を開け、外へ、新しい職場へと向かって行く。
*********************
私は、蓮太郎さんが出ていった後、玄関の前から一歩も動けないで居ます。
お弁当を喜んでくれた嬉しさと、彼を見送れることへの嬉しさ。可愛い顔が見れたのも凄い嬉しかった。
でも私は嬉しすぎて動けないでいる訳ではない。
(また"ぎゅっ"ってされたかった)
そう、私は抱きしめられたかった。
この前みたいに、優しく抱きしめられたかった。
蓮太郎の腕の中は心地良すぎて、優しく、柔らかく、温かい。
もう一度あの感触を味わいたくて朝から距離を詰めてみたが、ダメだった。
そもそも、前回抱きしめられた後の蓮太郎の態度は、バタバタしていて、"やってしまった"と顔に書いてあるようだった。
おそらく衝動的になってしまったんだと思う。それに彼の中ではいけない事なんだとも思う。
それでも私は、また抱きしめられたい。その先立って見据えている程だ。
(早く帰ってこないかな~)
今出ていったばかりなのに、もう帰りを待ち侘びている。
私はどれほどまでに彼を求めているのか。
今後すぐ彼と離れる。その時私は耐えられるのか。
分からない。いや無理だと思う。
もう蓮太郎が居ない生活なんて考えられなくなってしまった。
私はダメな子だ。
優しい蓮太郎さんに甘え、寄生しようとしてる。
蓮太郎さんはダメな人だ。
そんな私を拒まないで、受け入れてくれた。
私たちはダメダメだ。
お互い大切なことを口にすることなく、ただ寄り添い合うだけなんだから―――
*********************
『姫野さん。お久しぶりです』
僕が到着すると、1人の女性社員が出迎えにきてくれている。
黒く長い手入れのされた髪は腰にまで届き、シュシュで二つに束ねられている。
垂れ目がちな大きな瞳に整った鼻と口のバランスが良く配置されていて、それをメガネがひき締める。
分かりやすく言えば知的な美人。こと、僕の元取引相手の福原 玲奈(ふくはら れな)だ。
年は26で僕の一つ下で優しく、相手を思いやれる。そして仕事ができる良い人だ。
『福原さん今日からよろしくお願いします』
『はい。こちらこそお願いします』
ニコリと優しく微笑む彼女に連れられ、オフィスの中へ―――綺麗で大きいこの会社。何度か取引に来た時密かに憧れていた。
ついに僕は、この会社で、尊敬する及川の元で働ける。ついつい顔が綻んでしまう。
『姫野さんが来たら部長の元へ連れてこいと言われているので、ついてきてください』
『及川さんですね。お願いします』
彼女に案内され、定員20人ほどのエレベーターへ乗り込む。
エレベーターに乗り込み、他の乗客がいない事を知った彼女が口を開く―――
『私、楽しみにしてたんですよ?』
先ほどよりもフレンドリーに、距離が近づいた彼女へ蓮太郎も応じる。
『僕もだよ、玲奈。元気にしてた?』
『はいっ。蓮太郎くんも元気そうで何よりです。聞きましたよ、あの会社最悪ですね』
『及川さんか...あんまり広めないでくれよ?僕の落ち度もあるからね...』
『わかってますよっ。私が蓮太郎くんの傷付く様なことする訳ないじゃ無いですか』
『それならよかったよ...』
つい、昔の。まだ学生だった頃の口調に戻ってしまう僕達。
僕と玲奈は高校の先輩後輩―――だ。
僕は高卒でそのまま、前の会社に。
玲奈は有名私立大を卒業後今の会社に。
僕のが5年も早く社会に出たのに、やはり学歴がモノを言う世界。有名私立大を卒業した彼女のが年収も地位も上になっている。
『蓮太郎くん...これから、また、あの頃みたいによろしくねっ?』
『う、うん。こちらこそ』
僕は曖昧な返事しか返せない。
今、彼女が口にした"あの頃"は―――彼女が僕に恋して、僕がそれに応えられずに、彼女の前から逃げた頃のことなんだから―――
僕はこの10年間、こと恋愛、異性に関しては一切成長してないだろう。
『蓮太郎くん?』
成長してるなら、きちんと断れたはずなのだから――――――――
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