まばたき一つ

仁科佐和子

文字の大きさ
1 / 1

まばたき一つ

しおりを挟む
  短い命の象徴、カゲロウ。
とあるカゲロウの成虫は、数時間しか生きられない。

 人の寿命に照らしてみれば、ほんのまばたきひとつの間。

 カゲロウたちはこの瞬間ときに短く儚い命を燃やす。

 何万匹もの大群は川辺を白く染め上げる。

 まじわり、卵を産み落とし、やがては紙吹雪のようにヒラヒラその身を散らしながら3億年の営みを次の世代に繋いでいく。

 それはまばたきひとつの間。


 地を出たセミの成虫は、一週間しか生きられない。

 木々の寿命に比べてみれば、ほんのまばたきひとつの間。

 燦然と輝く太陽にジリリとその身を焼かせつつ声を限りに鳴きながら、ひと夏の恋に命を尽くす。

 光届かぬ土の中に、輝く命が還るよう、木々に卵を産みつけて、セミは大地に転がった。

 それはまばたきひとつの間。


 人生100年時代とて、一世紀しか生きられない。 

 地球の寿命に合わせてみれば、ほんのまばたきひとつの間。

 考え、惑い、泣き、笑い、人は一つの軌跡を残す。

出会いと別れ。
安堵と懺悔。
繰り返しながら命をつなぐ

 それはまばたき一つの間。


 すべての命は地球ほしの上。
地球ほしがなければ生きられない

 宇宙の寿命になぞらえてみれば、ほんのまばたきひとつの間。

 数多あまたの命をその身に乗せて、世界が終わるその日まで、地球は軌道の上を回る。

 悲喜こもごもの感情も、それぞれ背負って来た重荷も、培ってきた関係も、ささやきあった愛の言葉も。
 何もかもをのせたまま、やがて地球は太陽に呑まれる。

 それはまばたきひとつの間。


 一つの命を昇華して、あなたは何になろうというのか。

 絶望の中にのたうち回って、あなたは何を成そうというのか。

 口汚く罵られ追い立てられて、身も心もズタボロになっても、歯を食いしばり立ち続ける。

 やがて心にぽっかり穴が空いて、流す涙も枯れ果てたとき、何がその手に残るというのか。

 それはまばたきひとつの間。


 目を閉じ次に開くまでの間に、この世界はついえるだろう。

 それでも命あるものは、その使命を全うせんと賢明になって生きるのだ。
カゲロウもセミもヒトも、儚い命を燃やすのだ。

 だからせめてあなたに贈ろう。

その目に彩りを。
その耳にねぎらいを。
その心に敬愛を。

 まばたきの前夜には、暗闇の中でどうか思い出してほしい。
あなたは決して一人ではないと。
 そうすれば目を開いたとき、あなたの目の前には新しい世界が広がっているかも知れない。

 全てはまばたきひとつの間。
しおりを挟む
感想 0

この作品の感想を投稿する

あなたにおすすめの小説

生贄姫の末路 【完結】

松林ナオ
児童書・童話
水の豊かな国の王様と魔物は、はるか昔にある契約を交わしました。 それは、姫を生贄に捧げる代わりに国へ繁栄をもたらすというものです。 水の豊かな国には双子のお姫様がいます。 ひとりは金色の髪をもつ、活発で愛らしい金のお姫様。 もうひとりは銀色の髪をもつ、表情が乏しく物静かな銀のお姫様。 王様が生贄に選んだのは、銀のお姫様でした。

童話短編集

木野もくば
児童書・童話
一話完結の物語をまとめています。

独占欲強めの最強な不良さん、溺愛は盲目なほど。

猫菜こん
児童書・童話
 小さな頃から、巻き込まれで絡まれ体質の私。  中学生になって、もう巻き込まれないようにひっそり暮らそう!  そう意気込んでいたのに……。 「可愛すぎる。もっと抱きしめさせてくれ。」  私、最強の不良さんに見初められちゃったみたいです。  巻き込まれ体質の不憫な中学生  ふわふわしているけど、しっかりした芯の持ち主  咲城和凜(さきしろかりん)  ×  圧倒的な力とセンスを持つ、負け知らずの最強不良  和凜以外に容赦がない  天狼絆那(てんろうきずな)  些細な事だったのに、どうしてか私にくっつくイケメンさん。  彼曰く、私に一目惚れしたらしく……? 「おい、俺の和凜に何しやがる。」 「お前が無事なら、もうそれでいい……っ。」 「この世に存在している言葉だけじゃ表せないくらい、愛している。」  王道で溺愛、甘すぎる恋物語。  最強不良さんの溺愛は、独占的で盲目的。

あなのあいた石

Anthony-Blue
絵本
ひとりぼっちだったボクは、みんなに助けられながら街を目指すことに。

きたいの悪女は処刑されました

トネリコ
児童書・童話
 悪女は処刑されました。  国は益々栄えました。  おめでとう。おめでとう。  おしまい。

理想の王妃様

青空一夏
児童書・童話
公爵令嬢イライザはフィリップ第一王子とうまれたときから婚約している。 王子は幼いときから、面倒なことはイザベルにやらせていた。 王になっても、それは変わらず‥‥側妃とわがまま遊び放題! で、そんな二人がどーなったか? ざまぁ?ありです。 お気楽にお読みください。

ママのごはんはたべたくない

もちっぱち
絵本
おとこのこが ママのごはん たべたくないきもちを ほんに してみました。 ちょっと、おもしろエピソード よんでみてください。  これをよんだら おやこで   ハッピーに なれるかも? 約3600文字あります。 ゆっくり読んで大体20分以内で 読み終えると思います。 寝かしつけの読み聞かせにぜひどうぞ。 表紙作画:ぽん太郎 様  2023.3.7更新

極甘独占欲持ち王子様は、優しくて甘すぎて。

猫菜こん
児童書・童話
 私は人より目立たずに、ひっそりと生きていたい。  だから大きな伊達眼鏡で、毎日を静かに過ごしていたのに――……。 「それじゃあこの子は、俺がもらうよ。」  優しく引き寄せられ、“王子様”の腕の中に閉じ込められ。  ……これは一体どういう状況なんですか!?  静かな場所が好きで大人しめな地味子ちゃん  できるだけ目立たないように過ごしたい  湖宮結衣(こみやゆい)  ×  文武両道な学園の王子様  実は、好きな子を誰よりも独り占めしたがり……?  氷堂秦斗(ひょうどうかなと)  最初は【仮】のはずだった。 「結衣さん……って呼んでもいい?  だから、俺のことも名前で呼んでほしいな。」 「さっきので嫉妬したから、ちょっとだけ抱きしめられてて。」 「俺は前から結衣さんのことが好きだったし、  今もどうしようもないくらい好きなんだ。」  ……でもいつの間にか、どうしようもないくらい溺れていた。

処理中です...