反転の書〜異界の扉が開いた現実世界を生きるという事

Fragment Weaver

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第2章 何もかもが些細な事

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仕事帰りに突如として現れた全力疾走してくる謎の人物とそれを追う巨大な謎の影

自分の方に迫り来る現実離れした映画のワンシーンのような光景を見せ付けられて
私は複雑な心境だった。逃げ出したくなるような不安や恐れはあったが
仕事後の貴重な自由時間に面倒事に巻き込まれた自分の鈍間さと運の無さ、そして目前の光景に苛立ちのようなものを感じていた。
トンネルを抜ければすぐ目前だったアパートに帰れば
昨日読み損なった本を読むはずだった。
何とは無しに買った作品ではあったが
しかしそれでも今日一日職場を乗り切るための心の支えとして
帰宅後に必ず読むと決めていたのだ。
それを邪魔する権利は誰にも無かった筈だ。

帰ったら今度こそ探し出して読むと心に決めていた矢先に家の方角から
明らかにトラブルの匂いのする女性が助けを求めるようにこちらに向かって駆けて来ている。
このトラブルに巻き込まれた場合に
今日中に昨日読み損なった本を見つけ出して読む事は可能だろうか?

否、とてもそのようには見えない。

いつのまにか周囲から陽が翳り
木々のざわめきとカラスの鳴き声が聞こえたような気がした。

茫漠とした靄のような黒い影が陽炎のように近付いてきていた。

その人影は
身長は3メートルをゆうに超え
筋骨隆々とした腕は大人が抱える事も難しい程に太く逞しかった。
現生人類がどのように突然変異を起こしたとしても
およそ不可能であろうと思われる姿をしていた。


その影の周囲だけまるで別世界のような不思議な錯覚を覚える程の存在感があるというのに
その姿にはまるで現実味が無かった。

彼女の後ろから人を追ってくる何とも形容の難しいソレは
とても人間とは思えなかった。

その姿に
心が折れそうになるのを
必死に堪えながら
考える。
どうにかしてこの邂逅を無かった事にして
何事も無くアレをやり過ごし無事に通行する事さえ出来れば
家に帰れるのだ。

だがそこでアレとまともに視線があった。
そんな気がした。
アレの気配が変わる。
獲物を狩る獣のような俊敏さで距離を詰めてくると数秒の間に
およそ100メートル程まで近付いていた女性の背後まで迫り来ると
女性の方へ襲いかかる
……事は無かった

その巨体を一瞬屈めると
ズンという地響きと共に
脚のバネを最大限に発揮し跳躍し空高く舞った

女性の頭上を飛び越え

こちらに落ちて来る

派手な着地音と共に眼前の舗装された道が目に見えて陥没する。

気がつくと野獣じみた巨体の男性が眼前に佇んでいた。
「おい、お前」
声が咄嗟に出て来なかった。
「聞いているのか?」
自分に声をかけているのだろうか?
「ええ、まあ」
気がつくと全身から嫌な汗が噴き出していた。
会話が成立している?と、いうことは
少なくともこれは自分の幻覚でも白昼夢でも無いようだった。
「ど、どちら様ですか?な、何かご用ですか?」
相手に舐められないようなるべく声に威厳を出そうと努めたがいつものように失敗する。
「本は何処だ?」
「本?」
眼光鋭く射抜くような眼差しで
身の丈3メートルはあるかという大男
(よく見ればツノが生えていた)が軽く鷹揚に頷く。
「本だ」

本、と聞いてさっきまで自分の思考の半分くらいを占めていたラノベを咄嗟に思い浮かべるが
常識的に考えればその可能性は少ない。
しかし、よくよく思い出すとラノベ本を買い帰宅したあたりからの記憶が曖昧だ。
「失礼ですが、何処かでお会いしましたか?」
思わず敬語で彼に尋ねる。
「本、とだけただ言われても何のことなのか……」
わかりませんと言おうとして遮られる
「お前が一昨日前に入手した本、だ」

完結明快に鬼のような風貌の男は告げた。
あの本はただのラノベ本では無い、のか?
少なくとも市場で流通しているありふれた本にみえたが一体何なのか?
鬼というものはこういう事も職務だったりするのだろうか?
「お前があの本を読む事には重大な問題がある」
「といいますと?」
「お前には使命がある」
「使命?」
「そうだ、お前には私を描く使命がある」
「あのような低俗な本にうつつを抜かしている時間はもう無いのだ」
そう言って鬼は腕組みをすると語り出した。

鬼の話によると
彼等、人外の者達は
住処を失い人界から追い出されてからは
隠れるように地の底深くで生きてきたという。
しかしここ数年で隠れ家にも人間の災いが及ぶようになってしまったらしい。
生身の人間が我々の結界の中に立ち入る事はこれまで不可能なはずであったのに
何故今になって侵入を許してしまったのか?
その理由を突き止めるのにも
なにぶん協力者抜きで人間社会の情報収集を行う事には限界があるので
生身の人間の協力者を探しているという事だった。

そして人間達の様子を観察し
慎重に協力者の候補を選んでいた最中に
その候補者達が次々と消え始めたという。

そして消えた彼等の共通項が
彼等のいう「低俗な本」、一昨日に本屋で購入し、そして紛失したラノベらしい。



「本来、我々の領域と人界との直接的な繋がりは遥か以前に途絶えて居たはずだった。
これまで把握されている二つの領域を横断する扉は古き協定の下に封印され塞がれてきた」
鬼の毛むくじゃらの顔が険しくなる。
「しかし侵入者達は小癪にも我々の住まう世界へと続く縦穴を新たに掘り
怪しげな術を行使しようとしているようなのだ。その痕跡を探し原因を突き止める必要がある」

「しかしアナタはどうやってここに?新しい道を知らないのであれば人里に来る事は難しいのでは?」

「我々の住まう領域に危機が迫っている。既にいくつかの村落が消滅している。全てはお前たちヒトの行いが原因だ。
我々は危機に瀕し事態は急を要している。今は盟約よりも優先すべき事がある」

そう言って最後に恨めしそうな目で見下ろされる。
素で受け答えしてしまったが、やはり眼前の相手は人では無いのだろうか?
突拍子も無い話だ。仮に昔話や伝承の中に出てくる鬼と同じ存在だったとすると
呑気に話している場合では無いのだがどうにも逃げられる雰囲気では無い。

「ええと、つまりその話に協力しろと?」

「協力では無い、これは義務だ。お前は覚えていないかもしれないが既にお前は我々と盟約を結んでいる」

「お前以外にも有望な候補が居たのだが事情が変わってしまってな。仕方あるまい」
巨躯の赤褐色の鬼はそう言うと私の体を摘み上げると掌の上に載せた。

「オイ、ちょっと待てよ。話が違うじゃないか」

鬼の後ろから声がした。女性の声だった。

「そいつは私が連れて行く予定だったじゃ無いか。何でお前が連れて行こうとしているんだ?」

彼女の頭にもツノが生えていた。
しかしよく見ると私を摘み上げた巨躯の鬼とはだいぶ色も形状も異なっている。





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