口が悪い令嬢、成り上がる

阿納あざみ

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一話

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「おまえは追放だ、ルビー」
「何故ですのお父様! 事と次第によっては出るとこ出てそのドタマかち割ってさしあげますわ!」
「そういうところだ、ルビー」

 ブルーグレイのオールバックをかきみだしながら、身なりのいい男性は目の前の娘に言いたくない言葉を続ける。
 ルビーと呼ばれた赤い瞳を困惑で揺らす少女は口元をあわてて押さえながらぐぬぬと声に出していた。

「おまえは貴族のお嬢様でありながら言葉遣いが悪すぎる。何度言ったら直るのだ」
「そうは言ってもお父様、わたくし、これでも頑張って……」
「なら頑張りが足りない」
「そんな……」
「でなければ汚嬢様等とおまえの教科書に落書きなどされるものか。どこでも万事その調子なら、社交界におまえの居場所はない」
「で、ではどこで暮らせと!? この蝶よ花よと育てられたわたくしに、市政の暮らしをしろと!?」

 確かに幼い頃は蝶よ花よと誰より可愛がったが、その結果がこの口の悪さではどうしようもない。
 大きくため息をついた。
 当主の立場にあることをこれ程悔やんだことはなかった。
 もしこれが市政の娘だったら、多少の……かなりの口の悪さだったとしても、縁談相手を探すにはわけなかっただろう。
 爛々と輝くルビーの瞳を慈しんでも、もう時は戻らない。

「おまえは悪目立ちしすぎる。冒険者になりなさい」
「ぼ、ぼ、冒険者ですって!? あの、泥と汗と血に塗れるあの、汚ならしい冒険者!?」

 ルビーは頬に両手を当て悲鳴のごとき声を上げた。
 たしかに嫌だろう。お屋敷のなかで勉強や稽古に励んできたルビーにはとてもじゃないがこなせない。
 それが嫌なら尼寺へ、と続けようとくちを開いた
 しかしルビーの悲鳴には続きがあった。

「あの冒険者アランシリーズと同じ!? 金銀財宝を巡って知略と能力で闇ギルドや暗殺者、ライバルの冒険者を出し抜いて窮地を脱する滅茶苦茶イカしたアレに!?」

 眉間を押さえた。
 現実が見えていない。
 実際は致死率の非常に高い、未踏地域の探求者だ。
 実際はそんな冒険譚などあり得ない。
 だと言うのにルビーはまぁ楽しそうにキャーキャーと夢を語っている。

「いや冒険者ではなく尼寺に……」
「尼寺! あんなシケたところなんざ死んでも御免ですわ!
 ありがとうお父様、わたくし、冒険者として一旗揚げて故郷に錦を飾りたてますわ!
 行きますわよセバス! 冒険者になるための準備ですわ!」
「俺はジャックですお嬢様」

 父親との今生の別れのはずが、強引に再会の約束まで取り付けてお付きの執事を伴いルビーは去っていった。
 執事のジャックは名前を間違われたというのに平然としている。
 ルビーは口が悪い上に、人の顔を覚えるのもとても苦手だった。
 父親である己ですら、何度も別人に間違えられたし、そのせいで何度も誘拐未遂に遭っていた。
 未遂に終わっているのはその度にジャックが連れ戻しているからだ。

「ジャック、いいのか? おまえの働きは知っている。あの出来の悪いルビーに着いていかなくてもいい」
「いえ、当主様。お心遣い感謝いたします」

 ジャックは優雅に一礼する。
 ジャックは黒い執事服から赤いハンカチを覗かせた長身の男だ。
 漂う雰囲気は彼の方が先ほどドタバタと出ていったルビーよりずいぶん高貴に見える。

「わたしのような生まれのしれないものを拾ってここまで側においていただいた。それだけで、私はお嬢様にお仕えし続けるには充分でございます」

 ジャックのその台詞に当主は思わず目頭が熱くなった。
 人の顔が覚えられないために何人もの使用人がルビーの担当を辞めていった。
 というのに、ジャックはどれだけ彼女が間違えても決して見放すことはなかった。

「ありがとう。君のような人が残ってくれないのは残念だが、ルビーをどうか、よろしく頼む」

 その言葉に一瞬目を丸くすると、ジャックは柔らかく美しく微笑んだ。

「お任せください。わたしは、お嬢様に一生涯付き従います」

「ジャック! まぁだトロトロしておりましたのね! とっとと準備ですわ!」
「……失礼致します。当主様」

 その後、彼女が偉大な冒険者として歴史に名を刻むとは、当人たちをのぞいて知るよしもなかった。
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