玄関開けたら二分でロダン

皆川 純

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え、俺のスキルって考えること?

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「あなたのスキルはロダンです」
「はい?今なんて?」
「このスキルで異世界転移生活を頑張ってください」
「ちょい待て、今なんて言ったかもう一度」
「こんなにはっきりと言ったのに聞こえなかったのですか?南朝系主人公なんですか?そういうのってイラつくから死んでもらえますか?」
「いや聞こえなかった訳じゃねぇよ。ていうか女神が死ねとか言うな。あと難聴ならわかるが南朝系主人公ってなんだよ」
「劣勢の主に従ってその死に至るまで忠義を尽くす主人公のことです」(※1)
「意外とマシな設定だった。いや違う、そうじゃなくて俺のスキルがロダンって何だよ」
「知らないのですか、不細工な顔に似て無教養なんですね。ロダンというのはフランスの彫刻家、フランソワ=オーギュスト=ルネ・ロダンのことです。Intell1103レベルの記憶容量しかないあなたでは知らないのも無理はありませんけどね」(※2)
「1Kbitじゃ自分の生涯すら記憶できないレベルじゃんか」
「寧ろ今朝食べたものを忘れてそうな顔してますが」
「馬鹿にすんな、昨日の晩飯は忘れたけど、今朝のくらい覚えてるわ」
「昨日の夕食は忘れているのですか……」
「おいその哀れみをやめろ、悲しくなってくる」
「昨日の夕食は忘れているのですね!きゃぴるん♪」
「明るくすりゃいいってもんじゃねぇよ!何だ、きゃぴるんって。お前こそ年を考えろよみっともない」
「粘菌ごときが生意気を言いますね」
「人を菌類扱いするんじゃない。言っておくが真性粘菌は環境に即して最適な形態を採る高度な計算能力を持ってるんだぞ。粘菌バカにすんな」
「それは失礼しました」
「わかればいい」
「粘菌に失礼でしたね」
「おい」
「それで粘菌以下のダチョウさん、あなたのスキルですが」
「ナチュラルにダチョウをディスりやがった、このクソ女神」
「チラシの裏レベルの記憶領域しかないあなたに朗報です」
「遂にメモリですらなくなった」
「あなたのスキルはロダンです」
「いやだからスキルが人名ってどういうことなんだよ。いい加減説明しろ」
「はぁぁぁ。回遊魚みたいな人ですね」
「誰がマグロか。別に生き急いでる訳じゃあない。人をわざわざ殺してまで呼び出したんだから、理解できるように説明しろと言ってるだけだ」
「おや人聞きの悪い。わざわざ殺すなんてことをする訳がないでしょう。これでも私、女神なんですよ」
「こんなんでも、の間違いだろ」
「困難でも女神の職を全うしている私は本当に偉いですね」
「あーはいはい、えらいえらい。いいから説明しろって」
「全く、仕方のない人(はぁと)」
「……語尾の(はぁと)とか口で言う奴初めてみたわ。それにくそうざい新婚みたいになるのは止めろ。お前はどっちかってーと古女房とか古畳の方だろうが」
「あ、なんですか私を女房にしたいんですか、止めて下さい気持ち悪いです」
「くっそこいつマジでむかつく」
「まあ仕方ないので説明しますと、知能の足りないあなたのスキルはロダンなのです」
「人をディスるばかりで何一つ有益な情報が増えてないの怖い」
「おや、何を言っているのですか、有益な情報増えてるじゃないですか。パスカリーヌほどの計算能力すらないあなたにロダンのスキルを与えると言っているのですよ」(※3)
「俺は加減算しかできないのか……」
「しかも連続桁上りの加算は無理ですね。ぷーくすくす」
「出来るっての。99+1は100だからな」
「うわ、そんな簡単な計算でドヤ顔するって……頭大丈夫ですか?おっぱい揉みますか?断りますけどね。まったく、風邪でもひいてるんじゃないですか、頭が」
「頭だけ風邪ひくなんてことができるかボケ。いやその前にそこまで言ったんだったら揉ませろよ」
「いやです汚らわしい」
「なら言わなきゃいいだろうに」
「でも、頭だけ風邪ひくのはヤマトヒメミミズとかならできそうじゃないですか」(※4)
「まあ確かに……いやできるのか?つかミミズって風邪ひくのか?」
「そんなこと知る訳ないじゃないですか。私女神ですよ?ミミズの生態なんて、上位存在である私が知ってどうしろと」
「それこそ知らねぇよ。お前が言い出したんだろうが」
「あーあ、人のせいにするんですか。あーはいはい、わかりました、私が悪いです。空が青いのも雲が白いのも地球が丸いのも虹が七色なのもお客様が笑顔なのもポストが赤いのも私が美しいのもあなたが醜いのも、全部私が悪いです」
「途中で変なの入ってなかったか?」
「挿入ってません」
「妙な漢字を付け足すな。いきなりエロくなるだろうが」
「エロっ?!ちょ、止めて下さい、そんな舐めるような視線で女神を視姦するのは不敬に過ぎますよ」
「見てねぇっつの。誰がお前みたいなクソ女神を視姦するか」
「屍姦ですって?!何という人倫に悖る存在なのでしょう……ああ神よ、憐れでゴミでクズでカスなこの男に赦しを与え給……わなくて良いです」
「?いやお前何言って……って、そっちの『しかん』かよ!お前ほんとに女神か?そんな言葉使うわ神に祈るわ、存在意義が大混乱してるぞ」
「私くらい神格が高いと様々な存在意義を内包してしまうのですよ。ええ、困ったものです」
「ちっとも困ってなさそうなニヤつきを収めて頂けませんかね。見てるだけでものっそい不快なんで」
「ふむ。生命力が強いだけで何の役に立つのかよくわからないクマムシの言葉に同意するのは癪ですが、あなたの言う通りではありますね。私の笑顔は安売りしてはならないものでした」
「何たるポジティブ。もはやここまで来ると感心する」
「それほどでも」
「褒めてないから」
「それで何の話でしったけ……?」
「自分で脱線しておいて忘れるのかよ」
「ああ、そうそう、私の光輝で多幸感を与える至上の笑顔は簡単に見せてはならない、ということでしたね」
「え、そこまでしか思い出せない訳?ボケ過ぎてね?めっちゃ直近の話なんだから、思い出すまでもないだろ」
「これだから下賤の者は。小粋な女神ジョークですよ」
「うん、そういうの要らないから。マジで要らないから。燃えるゴミの日にでも捨ててくれ」
「明日は不燃ごみですよ」
「だから知らねぇって!いいから話を戻せよ」
「仕方ないですねぇ……ヤマトヒメミミズが風邪をひくのかどうか、でしょう。ちゃんとわかっていますよ」
「全然違うね。うん、まったく違う。それはもうどうでもいいから」
「あなたが桁上り計算できな」
「違う」
「マグロみたいな生き方をしてることですか?正直あなたがどう生きようと興味ないんでどうでも良いんですけど」
「うん、お前に興味持たれるとロクなことがなさそうだからそれは大歓迎だ。実際こうしてロクでもないことになってるからな。そうじゃなくて、その直前に話してたことだ」
「1103は磁気メモリを駆逐した点で歴史に残るメモリですね」
「どうしてそこまで飛ばすんだよ!そこまで戻れたんならどうせだったら初っ端まで戻れよ!」
「小粋な女神ジョー」
「それはいいから!スキルがロダンてのは何なんだって話だ、いい加減説明しろ」
「では、こほん。女神クイーッズ!ロダンの代表作と言えば何でしょーか、ピンポーン、おっと早いぞ?!ではクズ虫野郎さん、答えをどうぞ!」
「あ?こいつ、俺が悪いみたいな顔しやがって……ロダンならそりゃお前、普通に考えれば『考える人』だろ」
「はぁぁ……まあ、あなた程度ではそうでしょうね」
「何だよ。違うってのか」
「考える人に決まってるじゃないですか、JK」
「……ふー。よし、落ち着け俺。大丈夫、大丈夫だ。こいつを泣かせるのは全てを聞いてからだ」
「やだ、ベッドヤクザ的な発言うざいです、キモいです、死んで下さい」
「おいてめぇ本気で泣かせるぞ」
「ふ、品性下劣ですね。そんなにベッドで私を性的に啼かせたいんですか。性的に啼かせたいんですね」
「なんで二回言った。そんな意味じゃないしお前と同衾するなんざこっちから願い下げだ」
「やれやれ、魔法使いにまで進化したあなたの最後のチャンスだったのに棒に振りましたね。最後のチャンスだったのに」
「だからなんで二回言うんだよ。最後のチャンスかどうかなんてわからんだろうが」
「魔法使いであることは認めるのですね」
「……いいからスキルの説明しろよ」
「せっかちですねぇ、早漏はこれだから」
「女神が下品なこと口にするんじゃねぇ」
「口に?下品なものを口にですって?」
「言ってない。勝手に単語の順番と助詞を変えるな」
「女子を取り替え?うわぁ……」
「あーもう!話が進まねぇなこのくそ女神は!わかった、もう全てお前の言う通りの人間だってことでいい、だから早くスキル『ロダン』の説明しろよ」
「つまり考える人ですよ。考える、要するに思考を深めることができるスキルです」
「態度の急変が怖い……思考が深まるのなら悪いスキルじゃないな。見も知らない世界で浅はかな言動をするのは命取りだろうし。あれか、大魔導士とか賢者とかのジョブになりやすいスキルみたいな感じか」
「……そう、かもですね」
「おい今『かも』とか言ったか」
「言ってません」
「いや言っただろ、小さく『かも』って言ったよな」
「言ってません。今月の転移ノルマのために良い鴨がネギ背負ってやってきたなんて思ってもいません」
「はっきり言ってんじゃねぇかよ。てかノルマなんてあるのか、案外世知辛いな神の世界」
「あなたみたいなニートにはわからないでしょうね。生きるとは働くことなのですよ。ええ、『人々に希望を与え、感謝を貰えるやりがいのある仕事』だとか『未経験から20代で神長に』とか『アットホームで楽しい職場です』とか『頑張り次第で高収入も夢じゃない』とかに騙される方が悪いんですよ。はいはい、私が浅はかでした、くそあいつらぶっころ」
「お、おう……大変だなお前も」
「何が『希望を与えて感謝を貰える』ですか。『無責任に確実性のない将来像を描いてその時だけの感謝しか貰えない』の間違いでしょうが。『未経験から』24時間休みなく働けば『20代で』神長になるコネクションを手に入れられるかも知れないだけでそれまでは低収入だし、『アットホーム』なんてワンマンの家族経営ってだけでしょうが」
「あー、よく見るよな、そういう求人コピー」(※5)
「なーにが『若手が大活躍』ですか、ベテランがみな辞めて若手しかいないだけでしょうに」
「あ、はい」
「はっ、『風通しが良い』ですって?上意下達の体育会系なんだからそりゃ上にとっては下まで一気通貫でしょうね、下にとっては地獄ですが」
「うん、まあ何だ、大変だな神の世界も……」
「そういう訳ですからさっさと転生してください。大丈夫、異世界は夢と希望に満ち溢れ、頑張り次第で王様と懇意になったり、休みなくクエストこなせば大物倒して金に困らなかったり、未経験でも白金等級の冒険者になれたり、アットホームなパーティでハーレム作ったりできますよ」
「今までの流れから不安と猜疑心しか湧かないんですがそれは」
「いいから行けってんだよ」
「おい女神、言い方」
「夢と希望の溢れる異世界にさっさと行ってください」
「あまり変わってねぇよ、ってうわ!」
「いってらっしゃーい」
「いきなり落とすんじゃねぇ!て言うかまだスキルの説明ちゃんと聞いてねぇぞ!」
「さよーならー。異世界で死んだらまた会いましょうねー」
「てーめーえー!このクソ女神がー!」





「あ、そう言えばスキルの制限について説明し忘れてましたね。自室に入って2分経たないと発動しないとか、考えてる間は彫像みたいに動けないとか……ま、いっか」





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※1 言わずと知れた楠公さん、楠木正成ですね。
※2 1970年発売の半導体メモリ。
※3 1640年代の、現存する世界最古の機械式歯車計算機。
※4 福島で1993年に発見された新種のミミズ。再生研究の希望となるか。
※5 精神論ばかりの会社にはご注意。
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