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第3章 試練と天秤
第17話 辛辣な問い
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焚火を囲みながら、私たちは食事をとっていた。
魔族であるゾーンは人間とは食事が違うらしく、ただ黙って私たちを見ていた。
「ねぇゾーン、君は人間の食事がそんなに面白いの?」
ゾーンはニヤリと微笑んで答える。
「面白いから見ているのではない。
これが俺の『食事』なのだ。
『人間の感情』、それが俺たち魔族の食料だからな」
「へぇ、面白い生態をしてるんだね」
私は根菜のスープを一口飲んでからゾーンに告げる。
「今はどんな感情を食べてるの?」
「そうだな……お前の『美味い』という喜び、そして他の奴らの『不信』や『疑念』。
やはりまだ、俺は信用されてはいないらしい」
ハインツが眉をひそめた。
「昨日まで命の取り合いをしていた奴を、すぐに信用しろって方が無理だろ。
仲間として認めるのは無理がある」
ゾーンが楽しそうに笑って答える。
「まぁそうだろうな。
何より俺はお前たちの仲間になったつもりはない。
俺は『カリナだけの味方』だ」
私も眉をひそめてゾーンに尋ねる。
「私だけの味方って、どういう意味?」
「そのままさ。
いいかカリナ、忘れるな。『俺はお前だけの味方』だ。
お前が悲しむから他の奴らも殺さん。それだけの話だ」
「なーにそれ。魔王の息子の癖に、そんなことで務まるの?」
「今はお前の味方だ。魔王軍を敵に回すことも些事に過ぎん。
俺には関係がないし、興味がない」
ハインツが呆れたように告げる。
「とんだ変わり者だな、ゾーン。
まさかその調子で最後まで付いてくる気か?」
「当たり前だろう? 何を言っているんだこの馬鹿は」
「誰が馬鹿だ!」
言い合いをしている間も、ゾーンの視線は私から全く離れなかった。
この世のものとは思えない美貌の持ち主にこうも見つめられると、妙に落ち着かない。
その金色の瞳に、胸が跳ねる自分を自覚する。
……うーん、浮気者になったつもりはないんだけど、あの美貌が良くないなぁ。
早く慣れないと……慣れるのかなぁ?
ゾーンは私が眠るまで、私を見つめ続けていた。
****
――目を開けると、控室の天井が見えた。
ケーニヒはまだ、黙って私の手を握ってくれている。
「どうした、まだ眠っていても大丈夫だぞ」
金色の瞳は、今も私を見つめていた。
前世と変わらない、直向きな瞳。
「ねぇケーニヒ、サラ様はもしかして『聖女コルネリア』の生まれ変わりなのかな」
「まぁそうだろうな。魂の波動がよく似ている。
外見も似ているし、ほぼ間違いあるまい」
やっぱりそうなのか。
『カリナ』、『ハインツ』、『コルネリア』、そして『ゾーン』。
「ねぇ、どうしてあの時の勇者パーティが同時に、同じ時代に生まれ変わってるんだろう」
ケーニヒがフッと笑って答える。
「さぁな。言ったろう? 俺にも創世神の考えることはわからん。
偶然ではあるまい。だがその意味を聞く方法はない」
死んだ魂は創世神の元へ送られ、地上に戻される。
少なくとも『カリナ』の時代ではそう信じられてきた。
神々から直接言葉を聞けたあの時代の話なのだから、それはきっと真実なのだろう。
「あの頃の神殿って、まだ残ってないの?」
「調べたが、機能する神殿は見つかっていない。
今は古代遺跡と呼ばれているが、祭壇が破壊されているものばかりのようだ。
神々の言葉は、もう聞く手段があるまい」
「そっか……」
私の脳裏に、バルコニーでのやり取りがよぎった。
「ねぇケーニヒ、なぜバルコニーではあんな風にステファンを煽ったの?
あれで私とステファンの仲を裂けるとでも思ったの?」
「奴自身が自覚していない罪を暴き立てただけだ。
お前も少しは自覚しただろう?」
私はさっきの疑問をぶつけてみることにした。
「それで私が君を選ぶとでも思ったの?」
ケーニヒが苦笑した――彼のそんな表情は、『カリナ』の記憶でも珍しかった。
「中々辛辣な問いだな。
現状はお前が思っている通りだろう」
――やっぱり、彼はちゃんと『私の心』も理解してる。
「じゃあ、なんで?」
「今は無理だ。だがお前があの男に幻滅すれば、話が変わってくる。
その時ようやく俺が選択肢として浮上する。
だから俺はあの男を責める」
「……あの程度じゃ、私は幻滅なんてしないよ」
「今はそうだろう。だが時間の問題だ。
そのうち『お前がお前を選ぶ時』が来る。この国よりも、自分自身を選ぶ日がな。
それこそが俺が選ばれる時だ」
私は眉をひそめて尋ねる。
「それは、どういう意味?」
「お前が『お前を選ぶ』なら、必ず相手として俺を選ぶ。
必ずだ。あの男ではない。
お前のためだけに生きることができるのは、俺だけだ」
「……君も、ステファンに負けず劣らずの自信家なんだね」
ケーニヒは「ハッ!」と吐き捨てて肩をすくめた。
「あの男と一緒にされると、反吐が出そうになる」
……そういうところ、『ゾーン』の時から変わらないんだね。
ドアがノックされ、「失礼します」というカタリナの声が聞こえた。
すぐに慌てるような気配がし始める。
「メルフィナお嬢様! どこに居らっしゃいますか!」
「こっちだよ、カタリナ!」
まだ眩暈は治まらないけど、声は出るみたいだ。
カタリナが衝立を回り込み、ベッドの傍に来た。
だけどケーニヒを見て怯んでしまったようだ。
「お嬢様、なぜケーニヒ殿下がこちらに?」
「危ないところを助けてもらったんだ」
衝立からステファンが顔を出した。どうやらカタリナが連れてきてくれたみたいだ。
ステファンが怪訝な顔で告げる。
「危ないところとは?」
「サラ様にナイフで襲われたんだよ。
そっちにいらっしゃるでしょ?
身柄を拘束しておいてもらえる?」
「わかった。少し待ってろ」
ステファンが衝立の向こうに消え、部屋から出ていく気配がした。
****
時計の音だけが控室に響いていた。
カタリナが不安気に私とケーニヒを見つめている。
まぁそうだよね。今まで『メルフィナとしては』会ったことがない人だし。
「カタリナ、この人は心配いらないよ。
『昔から』の恩人なんだ。そう、遠い昔からの」
「はぁ……恩人、ですか」
カタリナは私の侍女を務めて長い。
そんな彼女が知らない『恩人』なんて、すぐには信じられないかもしれない。
それでも、これで少しは警戒心が解けるといいんだけど。
「……でもね、昔から場を乱すのが大好きな人だった。
ケーニヒにステファンと私の仲をかき乱されて、このざまなんだ」
私は自重して嗤った。
さっきだって、ステファンは私とケーニヒを疑う視線を崩さなかった。
私の身を案じる言葉すらかけず、まず疑いの目を向けた。
……私たちの仲って、そんな脆いものだったのかな。
ケーニヒの手が私の頬を優しく撫でる。
「メルフィナ、お前が悪いのではない。
悪いのはあの男だ。自分を責めるな」
「婚約発表の晴れの舞台で、こんな無様を晒《さら》して……。
責めるなという方が無理だよ。
自分がこんなにも無力だとは思わなかった」
今の私に、ステファンの猜疑心を溶かす方法はなさそうに思える。
どうしたら信じてもらえるのだろう。
今もこうして見つめてくる金色の瞳のような全幅の信頼。
それを、どうやったらステファンの心に取り戻せるだろうか。
「お前は前から忠告していたはずだ。
おそらく『時間が足りない』とな。その結果がこれだ。
この結果を招いたのはステファンの決断で、お前のせいじゃない」
「……時間があれば、違う結果になったのかな」
「お前たちがもっと信頼関係を積み上げていれば、あの程度で揺るぎはしなかったさ。
『カリナ』と『ハインツ』のようにな」
「……それを全て見抜いたうえで、君はステファンを煽ったんでしょ?」
ケーニヒが小さく息をついた。
「そうだな」
「……君の目的は何?」
「お前の幸福だ。
忘れるな。いつでも、どこまでも『俺はお前だけの味方』だ」
「……私たちは、あのままではいけなかったの?」
「あのままではメルフィナが磨り潰されるだけだったろう。
俺はそれが我慢ならん。そう言ったはずだ」
思いが言葉にならなかった。
その想いすら、千々に乱れてまとまらない。
私とステファンは、これからどうしたらいいの?
金色の瞳は、ただ静かに優しく私の心を見守ってくれていた。
魔族であるゾーンは人間とは食事が違うらしく、ただ黙って私たちを見ていた。
「ねぇゾーン、君は人間の食事がそんなに面白いの?」
ゾーンはニヤリと微笑んで答える。
「面白いから見ているのではない。
これが俺の『食事』なのだ。
『人間の感情』、それが俺たち魔族の食料だからな」
「へぇ、面白い生態をしてるんだね」
私は根菜のスープを一口飲んでからゾーンに告げる。
「今はどんな感情を食べてるの?」
「そうだな……お前の『美味い』という喜び、そして他の奴らの『不信』や『疑念』。
やはりまだ、俺は信用されてはいないらしい」
ハインツが眉をひそめた。
「昨日まで命の取り合いをしていた奴を、すぐに信用しろって方が無理だろ。
仲間として認めるのは無理がある」
ゾーンが楽しそうに笑って答える。
「まぁそうだろうな。
何より俺はお前たちの仲間になったつもりはない。
俺は『カリナだけの味方』だ」
私も眉をひそめてゾーンに尋ねる。
「私だけの味方って、どういう意味?」
「そのままさ。
いいかカリナ、忘れるな。『俺はお前だけの味方』だ。
お前が悲しむから他の奴らも殺さん。それだけの話だ」
「なーにそれ。魔王の息子の癖に、そんなことで務まるの?」
「今はお前の味方だ。魔王軍を敵に回すことも些事に過ぎん。
俺には関係がないし、興味がない」
ハインツが呆れたように告げる。
「とんだ変わり者だな、ゾーン。
まさかその調子で最後まで付いてくる気か?」
「当たり前だろう? 何を言っているんだこの馬鹿は」
「誰が馬鹿だ!」
言い合いをしている間も、ゾーンの視線は私から全く離れなかった。
この世のものとは思えない美貌の持ち主にこうも見つめられると、妙に落ち着かない。
その金色の瞳に、胸が跳ねる自分を自覚する。
……うーん、浮気者になったつもりはないんだけど、あの美貌が良くないなぁ。
早く慣れないと……慣れるのかなぁ?
ゾーンは私が眠るまで、私を見つめ続けていた。
****
――目を開けると、控室の天井が見えた。
ケーニヒはまだ、黙って私の手を握ってくれている。
「どうした、まだ眠っていても大丈夫だぞ」
金色の瞳は、今も私を見つめていた。
前世と変わらない、直向きな瞳。
「ねぇケーニヒ、サラ様はもしかして『聖女コルネリア』の生まれ変わりなのかな」
「まぁそうだろうな。魂の波動がよく似ている。
外見も似ているし、ほぼ間違いあるまい」
やっぱりそうなのか。
『カリナ』、『ハインツ』、『コルネリア』、そして『ゾーン』。
「ねぇ、どうしてあの時の勇者パーティが同時に、同じ時代に生まれ変わってるんだろう」
ケーニヒがフッと笑って答える。
「さぁな。言ったろう? 俺にも創世神の考えることはわからん。
偶然ではあるまい。だがその意味を聞く方法はない」
死んだ魂は創世神の元へ送られ、地上に戻される。
少なくとも『カリナ』の時代ではそう信じられてきた。
神々から直接言葉を聞けたあの時代の話なのだから、それはきっと真実なのだろう。
「あの頃の神殿って、まだ残ってないの?」
「調べたが、機能する神殿は見つかっていない。
今は古代遺跡と呼ばれているが、祭壇が破壊されているものばかりのようだ。
神々の言葉は、もう聞く手段があるまい」
「そっか……」
私の脳裏に、バルコニーでのやり取りがよぎった。
「ねぇケーニヒ、なぜバルコニーではあんな風にステファンを煽ったの?
あれで私とステファンの仲を裂けるとでも思ったの?」
「奴自身が自覚していない罪を暴き立てただけだ。
お前も少しは自覚しただろう?」
私はさっきの疑問をぶつけてみることにした。
「それで私が君を選ぶとでも思ったの?」
ケーニヒが苦笑した――彼のそんな表情は、『カリナ』の記憶でも珍しかった。
「中々辛辣な問いだな。
現状はお前が思っている通りだろう」
――やっぱり、彼はちゃんと『私の心』も理解してる。
「じゃあ、なんで?」
「今は無理だ。だがお前があの男に幻滅すれば、話が変わってくる。
その時ようやく俺が選択肢として浮上する。
だから俺はあの男を責める」
「……あの程度じゃ、私は幻滅なんてしないよ」
「今はそうだろう。だが時間の問題だ。
そのうち『お前がお前を選ぶ時』が来る。この国よりも、自分自身を選ぶ日がな。
それこそが俺が選ばれる時だ」
私は眉をひそめて尋ねる。
「それは、どういう意味?」
「お前が『お前を選ぶ』なら、必ず相手として俺を選ぶ。
必ずだ。あの男ではない。
お前のためだけに生きることができるのは、俺だけだ」
「……君も、ステファンに負けず劣らずの自信家なんだね」
ケーニヒは「ハッ!」と吐き捨てて肩をすくめた。
「あの男と一緒にされると、反吐が出そうになる」
……そういうところ、『ゾーン』の時から変わらないんだね。
ドアがノックされ、「失礼します」というカタリナの声が聞こえた。
すぐに慌てるような気配がし始める。
「メルフィナお嬢様! どこに居らっしゃいますか!」
「こっちだよ、カタリナ!」
まだ眩暈は治まらないけど、声は出るみたいだ。
カタリナが衝立を回り込み、ベッドの傍に来た。
だけどケーニヒを見て怯んでしまったようだ。
「お嬢様、なぜケーニヒ殿下がこちらに?」
「危ないところを助けてもらったんだ」
衝立からステファンが顔を出した。どうやらカタリナが連れてきてくれたみたいだ。
ステファンが怪訝な顔で告げる。
「危ないところとは?」
「サラ様にナイフで襲われたんだよ。
そっちにいらっしゃるでしょ?
身柄を拘束しておいてもらえる?」
「わかった。少し待ってろ」
ステファンが衝立の向こうに消え、部屋から出ていく気配がした。
****
時計の音だけが控室に響いていた。
カタリナが不安気に私とケーニヒを見つめている。
まぁそうだよね。今まで『メルフィナとしては』会ったことがない人だし。
「カタリナ、この人は心配いらないよ。
『昔から』の恩人なんだ。そう、遠い昔からの」
「はぁ……恩人、ですか」
カタリナは私の侍女を務めて長い。
そんな彼女が知らない『恩人』なんて、すぐには信じられないかもしれない。
それでも、これで少しは警戒心が解けるといいんだけど。
「……でもね、昔から場を乱すのが大好きな人だった。
ケーニヒにステファンと私の仲をかき乱されて、このざまなんだ」
私は自重して嗤った。
さっきだって、ステファンは私とケーニヒを疑う視線を崩さなかった。
私の身を案じる言葉すらかけず、まず疑いの目を向けた。
……私たちの仲って、そんな脆いものだったのかな。
ケーニヒの手が私の頬を優しく撫でる。
「メルフィナ、お前が悪いのではない。
悪いのはあの男だ。自分を責めるな」
「婚約発表の晴れの舞台で、こんな無様を晒《さら》して……。
責めるなという方が無理だよ。
自分がこんなにも無力だとは思わなかった」
今の私に、ステファンの猜疑心を溶かす方法はなさそうに思える。
どうしたら信じてもらえるのだろう。
今もこうして見つめてくる金色の瞳のような全幅の信頼。
それを、どうやったらステファンの心に取り戻せるだろうか。
「お前は前から忠告していたはずだ。
おそらく『時間が足りない』とな。その結果がこれだ。
この結果を招いたのはステファンの決断で、お前のせいじゃない」
「……時間があれば、違う結果になったのかな」
「お前たちがもっと信頼関係を積み上げていれば、あの程度で揺るぎはしなかったさ。
『カリナ』と『ハインツ』のようにな」
「……それを全て見抜いたうえで、君はステファンを煽ったんでしょ?」
ケーニヒが小さく息をついた。
「そうだな」
「……君の目的は何?」
「お前の幸福だ。
忘れるな。いつでも、どこまでも『俺はお前だけの味方』だ」
「……私たちは、あのままではいけなかったの?」
「あのままではメルフィナが磨り潰されるだけだったろう。
俺はそれが我慢ならん。そう言ったはずだ」
思いが言葉にならなかった。
その想いすら、千々に乱れてまとまらない。
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