天衣無縫の公爵令嬢・改訂版~月下の瞳~

みつまめ つぼみ

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第3章 試練と天秤

第19話 お見舞い(1)

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 ステファンがベッドサイドの椅子にギシリ、と音を立てて腰を下ろした。

 少しの間があり、彼が告げる。

「……体は、もう大丈夫か」

 やっぱり、ぎこちない。

「うん、体調はもう大丈夫!
 ただ、念のために安静にしてろってお父様に言われたんだよ!」

 私は笑って答えた。

 ――いつものように、笑えてるといいのだけど。

「あの男、ケーニヒ第一皇子とは……本当に初めて会ったのか」

 私の笑顔が凍り付いた。

 ため息をつき、笑顔の仮面を脱いでうつむいた。

「……そうだよ」

「ではなぜ、ああも親しげだったんだ?」

 ステファンが身を乗り出してくる気配がした。

 でも、なんて言えば分かってもらえる?

 私が黙っていると、ステファンが告げる。

「俺には言えないこと、なのか」

「もう少し――もう少しだけ待ってもらえるかな。
 今は何をどこまで話したらいいのか、私には決められないから」

「全てを話してはくれないのか」

 私は少しだけ顔を上げて、ステファンの目を見て答える。

「……話したら、それを信じてくれるの?
 それが『どんなに信じられないこと』だとしても?」

 ステファンは困惑したように眉をひそめた。

 しばらく待ったけど、彼が言葉を返してくれる様子はなかった。

「――ほら、やっぱり時間が足りなかった」

 私は顔を上げステファンを見て、ニッコリと微笑ほほえんだ。

「私が我慢すれば『ちょっとくらい時間が足りなくても何とかなる』って、そう思ってた。
 ……でも、思い上がりだったね」

 自然と笑みがこぼれていた――自嘲の笑みが。

「メルフィナ」

「なーに?」

「すまなかった」

 ステファンが私に頭を下げていた。

 私はきょとんとしてステファンの頭を見つめる。

「なんでステファンが謝るの?」

「俺がお前に甘えすぎていた。
 お前のことを、きちんと考えていなかったんだ。
 それを今、気づかされた」

 ――『今』か。そっか。でも、気づいてはくれたんだ?

 ステファンが顔を上げて私に告げる。

「……まだ、間に合うだろうか」

「何に、かな」

「俺とお前は、また元の関係に戻れるだろうか」

 自分の心に聞いてみた。今のステファンと、元の関係に――。

「……まだ、わからない」

「ケーニヒは……お前になんて言ってたんだ?」

「『今は休め』って。『いくらでも待つ』って」

 そう。彼はそう言ってくれた。

 それでとても心が落ち着いたのを、よく覚えていた。

「あいつは、どんな奴なんだ?」

 私は天井を見上げて答える。

「……いっつも場を乱しては、『私』を困らせるトラブルメーカー。
 でも『私』の言うことだけは、いつも信じてくれた。
 口癖のように『俺はお前だけの味方だ』って言うの」

 ステファンは黙って私の言葉に耳を傾けているようだった。

「でも『私』が『仲間を助けて』って言えば、ちゃんと助けてくれた。
 ――嫌そうな顔をしながらだけどね?
 『私』のお願いは、できる限り応えてくれた」

 『カリナ』の記憶が懐かしくて、自然と笑みがこぼれていた。

 ステファンが私の左手を指差した。

「それ、寝る時でも付けてるのか」

 彼の視線は、黒い指輪に注がれていた。

「……今の私にとっては、お守りだから」

 私の左手には、ステファンからもらった婚約指輪と、ケーニヒからもらった黒い指輪が同居していた。

「……婚約を後悔してるのか?」

「……それもまだ、わからない」

 ステファンが小さく息をついた。

「わかった。また明日も来る。
 ……来て、いいか?」

 私は小さくうなずいた。

「うん……いいよ」

 ステファンもうなずいたあと、私の部屋から出ていった。


 彼の背中を見送りながら、控えて居るカタリナにたずねる。

「これで……よかったのかな」

「……私から申し上げられることがあるとすれば、一つだけです」

「なにかな?」

「お嬢様は、ステファン殿下に笑いかけてらっしゃる時、とてもおつらそうでした。
 ですが、ケーニヒ殿下のことを話す時は、とても穏やかに笑ってらっしゃいました」

 私は左手の黒い指輪に目を落とした。

「……そっか」

 私は枕元から読みかけの魔導書を取り出して開き、ページをめくり始めた。




****

 夜になり、ベッドに月光が差し込んでいた。

 私はまた、左手の黒い指輪をながめている。

「……ねぇケーニヒ、聞こえてる?」

『……どうした、今日も泣き言か?』

 私はほほを緩ませて答える。

「今日はね、ちょっとほうこくー」

『ほう? どんな話だ?』

 なんだか嬉しそうな声が返ってきたな。

「私は今ね、ケーニヒから『安心』をもらってるらしいよ?」

『そうか、お前の力になれているなら、それは喜ばしいことだ』

「そしてね……ステファンからは、『不安』をもらってるらしいよ」

 私の表情が力を無くしていった。

『フン……まぁそうだろうな』

 今度はちょっとつまらなそうな声が返ってきた。

「私は、どっちを選ぶんだろうね」

『それはお前が決めることだ』

 またそれかー。

「うーん、ケーニヒはこういう時の相談相手にならないかー」

『だが、今日のお前の声は弾んでいる。
 良いことがあったというのだけは分かる』

 良いこと? なんだろうな。自分でもよく分からない。

「……ねぇケーニヒ。この指輪って、あとどれくらい使えるのかな」

 普通、魔道具には燃料となる魔石が埋め込まれてる。

 それを取り換えなければ、魔石が力尽きた時が魔道具の寿命。

 この指輪には、魔石の取り外し箇所がないように見える――使い切りの魔道具だ。

『そうだな……こうして話をするだけなら、あまり気にしなくていい』

「使用回数が決まってるの?」

『そうではない――まぁ、お前が気にすることではない。
 だが無駄遣いはするな』

「はーい……じゃあ、もう寝るね。おやすみ」

『ああ、今夜もゆっくり寝ろ』


 ケーニヒの声が途絶え、部屋に静寂が降りてくる。

「えへへ……」

 私は、その黒い指輪を月にかざして笑っていた。




****

 翌日の朝は、シュバイクおじさまと食卓を囲んでいた。

「ねぇおじさま。クラウスの行方は見つかった?」

「いや、どこに潜伏しているのかすら分かっていない。
 こうなるとなまじ優秀なだけに、手におえないね」

 おじさまの表情は暗い。

 懐刀に裏切られたんだし、しょうがないか。

「そっかー。なんで私に毒なんて盛ったんだろう?」

「クラウスはサラ嬢と親しかったのかもしれないね。
 それで復讐に手を貸したんじゃないかな」

「そうだ、サラ様はどうなっちゃうの?」

 おじさまがため息をついた。

「王家からの急な婚約破棄、そしてを置かずにお前と婚約だ。
 気持ちの整理を付けられなかったのだろう。
 陛下も温情を与えて、サラ様の王都追放で済ますそうだ。
 どちらにせよ、暗殺未遂あんなことがあってはもう、社交界には帰って来られまい」

「そっか……」


 その日の朝食は、なんだか美味しくなかった。




****

 王都から出ていく一台の馬車。ノウマン侯爵家の家紋が入ったその馬車に近づく姿があった。

 馬車がゆっくりと停車し、フードを被った男が近づいていく。

 窓から顔を出したサラが、憔悴した顔で男に告げる。

「まだこんなところに居たの? 早く身を隠しなさい。
 あなたは捕まれば、刑罰が待っているのよ?」

「……いえサラ様。どうかこの身、御身にお仕えすることをお許しください。
 たとえ地の果てでも、お仕えして見せます」

 サラが柔らかい微笑ほほえみを浮かべて答える。

「馬鹿な人ね……私なんて見捨てればいいのに。
 騎士の道まで諦めて、私にそんな価値はないのよ?」

 フードの男が首を横に振った。

「私は貴女あなたにお仕えすると決めたのです。
 心がいただけぬなら、せめて最後までおそばに」

 サラが静かに馬車のドアを開けた。

 フードの男が迷いなく乗り込むと、馬車は再び走り出した。

 馬車はノウマン侯爵領へ向け、まっすぐに駆けて行った。
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