天衣無縫の公爵令嬢・改訂版~月下の瞳~

みつまめ つぼみ

文字の大きさ
21 / 35
第3章 試練と天秤

第21話 紅茶の試練(1)

しおりを挟む
 ケーニヒが私に微笑んで告げる。

「メルフィナ、だからお前にそんな顔は似合わん。
 ステファンの器が小さいだけの話だ。
 俺ならお前の言うことなど疑いはしない――昔も、今もな。
 『俺はお前だけの味方』だ」

 私はケーニヒに微笑ほほえみ返しながら答える。

「……そうだね。ケーニヒはいつも、どんな時でも信じてくれてたもんね」

 今度は自然と微笑ほほえみがこぼれていた。

 ステファンが敵意のこもった眼差まなざしでケーニヒをにらみ付ける。

「俺はお前に呼び捨てにされる覚えはない!」

「俺は貴様のことを『呼び捨てにしろ』とメルフィナに言われてるんでな。
 メルフィナが望むならそうするまでだ。
 貴様も俺のことを呼び捨てにして構わんぞ?」

 ステファンが歯噛みしてる……あー、これは意地になってるな?

「……ケーニヒ、本当にメルフィナの言うことならば、全て信じるのか」

「当たり前だ。貴様とは違う」

 その言葉を聞いたステファンが、目をつぶって深呼吸した。

 目を開けたステファンは、ふところから一つの薬瓶を取り出した。

「王族が持たされる、自害用の毒薬だ。
 これを俺たちの紅茶、どちらかにメルフィナに入れさせる」

 ――毒薬?! でも透明なその薬は、そんな危険な物には見えなかった。

 毒薬って、もっと毒々しい色をしてなかったっけ?

 ステファンがこちらを見て告げる。

「メルフィナは『どちらにも入れてない』と言え。
 それを信じて飲み干せたなら――ケーニヒ、お前のことを信用しよう」

 ケーニヒが鼻で笑ってから答える。

「いいだろう」

 馬鹿馬鹿しい、と言わんばかりに肩をすくめてケーニヒは了承した。

「ではケーニヒ、壁際かべぎわに行って後ろを向け」

 ケーニヒは言われた通り、壁際かべぎわまで歩いていって背中を見せた。

 ……私は『薬を入れたふり』をすればいいのかな。

 私がそう考えていると、ステファンが耳打ちをしてきた。

「メルフィナ、この薬は無害だ。両方のカップに入れろ」

 ステファンは言い終わると、壁際かべぎわに行って後ろを向いた。

 なにそれ。ケーニヒを試したいだけか。

 やれやれ、男の子はこれだから――そう思いつつ、二人のカップに薬を数滴たらしていく。

「入れたよー」

 二人がこちらを向いた。

 ステファンが困ったように微笑んだ。

「『入れたよー』じゃないぞ。『どちらにも入れてない』だ」

「あ、そっか。間違えちゃった。
 じゃあ『どっちにも入れてないよ』」

 照れ笑いを浮かべたあと、私は号令をかける。

「はい、どーぞ」

 ステファンが素早くテーブルに近づき、サッと紅茶を飲み干した。

 おっと? これだと『ケーニヒの方に毒が入ってる』ように見えるぞ?

 ステファンはニヤニヤと意地の悪い笑顔を浮かべている。

 ……ステファン、ケーニヒのことを何も知らないからなぁ。

 私は茶番劇の予感というか、分かりきっている未来が見えていた。

 かくしてケーニヒもテーブルに近づいてきて、私にニヤリと微笑んだ。

 そのまま一息でカップを空にしてみせていた。

 ステファンは愕然がくぜんとしてその姿を見つめている。

「馬鹿な……」

 ケーニヒは平然と腕を組んで不敵な笑みを浮かべていた。

「どうした? 何が馬鹿なんだ?
 貴様も俺も、こうして平然としているということは『毒はどちらにも入ってなかった』。
 または『毒ではなかった」、どちらかなのだろう?」

 ケーニヒは侮蔑ぶべつの表情でステファンを見つめ返していた。

 ステファンはまた歯噛みをしている。

 フン、とケーニヒが鼻で笑った。

「そしてメルフィナは『入れてない』と最後に言い切った。
 ならば最初から毒など入っていなかった。
 それだけの話だ――何をそんなに悔しがっている?」

 ――そんな理屈、普通は通らない。

 私は最初に『入れた』と断言してしまった。

 そのあと取りつくろって『入れてない』と言ったのだから。

 つまり、『両方に入ってない』はあり得ない。

 あるいは、毒でないことを見抜いていた可能性もある。

 だけどそれすら、迷いなく飲み干すには判断材料が足りないはず。

「――つまり、ケーニヒは私の言うことなら疑わないんだよ」

 ほーらね、と私は自慢気じまんげに胸を張っていた。




****

 ステファンがケーニヒをにらみ付けながら告げる。

「……いや、さっきの話が本当なら、ケーニヒとメルフィナは旧知の仲だ。
 メルフィナが毒なんて入れられない性格なのは、知っていてもおかしくない」

 ありゃ、ステファンの意地がさらに吹き上がったかな?

 私の言うことを信じるなら、もう試す必要なんかないのに。

 頭に血が上って、冷静に判断できてないな、これは。

「じゃあ、どうすればケーニヒを信用するの?」

 ステファンは別の薬をふところから取り出した。

 今度の薬は、中身の見えない瓶に入っていた。

「同じことをする。今度こそ自害用だ。
 メルフィナは『入れてない』と大きな声で言ってから、薬をどちらかに入れろ」

「できるわけないでしょ?! どっちかが死んじゃうよ?!」

 今度はちゃんと抗議した。

 いくらなんでも、そんな危険な遊びには付き合ってられない。

 ステファンがまた耳打ちをしてくる。

「さっきと同じ薬だ。同じように入れろ」

 りないなぁ……。

 やれやれ、と思いつつ「わかった」とうなずいた。

 二人のカップに紅茶を注いでいく。

 ケーニヒとステファンが再び壁際かべぎわで背中を向けた。

「入れてないよー!」

 そう言ってから、両方のカップに薬を垂らした――紅茶の色が毒々しく変わった?!

 驚いている私に、ステファンが素早く駆け寄ってくる。

 口を押さえつけられ、後ろを向かされてしまった。

 ステファンの体でソファに押し付けられているので、振り向いて目で合図もできない。

 何考えてるの、ステファン?!

 混乱している私の耳に、ケーニヒが足早に近づいてくる音が聞こえる。

 カップを持ち上げる音の次に――紅茶を飲み干す音が超えた。

「ステファンが私の頭の上で「馬鹿な……」とつぶやいた。

 直後、ケーニヒがその場に崩れ落ちる音がした。

 ――ケーニヒ!!




****

「ケーニヒ! しっかりして! 今、お医者さんを呼ぶから!」

 私は泣きながら、あわてて部屋の外に居たカタリナに医師の手配を指示した。

 すぐに倒れ込んでいるケーニヒの元に戻る。

「ケーニヒ! 死んじゃ駄目!」

 必死に肩を揺さぶるけど、ケーニヒは目をつぶったまま反応がない。

 私はステファンに振り返り、殺意を込めてにらみ付けた。

「ステファン! 何を考えてるの?!
 なんでケーニヒを殺したの?!」

 ステファンは弱り切った顔で答える。

「……飲むとは、思わなかったんだ」

「なんで……」

 私はケーニヒの胸に顔を押し付けて泣いていた。

 毒を入れたのは私だ。

 私がケーニヒを……殺した。殺してしまった。

 私の肩をステファンが触った――汚らわしく感じて払い落とした。

「ケーニヒなら、毒と分かっていても飲むんだよ!」

 私の涙はこぼれ続けていた。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

忘れ去られた婚約者

かべうち右近
恋愛
『僕はレベッカしか選ばない』 甘い声音でそう話したはずの王太子サイラスは、レベッカを忘れてしまった。 レベッカは、王太子サイラスと付き合っていることを、ある事情により隠していた。舞踏会で関係を公表し、婚約者に指名される予定だったのに、舞踊会の夜にサイラスは薬を盛られて倒れ、記憶喪失になってしまう。 恋人が誰なのかわからないのをいいことに、偽の恋人が次々と名乗りをあげ王太子の婚約者の座を狙ってくる。おかげで不信に陥ったサイラスに、レベッカは自分が恋人だと名乗り出せなくなってしまった。 サイラスの記憶喪失を解消するため、薬師兼魔女であるレベッカは恋人であることを隠しながら、事件調査を協力することになった。そうして記憶が戻らないまま二人の距離は再び近づいていく。だが、そんなおりにサイラスの偽の恋人を名乗りでた令嬢たちが、次々と襲われる事件も起き始めて……!? ※他のサイトにも掲載しています。 毎日更新です。

行き遅れのお節介令嬢、氷の公爵様と結婚したら三人娘の母になりました

鳥柄ささみ
恋愛
お節介焼きで困っている人を放っておけないシアは、数多のご令嬢達から人気の令嬢だ。毎日ファンレターが届き、社交界に出れば令嬢に取り囲まれるほどである。 けれど、それに反比例するように男性からの人気はなく、二十七だというのに嫁の貰い手もないため、毎日母から小言をもらっていた。 そんなある日のこと、突然公爵家から縁談の話が。 シアは公爵家がなぜ自分に縁談など持ち掛けるのかと訝しく思いつつ話を受けると、なんと公爵の後妻として三人の娘の母代わりになれと言われる。 困惑するも、自分へ縁談を持ちかけた理由を聞いて、お節介なシアは嫁ぐこと決めたのだった。 夫になるレオナルドはイケメンなのに無表情で高圧的。三人の娘も二女のアンナを除いて長女のセレナも三女のフィオナもとても反抗的。 そんな中でもお節介パワーを発揮して、前向きに奮闘するシアの物語。 ※他投稿サイトにも掲載中

<完結>溺愛最強 ~気づいたらゲームの世界に生息していましたが、悪役令嬢でもなければ断罪もされないので、とにかく楽しむことにしました~

夏笆(なつは)
恋愛
「おねえしゃま。こえ、すっごくおいしいでし!」  弟のその言葉は、晴天の霹靂。  アギルレ公爵家の長女であるレオカディアは、その瞬間、今自分が生きる世界が前世で楽しんだゲーム「エトワールの称号」であることを知った。  しかし、自分は王子エルミニオの婚約者ではあるものの、このゲームには悪役令嬢という役柄は存在せず、断罪も無いので、攻略対象とはなるべく接触せず、穏便に生きて行けば大丈夫と、生きることを楽しむことに決める。  醤油が欲しい、うにが食べたい。  レオカディアが何か「おねだり」するたびに、アギルレ領は、周りの領をも巻き込んで豊かになっていく。  既にゲームとは違う展開になっている人間関係、その学院で、ゲームのヒロインは前世の記憶通りに攻略を開始するのだが・・・・・? 小説家になろうにも掲載しています。 本編完結済み。 続きのお話を、掲載中です。 続きのお話も、完結しました。

身代わりで呪いの公爵に嫁ぎましたが、聖女の力で浄化したら離縁どころか国一番の溺愛妻になりました〜実家が泣きついてももう遅い〜

しょくぱん
恋愛
「お前のような無能は、死神の生贄にでもなっていろ」 魔力なしの無能と蔑まれ、家族に虐げられてきた伯爵令嬢レティシア。 彼女に命じられたのは、近づく者すべてを病ませるという『呪いの公爵』アレクシスへの身代わり結婚だった。 鉄格子の馬車で運ばれ、たどり着いたのは瘴気に満ちた死の城。 恐ろしい怪物のような男に殺される――。 そう覚悟していたレティシアだったが、目の前の光景に絶望よりも先に別の感情が湧き上がる。 (な、何これ……汚すぎるわ! 雑巾とブラシはどこ!?) 実は、彼女が「無能」と言われていたのは、その力が『洗浄』と『浄化』に特化した特殊な聖女の魔力だったから。 レティシアが掃除をすれば、呪いの瘴気は消え去り、枯れた大地には花が咲き、不気味だった公爵城はまたたく間にピカピカの聖域に塗り替えられていく。 さらには、呪いで苦しんでいたアレクシスの素顔は、見惚れるほどの美青年で――。 「レティシア、君は一体何者なんだ……? 体が、こんなに軽いのは初めてだ」 冷酷だったはずの公爵様から、まさかの執着と溺愛。 さらには、呪いが解けたことで領地は国一番の豊かさを取り戻していく。 一方で、レティシアを捨てた実家は、彼女の『浄化』を失ったことで災厄に見舞われ、今さら「戻ってきてくれ」と泣きついてくるが……。 「私は今、お城の掃除と旦那様のお世話で忙しいんです。お引き取りくださいませ」 これは、掃除を愛する薄幸令嬢が、その愛と魔力で死神公爵を救い、最高に幸せな居場所を手に入れるまでのお話。

好きな人に『その気持ちが迷惑だ』と言われたので、姿を消します【完結済み】

皇 翼
恋愛
「正直、貴女のその気持ちは迷惑なのですよ……この場だから言いますが、既に想い人が居るんです。諦めて頂けませんか?」 「っ――――!!」 「賢い貴女の事だ。地位も身分も財力も何もかもが貴女にとっては高嶺の花だと元々分かっていたのでしょう?そんな感情を持っているだけ時間が無駄だと思いませんか?」 クロエの気持ちなどお構いなしに、言葉は続けられる。既に想い人がいる。気持ちが迷惑。諦めろ。時間の無駄。彼は止まらず話し続ける。彼が口を開く度に、まるで弾丸のように心を抉っていった。 ****** ・執筆時間空けてしまった間に途中過程が気に食わなくなったので、設定などを少し変えて改稿しています。

【大賞・完結】地味スキル《お片付け》は最強です!社畜OL、異世界でうっかり国を改革しちゃったら、騎士団長と皇帝陛下に溺愛されてるんですが!?

旅する書斎(☆ほしい)
ファンタジー
【第18回ファンタジー小説大賞で大賞をいただきました】→【規約変更で書籍化&コミカライズ「確約」は取り消しになりました。】 佐藤美佳子(サトウ・ミカコ)、享年28歳。死因は、過労。連日の徹夜と休日出勤の果てに、ブラック企業のオフィスで静かに息を引き取った彼女が次に目覚めたのは、剣と魔法のファンタジー世界だった。 新たな生を受けたのは、田舎のしがない貧乏貴族の娘、ミカ・アシュフィールド、16歳。神様がくれた転生特典は、なんと《完璧なる整理整頓》という、とんでもなく地味なスキルだった。 「せめて回復魔法とかが良かった……」 戦闘にも生産にも役立たないスキルに落胆し、今度こそは静かに、穏やかに生きたいと願うミカ。しかし、そんな彼女のささやかな望みは、王家からの突然の徴収命令によって打ち砕かれる。 「特殊技能持ちは、王宮へ出仕せよ」 家族を守るため、どうせ役立たずと追い返されるだろうと高をくくって王都へ向かったミカに与えられた任務は、あまりにも無謀なものだった。 「この『開かずの倉庫』を、整理せよ」 そこは、数百年分の備品や資材が山と積まれ、あまりの混沌ぶりに探検隊が遭難したとまで噂される、王家最大の禁足地。 絶望的な光景を前に、ミカが覚悟を決めてスキルを発動した瞬間――世界は、彼女の「お片付け」が持つ真の力に震撼することになる。 これは、地味スキルでうっかり国のすべてを最適化してしまった元社畜令嬢が、カタブツな騎士団長や有能すぎる皇帝陛下にその価値を見出され、なぜか過保護に甘やかされてしまう、お仕事改革ファンタジー。

【完結】長い眠りのその後で

maruko
恋愛
伯爵令嬢のアディルは王宮魔術師団の副団長サンディル・メイナードと結婚しました。 でも婚約してから婚姻まで一度も会えず、婚姻式でも、新居に向かう馬車の中でも目も合わせない旦那様。 いくら政略結婚でも幸せになりたいって思ってもいいでしょう? このまま幸せになれるのかしらと思ってたら⋯⋯アレッ?旦那様が2人!! どうして旦那様はずっと眠ってるの? 唖然としたけど強制的に旦那様の為に動かないと行けないみたい。 しょうがないアディル頑張りまーす!! 複雑な家庭環境で育って、醒めた目で世間を見ているアディルが幸せになるまでの物語です 全50話(2話分は登場人物と時系列の整理含む) ※他サイトでも投稿しております ご都合主義、誤字脱字、未熟者ですが優しい目線で読んで頂けますと幸いです ※表紙 AIアプリ作成

【コミカライズ決定】魔力ゼロの子爵令嬢は王太子殿下のキス係

ayame@アンジェリカ書籍化決定
恋愛
【ネトコン12受賞&コミカライズ決定です!】私、ユーファミア・リブレは、魔力が溢れるこの世界で、子爵家という貴族の一員でありながら魔力を持たずに生まれた。平民でも貴族でも、程度の差はあれど、誰もが有しているはずの魔力がゼロ。けれど優しい両親と歳の離れた後継ぎの弟に囲まれ、贅沢ではないものの、それなりに幸せな暮らしを送っていた。そんなささやかな生活も、12歳のとき父が災害に巻き込まれて亡くなったことで一変する。領地を復興させるにも先立つものがなく、没落を覚悟したそのとき、王家から思わぬ打診を受けた。高すぎる魔力のせいで身体に異常をきたしているカーティス王太子殿下の治療に協力してほしいというものだ。魔力ゼロの自分は役立たずでこのまま穀潰し生活を送るか修道院にでも入るしかない立場。家族と領民を守れるならと申し出を受け、王宮に伺候した私。そして告げられた仕事内容は、カーティス王太子殿下の体内で暴走する魔力をキスを通して吸収する役目だったーーー。_______________

処理中です...