お兄様、冷血貴公子じゃなかったんですか?~7歳から始める第二の聖女人生~

みつまめ つぼみ

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第2章:聖女認定の儀式

第32話 平穏を求めて

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 私が部屋に戻ると、アンリ兄様が部屋の前で待っていた。

「お兄様……どうなさったの?」

「お前が目覚めたと聞いてな。戻ってくるのを待っていた。
 少し話をしても構わないか?」

「ええ、構いませんわ」

 私は部屋の中へアンリ兄様を招いた。

 二人でソファに座り、紅茶を一口飲む。

「それで、お話とはなんですの?」

「いや……お前はまだ、人々を救いたいと焦っているか?」

 私は目をぱちくりさせてアンリ兄様の目を見た。

おっしゃりたいことがわかりませんわ。
 私は焦ってなどおりません。
 聖神様から与えられた通りに人々を救済するのが私の使命です。
 それをおこたることができないだけですわ」

 アンリ兄様が「人払いを」と告げ、レイチェルたち従者を部屋から追い出した。

 改めてアンリ兄様が私を見つめて告げる。

「シトラス、状況はお前が知る歴史と大きく異なっている。
 これから戦争が起こることは考えにくい。それくらいにな。
 宰相派閥は大きく力を落とした。開戦しようとしても、必ず父上たちがそれをはばむだろう。
 だからお前が焦って人々を救済しなくても、聖玉が砕けることにはならないと思う」

 本当にそうだろうか?

 そんな慢心をして聖玉が砕けたら、もう取り返しがつかない。

 私は私に出来る精一杯をしていくべきじゃないのかな。

 納得できない私を見て、アンリ兄様が苦笑を浮かべた。

「お前にとって前回の人生が強烈すぎたのだろうが、まだ余裕はある。
 少なくとも、砕ける前に亀裂が入ると言う前兆がある。
 焦るのはそれからでも遅くはない。
 国のことは父上たちに任せ、お前は穏やかに暮らしてみないか」

「穏やかに暮らせと言われても……そんな人生をどう生きたらいいのか、私にはわかりません」

「深呼吸をして、周囲の景色を眺めてみろ。新緑が綺麗だろう?
 お前はそれに気が付くことが出来たか?」

 私は言われてハッとした。

 移り行く季節の美しさなんて、すっかり忘れていた。

 子供の頃はその様子に一喜一憂していた気がする。

 窓の外を見ると、温かい日差しを浴びた新緑が生き生きとしていた。

 初夏の直前、もっとも植物が生命力にあふれる季節だ。

 新しい緑が、これから花をつけるために力を蓄えている。

「……そうですわね、すっかり忘れていました。
 十年間、擦り切れるほど走り回って、景色に目をやることを忘れてしまっていた。
 子供の頃――今も七歳ですが、あの頃の気持ちを思い出せた気がします。
 あの日のように生きても良いのでしょうか。そんな事が、私に許されても良いのでしょうか」

 アンリ兄様の優しい声が聞こえてくる。

「お前が十年間、どれほどの人々を救ってきたのか、私にはうっすらとわかる。
 それだけ頑張ったのだから、少しはむくいを受け取ってもいいはずだ。
 お前は今度こそ、少女らしい人生を送っても構わないだろう。
 聖神様も、それくらいは許可して下さる」

 本当だろうか。

 それが本当なら、私は失われた少女時代を取り戻せるのかな。

「……でも、その少女らしい人生は公爵令嬢としてのものになりますわ。
 私が望む、素朴で平穏なものではありません」

 私はアンリ兄様に振り向き、微笑みながら告げた。

 アンリ兄様も困ったように微笑んだ。

「そこは諦めてくれ。お前が公爵令嬢なのはゆるぎない事実だ。
 だが心穏やかに生きることはできる。
 そうなるよう、父上たちが心を砕いてくださる。
 あとはお前が納得してくれれば良いだけなんだ」


 私は少しの間、目をつぶって考えた。

 口下手なアンリ兄様が、これほど言葉を尽くして思いを告げてくれている。

 それだけ大切に思われているのだと痛感していた。

「……わかりました。
 どこまでできるかはわかりませんが、私は人々の救済を第一に考えるのをなるだけ控えるようつとめます。
 それでお兄様は納得してくださいますか?」


 目を開けると、アンリ兄様が優しく微笑んでいた。

「ああ、今はそれで構わない。
 私もお前の力になれるよう、これから力を付けて行く。
 お前を守る人間の一人に、必ずなって見せる!」

 私も心からの微笑みで応える。

「お兄様はもう、私を支えてくださる大切な人ですわ。
 無理をして怪我をなさらないでくださいね」

 アンリ兄様は満足げにうなずいて立ち上がり、部屋を去っていった。




****

 翌日の朝、ラファエロ殿下が獄中で死んでいるのが見つかったらしい。

 私に飲ませた毒薬の残りを飲んで自決したと公表されたようだ。

 だけどいくら王族だからって、懐に忍ばせた毒薬を取り調べの騎士たちが見逃すわけが無い。

 宰相が口封じに殺したのが明らかだった。

 お父様は事後処理をグレゴリオ最高司祭や部下たちに任せ、私たちは公爵領本邸へと戻っていった。




 それからの政界は大きな動きがあったらしい。

 開戦派の宰相派閥から離れ、反戦派のエルメーテ公爵派閥や聖教会派閥に加わる貴族が続出した。

 アンリ兄様が言う通り、宰相派閥の力は大きくがれ、反戦派が国内の主流派になった。

 これなら少なくとも数年は、他国に宣戦布告をする事態にはならないだろう。

 私はアンリ兄様に言われた通り、穏やかに公爵令嬢として生きることにした。

 油断はできないけど、宰相派閥の動きはほとんど封じることが出来ている。

 あとのことは、政界や社交界を得意とするお父様たちに任せてしまう方が良いだろう。


 そうやって納得できた理由の一つに、聖水の作成依頼があった。

 グレゴリオ最高司祭から、聖女の力で聖水を作成できないかと相談されたのだ。

 聖玉の力で聖水が作れるのなら、同じ聖神様の力を持つ聖女の奇跡でも聖水を作れるのではないか――そんな提案だった。

 私が癒しの奇跡を込めた水は、飲めば疲労や病気が回復する薬に変化したらしい。

 傷口にすり込めば、傷の治癒が早まるそうだ。

 私の力が苦しむ人々の救済に役立つのだとわかり、私は体力の続く限り、毎日聖水を作り続けた。

 そうして作った聖水はエルメーテ公爵家の封蝋がされ、聖女の聖水として王都で流通しているらしい。

 その売り上げは聖教会が人々を救う原資に変えていると聞いた。

 聖教会の施設では少量ずつだけど、聖水が民衆にへだてなく配られてもいるという。

 私の力が、少しでも人々の救済に使われているのだと言う実感を得ていた。

 そうして毎日、気絶するまで聖水を生産している私は、すっかり病弱な公爵令嬢が板についた。

 社交界にも出ずに部屋の中で聖水を生産する毎日だ。

 午前中はそうやって聖水生産を行い、午後は力が回復するまで、庭を見ながら刺繍をしたり、読書にふける。

 そんな半分忙しくて、半分穏やかな日々が続いた。

 最初は講義も続いていたけど、講師たちが「教えることがありません」と早々に宣言し、八歳になる頃には教養の講師が一人着くだけになった。

 前回の人生とは歴史が変わってしまったので、その講師から国内各地の情報を仕入れ直していた。

 その頃になると政界の話も少しずつ、お父様から聞くようになった。

 今では国政の実権をお父様が宰相から奪い取り、事実上の宰相として国政を回しているらしい。

 重臣たちも、お父様が信頼する貴族たちに続々とすげ替えが進み、健全な統治を行うようになってきたそうだ。

 第一王子による聖女毒殺未遂――大事件ではあったけど、想定外のハプニングで「予定を大幅に短縮できたよ」と、お父様は喜んでいた。

 国王陛下はラファエロ殿下の件を恨んでいるらしいけど、その憎しみは私と宰相、両方に向けられているそうだ。

 そんな陛下に力を貸してくれる貴族は皆無で、お飾りの国王として今も宮廷に居るのだとか。

 あれ以来、私に王家との縁談を持ち込んでくる事もない。

 何とも平和な毎日が続いていた。


 そんなある春の日、私に一つの話が持ち上がった。

「シトラス、あなたに会わせたい貴族令息が居るの。会ってみてはくれないかしら」
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