偽りの聖女、7歳からやり直します!~お兄様、冷血貴公子じゃなかったんですか?~

みつまめ つぼみ

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第5章 聖女認定の儀式編

第28話 儀式の裏で

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 閉め切られた応接室で、エルメーテ公爵とグレゴリオ最高司祭がソファに座っていた。

 グレゴリオ最高司祭が話を聞いていて、驚いて眉を上げた。

「軍医を用意ですか? そんな人材が、簡単に見つかるとお思いですか?
 しかも貧民区画となると、通いたがる者は少ないでしょう」

 エルメーテ公爵が苦笑を浮かべて答える。

「確かに軍医は希少な人材だ。
 だが戦地に赴くより、貧民区画で医療に当たる方がマシ――そう考える者もいるはず。
 少なくとも王都の外に出る必要がない。あとは報酬をはずめば、なんとか切り崩せるはずだ。
 当面は我が領内で医師を募るが、宰相派閥から切り崩せるとなお良いな」

 外傷を治療できる人材は育成に資金が必要だ。

 裕福な家――つまり貴族相当でなければ、そんな医師にはなれない。

 軍事は未だシュミット宰相が大勢を握っているが、中立派も少なくはない。

 そんな彼らから報酬でエルメーテ公爵派閥へ寝返らせ、少しずつ切り崩しを図るのだ。

 グレゴリオ最高司祭が楽し気に微笑んだ。

「なるほど、ロレコ子爵でやられた手を逆にやり返す形ですかな?
 意趣返しとしては、悪くないでしょう。
 ――それで、ロレコ子爵は?」

 エルメーテ公爵が冷徹な笑みを浮かべて答える。

「今頃は首と胴体が泣き別れしている頃だ。
 ソロカイテ伯爵ともども、仲良く処刑台に送っておいた。
 宰相の息がかかった男を、私が見逃すと思うか」

「ほっほっほ。珍しくお怒りですな?
 本来のあなたなら、毛嫌いする強引さだ。
 やはりご家族毒殺未遂は許せませんでしたか?」

 エルメーテ公爵が鼻を鳴らして答える。

「当たり前だろう。私だって、怒るときは怒る。
 シトラスのおかげで助けられたが、妻や息子たちが長年苦しんだ事実は変えられん。
 宰相を追い詰めるまではいかなかったが、明白な証拠は確保できた。
 断罪するには十分だ」

 ドアがノックされ、外から声が聞こえる。

「シトラスです。お呼びでしょうか」

 エルメーテ公爵が咳払いをして表情をほぐし、ドアに向かって答える。

「入りなさい」




****

 応接室に入ると、お父様とグレゴリオ最高司祭がソファに座って微笑んでいた。

「何かご用でしょうか?」

 グレゴリオ最高司祭が微笑んで答える。

「コッツィ司祭に聞きましたが、貧民区画で奇跡を起こされたとか。
 一度、私もそれを拝見できればと思い、こうして参りました」

 となると、今日はあの場所に行ける!

「ええ! もちろんよろしいですわ!
 ――お父様、よろしいですわよね?」

 お父様が優しく微笑んだままうなずいた。

「ああ、問題ないよ。ただし護衛の言うことはきちんと聞きなさい」

「はい! ――グレゴリオ最高司祭、行きましょう!」

 私はグレゴリオ最高司祭が立ち上がるのを見ると、その手を取って応接室を後にした。




****

 貧民区画の礼拝堂で、私は再び祈りを捧げ、奇跡を起こして見せた。

 呆然とするグレゴリオ最高司祭の手に、花びらを一枚手渡す。

「いかがですか。この場所が神聖な場所だとご理解いただけまして?」

「いやはや……聖水の力を借りずに奇跡を起こすとは、なんとも不思議な場所ですな」

「その聖水ですけど、あれはどういったものなのですか?
 私は儀式で飲んだ時以外、見たことがないのです」

 グレゴリオ最高司祭が、耳元に顔を寄せて小声で告げる。

「あの聖水は、聖玉を水に三日ほどひたして作るものです。
 ですので、聖水の力は聖玉の力と言い換えてもよい代物です。
 それを使わずに奇跡を起こせるのですから、この場所そのものに『聖玉に等しい力』があるのかもしれません」

「そんな場所があるだなんて、不思議ですわね。
 この礼拝堂になにか、いわれはないのですか?」

 グレゴリオ最高司祭の眉尻が下がった。

「王都最古の礼拝堂、としか私も知りません。
 少し、私が調べてみましょうか。
 今すぐは無理ですが、儀式が終わった後に調査を開始します。
 それでよろしいですか?」

 私は微笑んでうなずいた。

「ええ、それで構いませんわ。
 ――さぁ、今日は早めに帰りましょうか。お父様が心配で倒れてしまう前に」

 コッツィ司祭に挨拶したあと、私たちは礼拝堂を後にした。




****

 その日、ひそかにロレコ子爵とソロカイテ伯爵の処刑が行われた。

 本来なら神聖な『聖女認定の儀式』の前に、血なまぐさい処刑などありえない。

 だが神聖な儀式が行われると、特赦とくしゃがあり得る。

 宰相が特赦とくしゃを利用して横槍を入れる前に、エルメーテ公爵が先手を打って手配を進めたのだ。

 捕縛から最短期間を駆け抜けるかのような処刑――穏健なエルメーテ公爵にしては珍しい、強引な手続きだった。

 彼の大きな怒りが伝わってくると、貴族たちの間で噂が走った。


 その日の夜、宰相を務めるヘルマン・ラウネス・シュミット侯爵邸で小さな夜会が開かれていた。

 宰相の派閥が集う、定例夜会だ。

 その中でシュミット宰相が酒をまずそうにあおっていた。

 そばにいるフェルモ伯爵が憎々しげに告げる。

「まさかロレコ子爵が処刑されるとはな……いつ気づかれたのだ?
 今まで五年間、隠し通してきた。
 その間に気付かれた様子はなかった」

 ロレコ子爵は宰相派閥ではない。中立派の貴族だ。

 だが金銭でエルメーテ公爵夫人の暗殺にうなずいた男だった。

 要するに使い捨ての駒なので、宰相派閥にダメージはない。

 だがもう少しで命を奪える見込みだったエルメーテ公爵夫人は、急速に健康を取り戻しただけでなく、社交界にまで顔を出しているという。

 酒がまずくなるには、充分な材料だった。

 ワインを再びあおってから、テーブルにグラスを叩きつけたシュミット宰相が告げる。

「エルメーテ公爵家に聖女が引き取られたタイミング、そこで気づかれた可能性が高い。
 私が先に聖女を確保できていれば、こんなことにはならなかったものを……。
 グレゴリオ最高司祭がエルメーテ公爵と組み、ひそかに養子縁組を進めたようだ。
 気づいた時には手遅れで、手の打ちようがなかった。
 我々が確保できていれば、良いように利用できたものを」

 エリゼオ公爵が楽しげにワインを飲んでから、シュミット宰相に尋ねる。

「ソロカイテ伯爵も処刑されたが、奴に接触していた宰相の甥は無事だったのか?」

 シュミット宰相がグラスにワインを注ぎながら答える。

「文面は通常の取引にしか見えんように指南してある。
 あれなら『ソロカイテ伯爵が独断で脱税をした』としか言えんよ。
 手口は口頭で伝えてある。証拠など残すものか」

「ははは! さすが宰相閣下だ!」

 ワインを一口飲んだシュミット宰相が、ぼそりと告げる。

「陛下から『聖女を陥れろ』と要請が来ている。
 あの聖女を儀式の中で失脚させたいらしい。
 エルメーテ公爵の監視の目で、我らは動きを封じられている。
 さて、その中でどう追い詰めるか……」

 エリゼオ公爵がワインの香りを楽しみながら答える。

「それなら、ご本人たちに動いてもらうのが一番では?」

 シュミット宰相が目を落として考えを巡らせていた。

「……なるほど、それが最も公算高く聖女を葬り去れそうだな。
 保険は打ちつつ、陛下たちにも舞台に登場してもらうとするか」

 聖女の力、その噂は既に聞いている。

 聖教会内部にも諜報員を配置し、内部の情報はかなり漏れてきている。

 さすがにグレゴリオ最高司祭周辺はガードが堅いが、聖女が貧民区画で癒しの奇跡を見せたことは知っていた。

 その力が聖女抹殺の邪魔になる可能性はあった。

 だがこの手なら、それも封殺できるはずだ。

 あとはあの暗君あんくんが余計な考えで出しゃばらなければ、聖女の命を奪えるだろう。

 たとえ失敗しても、宰相派閥にはダメージが及ばないようにコントロール可能だ。

 負けはない――そう確信して、シュミット宰相はワインをあおった。

 グラスを再びテーブルに叩きつけ、シュミット宰相が告げる。

「聖女を擁するエルメーテ公爵は排除せねばならん。
 我らの栄光のため、奴らにはこの世から退場願わねばな」

 フェルモ伯爵が鼻を鳴らしながら告げる。

「陛下にも早くお隠れいただいて、ラファエロ殿下を擁立すれば話が早い。
 聖女とまとめて始末することはできんのか?」

 シュミット宰相が鼻を鳴らして答える。

「欲張れば失敗するのが世の常だ。今は聖女一本に絞った方がいいだろう。
 その後に手早く陛下にはお隠れ頂く」

 聖女を失ったエルメーテ公爵が相手なら、互角以上に戦っていける。

 そのままエルメーテ公爵の力をいでいけば、一年以内の開戦は間違いない。

 バイトルス王国のような小国なら、半年以内に叩き潰せるだろう。

 その目的のためにも、『稀代の聖女』などというものを認めるわけにはいかなかった。

 聖女が王家に嫁ぐ見込みがないとも聞く。ならば王統が別の家に移りかねない。

 今の暗君あんくんを考えれば、聖女が王統を奪い取るのは明白だった。

 聖女の抹殺――それは宰相派閥にとって喫緊きっきんの課題だ。

 迅速かつ速やかに成し遂げなければならない。

 シュミット宰相は派閥の人間と共に、儀式の打ち合わせを続けていった。
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