帝国後宮の精霊巫女~冷徹皇帝と落第令嬢~

みつまめ つぼみ

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第4章:皇后トリシア

29.再会

 私は首のないローラさんの体に押し倒され、返り血を全身で浴びていた。

 スコットが剣を手に持ったまま、慌てて私に駆け寄ってくる。

「ご無事ですか、殿下!」

「……無事じゃないよ~」

 私はローラさんの体を「よいしょ!」と押しのけ、血まみれになったドレスを見下ろした。

「うわぁ、もうこれ着れないね……」

「それどころではありません!
 お怪我はありませんか!」

 スコットが剣を鞘に納め、私の体を確認していく。

 血まみれだから心配してるのかな?

「スコット、よく見てよ。
 私に刃物は届いてないよ」

 私が指さす先には、ローラさんの手から弾き飛ばされたナイフが床に転がっていた。

 近衛騎士の一人がそれを素早く拾い上げて確認する。

「……毒物が塗られているようです」

「そうなの? でも当たってないから大丈夫だよ。
 血まみれだけどね!」

 あまりに凄惨な現場に、談話室で控えていた侍女が何人か倒れていた。

 うーん、刺激が強すぎるなぁ。この光景は。

「ねぇ、ローラさんを隠してあげられない?」

 近衛騎士の一人がテーブルクロスを引き抜き、ローラさんの首と体を包んだ。

 スコットが心配そうに私に告げる。

「殿下、まずは入浴を。
 そのままでは本当に無傷なのか判断が付きません」

「それもそうだね。
 じゃあローラさんのことは任せたよ。
 私は第一妃宮に戻るから」

 スコットが頷き、部下の近衛騎士二人に命じる。

「ローラ・ヴェラーニ嬢の体はこの場に安置しろ!
 お前たちは遺体を誰にも触らせるな!」

 近衛騎士たちが返事をし、侍女たちを外に追い出した。

 私は残った近衛騎士を連れて、第一妃宮に戻っていった。




****

 入浴を終えた私は、スコットが呼びだした宮廷医師に体を確認されていた。

「……傷ひとつありませんな」

「だからそう言ってるじゃない」

 服を着込んでリビングに行くと、宮廷医師から話を聞いていたスコットがこちらに駆け寄って来た。

「トリシア殿下、なぜあれで無傷だったのですか?!」

「なぜって……とっさに精霊が助けてくれたからだよ。
 突然だったから、間に合うかはわからなかったけど」

 宮廷医師が眉をひそめて私に告げる。

「ナイフに塗られていた毒物は、現在確認中です。
 ですが恐らく、傷口を腐らせる毒物の類かと」

「え、そんなものがあるの?」

 スコットが私に頷いて応える。

「拷問用の毒物ですが、神経毒に腐敗物を混ぜるのです。
 これで内臓が傷つけられると、麻痺して腐り落ちていきます。
 暗殺に使うことは珍しいかと。
 殿下はよほどローラ嬢に恨まれておられたのですな」

 ローラさんの呼び名が『ローラ様』から『ローラ嬢』になってる?

「ねぇ、なんでローラさんの呼び名が変わってるの?」

「皇族暗殺が発生した時点で、加害者は貴族の身分を剥奪されます。
 幸い殿下はご無事でしたが、現在のローラ嬢は平民扱いとなっています」

 へぇ、そういう法律でもあるのかな。

「じゃあシャイナさんはどうなるの?」

「シャイナ殿下は未だ暗殺未遂容疑の段階です。
 ですので皇族の身分が保持されています。
 証言が殿下を経由した精霊の言葉なので、判断は皇帝陛下に委ねるべきかと」

「あれ? 現場に居た令嬢たちは?」

 スコットの顔色が曇った。

「証言は取りましたが、全員が『何も知らない』と申しております」

 まぁ、毒入りの紅茶を飲まずにスコットに事情を説明しただけだしなぁ。

 今は私がこの国で二番目に偉いから、私の言うことに従うしかないんだろうし。

 一番偉いお義母様は、どう考えてるんだろう?

「ちょっとお義母様に会ってくるね。
 ――キャサリン、お義母様は部屋に居るかな?」

「はい、お部屋におられるかと」

「はーい」

 私はスコットたちを部屋に残し、お義母様の部屋に向かった。




****

 お義母様の部屋を訪ねると、侍女がすぐに中に迎え入れてくれた。

 お義母様が笑顔で告げる。

「あらあら、元気で良かったわ」

「心配かけちゃいました?」

 首を横に振りながらお義母様が応える。

「あなたには精霊の守りがあるんでしょう?
 だからきっと大丈夫だと思ってましたよ」

「えへへ……絶対無敵って訳じゃないんですけどね。
 今回は運よく助かりました。
 私、運だけは良いですから!」

 きょとんとした顔でお義母様が私を見つめた。

「……あなた、殺されかかったっていうのに平然としてるのね」

「あー、小さな頃から侮蔑されながら生きてましたからねぇ。
 たくましいんですよ、きっと」

 お義母様がクスリと笑みをこぼした。

「そのたくましさは、きっと生来のものね。
 ――それより、何か用事があったんじゃないの?」

「あ、そうだ!
 シャイナさんのことですけど、どうするべきだと思いますか?」

 難しい顔でお義母様が唸った。

「そうねぇ……証言が『精霊が言ったから』というだけでは弱いわね。
 キーファーならそれでも『トリシアが嘘をつくわけがない』と言って処刑してしまうでしょうけど。
 余り超法規的措置をしていると、帝国内の秩序に乱れが出てしまうわ」

 まぁ、そりゃそうだよなぁ。

「どうしたらいいと思いますか?」

 お義母様がニコリと微笑んだ。

「あの場に居た令嬢たちは、私の一存で身柄を拘束しているわ。
 全員がシュタインバーン王国の貴族令嬢たち――つまり、シャイナの生まれ故郷ね。
 侍女たちも全員がシュタインバーン王国からの人間よ。
 男子禁制にして近衛騎士を締めだしたのも確認済み。
 状況証拠は真っ黒、あとは誰かが真実を漏らせばシャイナは終わりね」

 さすが皇太后……全員を拘束しちゃってるのか。

「漏らすと思います?」

「キーファーが帰ってくれば、一人ずつ拷問にかけるんじゃない?
 貴族令嬢なんて、一時間もすれば洗いざらいしゃべるわよ?」

 そんなことを笑顔で言われても……。

 お義母様、こういうところが怖いんだよなぁ。

「なんとかこう……穏便に済ませられませんか?」

 お義母様が頬に手を当ててため息をついた。

「シャイナが正直に話せば全て丸く収まるんだけど。
 もうあの子、どうやっても極刑が決まってるからしゃべらないでしょうね。
 さすがに暗殺未遂容疑の皇族を拷問にかける訳にもいかないし」

 ――あ、これはお義母様も令嬢たちを拷問にはかけたくないんだな。

 キーファーなら、何か思いついてくれるかなぁ?

「わかりました。ありがとうございます」

 私はお辞儀をしてお義母様の部屋から退出した。




****

 それから二日後、ついにキーファーが引き連れた帝国軍が帝都に戻ってきた。

 数は……五千人くらい? なんだかやけに少ないな。

 宮廷の入り口でキーファーを出迎えると、彼は馬から飛び降りて私に駆け寄ってきた。

 そのままの勢いで私は抱き着かれ、振り回されて行く。

「うわぁ?! ちょっとキーファー! 何するの!」

「ハハハ! 四か月ぶりのトリシアだ! お前の匂い、久しぶりだぞ!」

「臣下の前で皇帝が変態臭いことを言うなー!」

 ようやく振り回すのを止めてくれて、私は大地に戻ってきた。

 周囲を見回すと、衛兵や帝国軍の兵士や騎士たちが唖然としてキーファーを見つめている。

「……ほらぁ、みんなが変な目で見てるじゃない。
 皇帝なんだからしっかりしなさい!」

「構うものか。俺が妻をどう扱おうと俺の勝手だ」

 こんのわがまま皇帝! ――あ、なんか懐かしいな。この感覚。

 私から離れたキーファーが、私に微笑みながら告げる。

「留守中、何もなかっただろうな?」

「んー、二回ほど暗殺されかけたけど無事だよ?」

 キーファーの表情が凍り付き、急に怒りに満ちた表情に変わった。

「誰がお前の命を狙った?」

「ローラさんとシャイナさん。
 ローラさんは近衛騎士が首をはねちゃった。
 シャイナさんは証拠が固まってないから、未遂容疑ってことで牢屋に入ってる。
 詳しく話すけど、まずは着替えて来てよ」

 頷いたキーファーが隊列を組む帝国軍に向けて声を上げる。

「これにて遠征を終了とする!
 各自帰宅し、疲れを癒せ!
 報奨は追って与える!」

 キーファーはそのまま、私の肩を抱いて宮廷に入っていった。




****

 帝国軍の部隊長は唖然としたまま皇帝陛下と皇后殿下を見送った。

「今のは……皇帝陛下、で間違いないよな」

 部下の騎士がためらいながら頷く。

「ええ、あれは間違いなく陛下です。
 しかし、あんな顔もなさるんですね……」

「意外だよな。普段は感情なんてほとんど見せないのに」

 見せるとしても、相手を侮蔑する表情か怒りの表情くらいだ。

 少なくとも、騎士たちはそんな皇帝しか見たことがない。

 別の部下が感慨深げに告げる。

「陛下も人の子だったんですね。
 愛しい女の前では一人の男に戻られる」

 少なくとも、皇后であるトリシア殿下はそんな相手なのだろう。

 部隊長があわてて部下を叱りつける。

「馬鹿! 不敬なことを言うな!
 皇帝陛下に知られたら貴様の首が飛ぶぞ!」

「おっと、いけないいけない」

 部下があわてて口元を手で押さえた。

 実際、過ぎた口をきいて皇帝自ら処刑した騎士や兵士の数は多いのだ。

 それまで恐怖で帝国を統治してきた皇帝――キーファー・クロムウェル。

 そんな彼の意外な一面に、騎士たちも兵士たちも驚き戸惑っていた。

 兵士の一人が騎士に尋ねる。

「あのぅ、荷車や装備はどうしたらいいでしょうか。
 家に持って帰ったらだめですよね?」

 部隊長が我に返って指示を飛ばす。

「――兵舎に装備を戻してから帰宅しろ!
 荷車は倉庫に格納だ!
 陛下は皆に報償を出すとおっしゃられていた!
 後日、呼び出しがあるまで自宅でゆっくりと過ごせ!」

 兵士たちが頷き、宮廷内にある兵舎に向かう。

 部隊長もため息をついた後、皇帝の馬を馬屋にしまうために宮廷の敷地へと入っていった。
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